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トレジャーハントに必要な、たった1つのきらめく才能  作者: 三上康明
第7章 事実と真実

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129 故郷(後)

 僕らが奥へと向かうと、遊戯室で遊んでいた子どもたちが一斉にこっちを見た。

 年齢は、1歳から13歳くらいだろうか。

 みんなお下がりの服を着てるけど、目はきらきらしている。


「おおお! 本物のノロットだー!」

「冒険者? 冒険者なの?」

「俺知ってるぜ! 伝説級クリアしたんだよな!」

「あたしもマーサおばさんから聞いた! ノロットはすごいヤツだって」


 囲まれた。


「この様子は……あのおばさん、ノロットのことめっちゃ話してるってことね」

「そうでしょうね。ご主人様が冒険者であることも知っておられましたし」


 エリーゼとリンゴが珍しく仲良く話をしていると、


「そっちの美人の姉ちゃんたちはノロットの嫁?」

「バカ、嫁がふたりもいるわけないだろ」

「愛人ってゆーんだよねー! 知ってるー!」


 子どもたちが次々と爆弾を投げ込んできた。

 おいおい……。


「そうよ!」

「僭越ながら」


 ふたりとも全肯定しないでください。


 僕は子どもたちに引っ張り込まれ、請われるがままに冒険の話をした。

 驚いたことには「魔剣士モラの翡翠回廊」についてはかなり細かく子どもたちは知っていた。マーサおばさんが新聞を読んで話してくれたらしい。


「この孤児院でいちばんのシュッセガシラだってさ!」


 我がことのように男の子が胸を張った。

 マーサおばさん……うれしいんだけど恥ずかしいです。自分の知らないところで息子自慢してる母親のことを知るとこういう気分になるんだろうか。

 話していると、やがて昼寝の時間になった。

 子どもを寝かしつけるのはリンゴが上手だった。


 それから僕らは事務室に通された。


「——それで、今回来た要件は?」

「おばさん。そんなふうに冷静ぶったってもうダメですよ。ノロットさんたち、子どもたちと話し込んでましたからね。おばさんが散々ノロットさんの話をしたってことはバレてます」

「うるさい! あんたは仕入れが終わってないだろ、行ってきな!」

「はいはい」


 そう言うと、おばさんの従兄弟らしい男性は出て行った。


「……おばさん、勝手にレストラン辞めたこと、ごめんなさい」

「もういいよ、それは。どうせあのけちくさい店長のことだ、小遣いもくれなければ自由もくれなかったんだろう?」

「う、うん……」

「昔はもうちょっとマシだったんだけどねえ。名店だのなんだの言われて勘違いしたのかもね。大体、孤児を引き取ったってことは親になるってことなのに、下男扱いじゃあどうしようもないよ。労働力が欲しいんならちゃんと金を払って雇うべきだ」


 それはそうだ。

 でも、世の中はなかなかうまくいかない。


 マーサおばさんは里親希望者の全員に孤児を引き渡すわけではない。相手の身元も確認するし、経済力も見る。そうでもしないと奴隷取引になりかねないから。

 僕が引き取られた先はマシなのだ。衣食住はあったし。仕事は大変だったけども。


「あんた冒険者になったってのにあんまり変わらないねえ」

「そうかな?」

「うーん……ほんとに遺跡なんて危ないところに行ったのかい?」


 マーサおばさんが直球で聞いてくる。そう言われると不安になるから不思議だ。


「ご主人様はきわめて優秀な冒険者です。世界屈指と言ってもいいでしょう」

「ご、ご主人様だって!? ノロット、この人は?」

「ええっと……メイドタイプのオートマトンのリンゴです」

「オートマトン!?」


 目をぱちぱちさせてマーサおばさんはリンゴを見ている。

 ほんとうは戦闘のほうが得意とか、余計なことは言わないでおこう。


「それじゃ、そっちも……」

「あたし? あたしは違うわよ。ノロットの……恋人以上嫁未満?」


 それ完全に肉体関係があるような感じじゃないか。


「変なこと言わないで。——彼女は冒険者仲間のエリーゼ。今は、いろいろあってパーティーを組んでるんだ」


 ほんと、いつの間にかエリーゼはパーティーメンバーになってるよな。

 それを言うとリンゴも強引だったけど。


「へえ……ちゃんと冒険者やってるんだね」

「うん。それで——ようやくお金にも困らなくなってきたから、寄付をしにきたよ」

「止しなよ。そんなの受け取れない」

「お金があっても困らないでしょ? 受け取ってくれなきゃ、おばさんのいとこに渡すから」


 僕は革製の貨幣袋を取り出した。

 相当な金額を入れているから、とりあえずリンゴに渡して部屋の隅の棚に置かせる。

 おばさん、金額を確認したら絶対突っ返してくるからね。


「変な知恵が回るようになったもんだ。嘆かわしい。……それで、あとは?」

「え?」

「他に用事があるんじゃないのかい? なんとなくそんな気がしたんだが……」

「ん、特にはないけど——」

「ご主人様。聞きましょう」

「聞く? なにをだい?」

「ご主人様のご両親のことです」

「リンゴ!」


 僕が止める間もなくリンゴは言ってしまった。


「……どういうことだい?」


 マーサおばさんはこちらの真意を探るような目をした。

 僕はため息をついた。

 気が進まなかった。ヴィリエに聞いたときにも思ったけど、今さら父親のことなんて知りたくないという気持ちがある。でも、リンゴやエリーゼは知ったほうがいいって言う。


「実は……」


 僕はバッグから、ふだん持ち歩いている本「いち冒険家としての生き様」を取り出した。そして、これが僕の父が残したものではないかとおばさんにたずねる。


「…………」


 話の途中から目を閉じて考え込むようにしたおばさんは、


「——そうだよ。赤ん坊だったあんたは、その本といっしょに小さなカゴの中にいた。少しでも寒くないようにって多くの布きれにくるまって……でも、バカなもんだよ、布きれなんかより、親の肌のほうがよほど温かいってのに」


 と言った。最後はひとりごとみたいに。

 でもマーサおばさんはそれ以上のことを知らなかった。そりゃそうだよね。僕の親が誰なのかわかっていたら親元に返すはずだもの。

 僕も積極的に知りたいわけではないから、話を切り上げて席を立った。


「——マーサおばさん。おばさんはここに来ないほうがいいって言ったね。僕が、親に捨てられたことを思い出すから。つらい思いをするからでしょう?」

「…………」

「でも、僕にとってここは実家なんだ。僕は引き取られた里親を……親だと信じることができなかった。だから僕にとってはマーサおばさんが……」

「ノロット」


 マーサおばさんは両腕を広げた。そして僕を引き寄せるとぎゅうと抱きしめる。

 温かかった。

 懐かしいニオイだった。


「甘えたくて戻ってくる子どももいるんだよ……だから最初はキツイことを言って追い返すんだ。でもあんたは大丈夫だね。あんたは、ここにいる者たちの誇りだよ。……でも、無茶をするんじゃないよ?」

「はい……」

「……子どもがケガをしたと知って喜ぶ親なんていないんだから」

「…………はい!」


 そうして僕らは孤児院を後にした。




「——いい人だね、あのおばさん」


 町を歩きながらエリーゼが言う。


「ご主人様が人格者になられたのも理解できるというものです」


 なんでも僕に結びつけるのはやめようね、リンゴさん。


 僕は振り返る。古ぼけた建物を。

 また来よう。

 きっと来よう。

 ここが僕の故郷なんだから。



   ■   ■   ■



「ただいまー。……あれ? おばさん、冒険者ノロットは帰っちゃったの?」

「ああ。忙しいだろうからね」

「そうか、残念だな……おばさんの自慢の息子なんだからゆっくりしてってもらえばよかったのに」

「……バカ言うんじゃないよ。ここにゃ、自慢できない息子なんていないんだ」

「あははは。そうだった。——この革袋は?」

「寄付だってさ。あの子は……いっちょ前に気を遣えるようになって。そんなにパンパンになるまで“銅貨”を詰め込んでさ」

「…………」

「金貨1枚よりもたくさんの銅貨、だね。子どもたちにお小遣いをやってくれっていうことだとあたしは思う——」

「おばさん! おばさん! おばさん! ちょっとこれ! これええっ!!」

「な、なんだい。大声上げて」

「金貨だ」

「……なにが?」

「これ! これだよ! この革袋に詰まってるの、全部金貨だよー!!」


 この日以降、孤児院では食事にさらに一品が追加されるようになったという。

 そして子どもたちの学習道具も多く追加された。

 一時の贅沢よりも、長く続く滋養を——それは孤児院のモットーでもあった。

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