126 夕刻の検討会(前)
泊まったホテルが、ゲオルグやプライアのいた超一流ホテルじゃなかった、というのは僕らにとって幸運だった。
記者会見でゲオルグが落とした爆弾――「神の試練をノロットが踏破した」という爆弾のせいで町中に新聞記者が飛び回っている。特に僕らが逃げ込んだ可能性のあるホテルは、宿泊料金が高い順番で記者の猛攻に遭っている。もちろん僕は話をする気はないです。ていうか話せないんです。
「ほー、大変だったんだなあ」
夕方になって二日酔いから覚めたらしいタラクトさんはさっぱりした顔でコーヒーを飲んでいた。グレイトフォールのコーヒーは薄くて有名で、それを水のようにがぶがぶ飲む。
「完全に他人事ですね……」
「でもこんな場末のホテルでよかったじゃないか。ここなら記者も来ないだろうし、フロントもあんなだからな」
このホテルは繁華街の真ん中にあって、そう高級でもない。フロントは無愛想な女性で宿泊客である僕らですらまともに会話してくれない。記者が来ても無視してくれるだろう。
「ん、でもミートンだっけか。彼のところは参加しなかったんだな?」
「ああ、そうですね――」
僕は記者会見場を脱出してから、ホテルに帰る途中でばったりミートンと会ったことを思い出した。
彼のところにもプライアパーティーに入らないかという打診があったらしい。
――魅力的な申し出ではあったよ。でもね、断ったんだ。
どうして? と聞くと、
――ローグは2人以上要らない。だからぼくとピョンタだけでいいっていうんだ。それを聞いてわかったよ。プライア様はあまり頭がよくない。だから神の試練も突破できない。
そりゃ確かに断るわ、というような内容だった。
ミートンのパーティーは罠での戦いに特化している。それを崩していいかと言われればイヤに決まってるよね。
逆にペパロニやソイのパーティーは戦闘に偏っているからいいんだろう。魔法使いだって何人いても困らないし。金銭面を考えなければ。
「なるほどね。いずれにせよリーダーたちにはもう関係ない話だよな」
そのとおり。
僕らはすぐにもグレイトフォールを離れるつもりだし。
と僕とタラクトさんが話していると、
「よっしゃ、それじゃリーダー、神の試練のこと教えてくれよ! レノの野郎は全然使えなくてよお」
「違うだろ、ゼルズ。俺は話したいが、話せないんだ。そういうものなんだ」
「もったいぶりやがって。昨晩だって店の姉ちゃんに散々もったいぶって……」
「店の姉ちゃん……」
「汚らわしい……」
エリーゼとリンゴが冷ややかな視線を投げかける。
「あ、い、いや、違うって! そういうんじゃねえから!」
「…………」
「…………」
「おい、レノ、タラクト、お前らも弁解しろよ!」
「俺たちに否定の余地はない。俺たちはスケベだ。俺たちは反省しない」
レノさんがなんかカッコつけてるけど、戦略盤仲間の彼女がいなかったっけ? ルーデルちゃんとかそんな感じの。
「ご主人様、こうはならないでくださいね。性欲ならわたくしがきっちりと……でゅふ、解消させて差し上げ……でゅふふふ」
「ノロットに近寄らないで、変態人形!」
リンゴとエリーゼがまたもどたばた始める。
はー、とラクサさんがため息ひとつ。
「せっかくこんな部屋を借りたんだ。話し合いを始めないか?」
「はい、始めましょう……」
よかった。常識人はいる。
僕らがいたのはタラクトさんたちの4人部屋だった。ただの4人部屋じゃなくて、会議もできるよう小さな会議室が付属している。
丸テーブルに僕ら6人は座っていた。
「さて、いろいろと判明したことがあります。まず順を追って説明するね」
僕はそう、口火を切った。
レノさんからタラクトさんたちは説明を受けていない。まあ、海底炭鉱内は他のパーティ-、昨日は他のお客が多い酒場に行ってたんだからしょうがないよね。
「僕らの挑戦した神の試練『女神ヴィリエの海底神殿』は、最初に行くべき神の試練ではなかったようです。本来は『聖者フォルリアードの祭壇』が先で、この祭壇を突破しなければ海底神殿を突破することができないような試練がありました」
ただそれは「女神の知識に挑む」の試練についてであって、「豊穣の女神に殉ずる」、「女神に覚悟を示す」の試練では前提条件みたいなのはなさそうなんだよね。
「ヴィリエは『勇者オライエの石碑』にまず向かうように言いました。その場所は――」
「ルセット山脈とリードル山脈に挟まれた、ガルガンドという名前の国、だよね?」
「そう、ありがとうエリーゼ。ルセット山脈とリードル山脈については皆さん知ってますか?」
半分がうなずき、半分が首を横に振る。
「ストームゲートのはるか西方なんですが」
僕の出身地であるムクドリ共和国やエリーゼの出身地であるロンバルク伯爵領も含めたサパー連邦。そのさらに西だ。
「そこにはガルガンドという名前の国はすでにありません。しかし、今はこういう名を持っています――ヴィンデルマイア公国と」
「それって」
タラクトさんは気づいたようだ。
「ええ、勇者オライエを祀る、世界でも唯一の国ですね」
「でも公国は『勇者オライエの石碑』なんてどこにもないと、存在を否定していなかったか?」
「なんらかの理由で隠しているんじゃないかと思います」
「ふうむ……」
「まあ、行ってみるしかないですね」
僕は黒板に、白墨を使って「1.ヴィンデルマイア公国」と書いた。
ちなみにさらに細かく「オライエの石碑」などを書こうとすると、書けなくなる。文字が頭の中でふわふわしてわけがわからなくなるんだよね。「呪い」のせいで。ああ、もう、面倒。
「さて、ヴィリエは――僕にはやっぱり彼女が“女神ヴィリエ”だと思えるんですが、それはさておき、ヴィリエはオライエ、フォルリアード、ロノア、アノロ、ルシアの6人と同じ村……サラマド村の出身だと言いました」
「サラマド村?」
首をかしげたのはゼルズさんだ。
「僕もそんな村、知りません。ですが彼女たちは6人でパーティーを組み、混沌の魔王を倒したということです」
「創世神話!」
レノさんが声を上げる。
「みたいですね。僕も詳しくないので一度読んでみようかなって思ってます。この村を調べてみるのも、なにか得られるものがあるかもしれません。調べるなら――」
「……大図書館ね。『サパー大図書館』……」
「僕もそれを考えてた」
サパー大図書館は、世界一と名高い図書館だ。サパー連邦内の……ロンバルク伯爵領に近い都市に位置している。
そこに行けば、サラマドに関する情報を得られるかもしれない。
僕は黒板に「2.サラマド(サパー大図書館)」と書いた。
サラマド、という単語は神の試練に関係ないのだろう、書くことに問題はなかった。
なにか特定の単語の組み合わせに反応して、言葉が出てこなくなるみたいだ。
「とりあえず今のところはこの2択ですかね。次の行き先としては」
「ご主人様。モラ様はどうなさいますか?」
「ん……行き先を冒険者協会に伝えておけばいいかなって思ってたけど」
「こちらから迎えに行くこともご検討ください。でなければ、今後、遺跡に挑戦されることはお止めください」
ああ……そうか。モラとの約束もあったね。
伝説級以上の遺跡に挑戦しない。
まあ、神の試練に行っちゃったけども。
とはいえモラがいたほうがありがたいことは間違いないんだよね。
モラは僕の知らないことをいっぱい知ってるし、ひょっとしたらサラマドという村のことも知っているかもしれない。
僕は黒板に「3.モラ」と書いた。
「これも必要だな」
するとタラクトさんがやってきてチョークを手にすると、「4.冒険者協会本部」と書いた。
「……え? なんですかこれ?」
「叔父さんが言ってたんだ。リーダーには協会本部への出頭指示が来てるって」
え、ええぇ……。
神の試練突破のことは協会だってまだ知らないはずなんだけど……。
「あのさ、ノロット。なんか次に行くところを話してるみたいになったけど、目的はまず知識共有だよね?」
「あ、うん。ありがとエリーゼ。めっちゃ脱線してたね。――さて、ヴィリエから教わったことはこれで全部だから……」
「待ってノロット。わざと外してる?」
「え、なにが?」
「……ノロットのお父さんのこと」
全員の視線が僕に向いた。
「……まあ、個人的なことだし」
「ご主人様。行方の知れなかったお父様の情報が得られたのですか?」
どうしてすぐにそのことを教えてくれなかったのか、とリンゴの目は饒舌である。
「僕が覚えてもない人のことだよ? 重要じゃないよ」
「…………」
「……わかった、わかったよリンゴ。ヴィリエから聞いたことを話す」
僕は、僕の父らしき人――ノーランドという人のことを話した。
4つ目の神の試練まで攻略し、そのせいで命を狙われていたらしいという。
「たぶん、4つ目が『聖者フォルリアードの祭壇』なんだと思う」
「なぜでしょうか、ノロット様」
「僕が『知識』の試練を突破するのに必要な紋様が、本に書かれてたからね。『祭壇』の次が『女神ヴィリエの海底神殿』。そして『女神ヴィリエの海底神殿』は今まで突破した人がいないっていうから」
「……やはり、その本は、ノロット様のお父様が」
認めざるを得ないよね。
「僕を捨てるときに、いっしょに捨てたんでしょ」
「……ノロット様」
リンゴは、なぜか自分自身が傷ついたような顔だった。
なにがどうあれ――たとえ命を狙われていたとしても、僕が捨てられたという事実は揺るがない。
これは、どうリンゴが思っても僕だけの問題なんだ。




