121 神の試練 - 女神ヴィリエの海底神殿 最奥(1)
「……なかなか、やる…………」
オライエが片膝をついた。
「ど、どうだった? 当たったか、俺のクロスボウ——うわあ! 刺さってる!?」
回り込んできたレノさんが大騒ぎする。
「これで……僕らの勝ちですよね?」
「あ、ああ……しっかし痛いな。久しぶりだよ、こんなに痛いのは……」
「それじゃあ、いろいろと聞きたいことが」
あるんです。
って言おうとしたんだよ。
そうしたら——オライエの身体が光の粒子になって消えた。
「え……」
カンカンカララランと音を立ててレノさんの放った矢が地面に転がった。
「ええええぇぇぇぇぇ…………」
がっくりきた。めっちゃがっくりきたよ……。
そうなることを予想していなかったわけじゃないんだけどさ、それにしたってもうちょっと話す時間くらいくれたっていいじゃないか!
気になることばっかりだよ!
「ん?」
ひとりでくずおれていたら、不意に揺れを感じた。
「みんな、大丈夫!?」
「な、なに!? なんなの!?」
「うおわ、なんだこれ」
ごごごごごと地面が揺れる。僕の足場である石材パネルが沈んでいく。
エリーゼやレノさんが立っているところも沈んでいく。
「わ!?」
「ノロット!?」
沈み方には差があって、階段状になっていく。
僕は低い方に身体がふらつくと、そのまま足を踏み出し、次の一歩ですっころんだ。
「うわわわわわわああああああああ——」
転がる、転がる、転がる。角に当たっては横に転がり、またぶつかり、転がり、ぶつかり、転がり……。
「ノロットーっ! 平気!?」
「だ、大丈夫……」
最初に立っていたところから、10メートルくらい低いところで僕は止まっていた。
身体中が痛いよ……。
見上げると、ちょうど蟻地獄みたいに階段がらせん状についているようだった。
エリーゼとレノさんが急いでこちらに下りてくる。
僕がいたのは3メートル四方程度のスペース。
「ノロット……途中で止まるとかできなかったの?」
「ううう」
「もうちょっと鍛えなきゃ」
「うっ……」
エリーゼがそんなふうに言いながらも僕に治癒の魔法をかけてくれた。そういえばエリーゼが治癒魔法を練習し始めたのってグレイトフォールを出てからだっけ。
温かい光が彼女の手から現れる。僕の身体の痛みが消えていく。
「ありがとう」
「どういたしまして」
治癒魔法の使い始めはドヤ顔だったエリーゼも、最近は「当然よ」みたいな感じでさりげないドヤに変わっている。もうひとつ変わったのは、魔力も増えたのか魔法を使っても顔色が青くならなくなったってことだろうか。
「リーダー! これだろ! ここ行くんだよな!?」
やたらテンション高くレノさんが言う。
僕らがいた階段の一番下。階段の巻いていく壁に、金色の扉があったんだ。
「ええ、ここを行けってことでしょうね。……っていうかレノさん、やたらテンション高いですね」
「そりゃそうだよ。前回は俺とゼルズは最奥まで行けなかっただろ? でも今回は俺だけ残ってる! ぷぷ、ゼルズのヤツ、ざまあ」
「あ、そ、そうですか」
謎の競争心。
僕は金色の扉の前に立った。人ひとりが通れる程度の小さな扉だ。
ドアノブもなく、ただ押し込むように手を当てる金属プレートがついている。
僕はそっと扉を押した——。
長く、暗い通路を歩いていた。歩き出して10分くらい。足下だけが白く明るくて、左右も上も暗闇。
壁がないんじゃないかと思ってしまうけど、手を伸ばすとちゃんと壁はあってひんやりしていた。
誰か前から来たらすれ違えないよな、って思うくらいに狭い通路。
やがて通路は、ひとつの部屋にたどり着く。
木窓からは日の光が注いでいた。窓の外には赤い実をつけた樹が生えている。
室内は広くない。木製の床は毛羽立っていて、ボロイ絨毯は薄汚れていた。
壁に取り付けた棚にはくすんだ水差しや食器が並べられている。
今にも傾きそうな丸テーブル。
イスは6脚あったけど、そのうち2つは背もたれがなかった。
「……この家はね、私の生家と同じなの」
そのイスのうちのひとつに腰をかけていた女性が、言った。
「初めまして、私はヴィリエ。皆さんがこの試練を成し遂げたことを祝福します」
僕らはイスに座っていた。
わからないことばかりでなにから聞いていいかもわからなかった。
ヴィリエ、と名乗った女性は、豊かなグレイの髪を後ろに流していた。着ているワンピースはお世辞にも上等な仕立てとは言えず、「農家の女性」という形容詞がぴったりだった。
美しい、とも、かわいい、とも言えないのに一度見たら目を離せないような、非凡な容姿だった。大きな黄色の目は優しく、あらゆる罪を赦してくれそうなほどの慈愛に満ちていた。彼女が発した言葉は耳を通って僕の心に温かく響いた。
そして彼女の声はこの遺跡に踏み込むときに聞こえた言葉そのものだった。
「あなたが……女神ヴィリエなんですか」
最初に聞いたのは、そんな質問だった。
「いえ」
短い否定が、ヴィリエの回答だった。……違うの?
彼女はポットからお茶を注いで、勧めてくれた。縁が欠けているカップに口をつけると、素朴ながら味わい深いお茶が僕の舌に踊った。
「私は……女神なんて呼ばれるほどの者ではありません。オライエが笑っていたでしょう? 私はヴィリエ。サラマド村の娘、ヴィリエですよ」
確かにオライエは「女神ヴィリエ!」と声を上げながら大笑いしていたっけ。
「あの……あなたたちは何者なんですか?」
「そうですね。そこから話さなければならないんですね……」
ヴィリエは悲しそうに言った。
「こんなにも長い間、私の元に冒険者が来ないとは、思いませんでした。ひょっとしたらオライエのところやアノロのところで聞いている冒険者は多いかもしれませんが……外でこの話ができないというのは思いもかけないほど、過去を劣化させるのでしょう」
「あの……全然わけがわかりません」
「あ、っと、そうでしたね。私、よくしかられるんです。説明が下手くそだって」
ほんとにそう思います。
「そうしたら、僕から質問して答えてもらう感じでもいいですか?」
「はい。構いませんよ」
にっこりと微笑むヴィリエ。どきっ、とするね。そういう表情もできるんだ……急に華やかに見えた。
隣のエリーゼが剣呑な空気を醸し出したので僕は咳払いして続ける。
「あなたがヴィリエ……さん、さっきの人がオライエさん、他にルシアさんや、アノロさん……たちもいるってことですよね?」
「はい」
「もしかして、フォルリアードさんと、ロノアさんもいるんですか?」
「はい」
「ええと、救世主さんは……」
「いません」
いないんだ。
神の試練が、
「勇者オライエの石碑」
「聖者フォルリアードの祭壇」
「女神ヴィリエの海底神殿」
「魔神ルシアの研究室」
「光神ロノアの極限回廊」
「邪神アノロの隘路」
と来てるんだ。7つ目の、
「救世主の試練」
だって、いそうなものだよね。
「ヴィリエさんたち6人は、どういうつながりなんですか?」
「……そうですね。あなた——ええと」
「ノロットです」
「まあ」
ぱん、と小さく手を叩くヴィリエ。なにが「まあ」なんだろう。
そう言えば僕がノロットだと名乗ったとき、オライエも変な反応をしたような。「なるほどねえ」とか言ってたっけ。
エリーゼとレノさんも名を名乗った。
「ノロットさんは、運命を信じますか?」
……予想外の質問。
たぶんそれが、この人が「説明が下手くそ」だと叱られる原因なんだろう……。
「信じるというか、信じないというか、微妙なところですね」
「おもしろい回答ですね。——では質問を変えますね。あなたの嗅覚が優れていること、あなたが冒険者を目指したこと、あなたが所持している本の表紙裏に“祭壇”の紋様が描かれていたこと、この3つに運命を感じませんか?」
僕は——言葉を失った。
運命?
僕の嗅覚と、冒険と、本とになんの因果関係が——いや、その前にどうしてこの人は嗅覚のことを……。見てたからか? ここでの試練を? いや、でもこの試練で僕は嗅覚でなにかをしなかったような。
「あら……鼻はよくないんですか?」
「……い、いいえ、鼻はいいほうだと思います。他人よりもずっと」
「でしょう。あなたのお父様もそれはもう嗅覚の優れた方でしたから」
その言葉を聞いたとき、今度は完全に僕の思考が止まった。




