120 神の試練 - 女神ヴィリエの海底神殿(8)
「っぐ!」
「ゼルズさん!!」
「……俺の、ことはいい……もし会うことができたら、故郷に残してきた妻と子に……」
「あははは。冗談を言えるなら元気ってことだよ」
ゼルズさんの腹に刺さった白い刃をぐりぐりっとやると、ゼルズさんは光の粒子になって消えた。
オライエが強すぎる。
……というより、転移事故による死、という恐怖が遠のき僕らの緊張感がなくなったせいだ。
攻撃はこれまで以上にうまくいかなくなって、傷が増えた。ラクサさんは左腕がないし、エリーゼは血みどろだし、僕とレノさんも逃げ回ってぼろぼろだ。
で、ゼルズさんも倒れた。
『残り時間、159分』
戦闘が再度始まって20分程度で僕らは瀕死だった。
「せえい!」
「うん、君の太刀筋はいいね」
「上から目線の男は大嫌いなのよ!」
「あはは。ごめんごめん」
エリーゼがオライエに褒められている。化け物に褒められるということはエリーゼもいよいよ化け物クラスなんだろうか……と、そうじゃなかった。そんなこと考えてる場合じゃない。僕も緊張感がきれてる。よくない傾向だ。
「……リーダー」
ラクサさんが結構近くに来ていた。
「こっちを見ないで。話を聞いてくれ――」
ラクサさんはひととおり、彼の考えていることを僕に伝えた。そして離れていき、レノさんの元へ。血をだいぶ流している。つらそうだ。たぶん斬り飛ばされた腕も戻るんだろうけど……戻るよね? 死んだと思ったら転移するくらいなんだから、腕くらい戻るよね?
それにしたところで痛いのは変わりない。
僕はラクサさんの考え、作戦を反芻する。
大丈夫そうだ。
というより、もうそれくらいしか考えられない。
「きゃあっ!?」
つばぜり合いで吹っ飛ばされたエリーゼへ、オライエが踏み込んでいく――。
「命じる。爆炎弾丸よ、起動せよ」
「……声を出さなきゃいけないというのは、不便だよね?」
エリーゼとオライエの中間地点に着弾した魔法弾丸だったけれど、すでにオライエは跳躍して離れている。
エリーゼだけが爆風に煽られて転げる。
ごめん、エリーゼ。
でも――。
「命じる。地殻弾丸よ、起動せよ」
――それも策のひとつ。
跳躍したオライエの周囲に、飛ばした魔法弾丸は3つ。
3方向を囲むように、せり上がる岩壁。
「でええええい!!」
「温い」
立ち上がったエリーゼが、着地したオライエに斬り掛かる。でもオライエは簡単にそれをはねのける。
僕が彼の周囲3方向に立てた壁が気になっているみたいで、そこから離れようとしているんだ。
「……なにが狙い――」
言いかけたオライエの背後、上空から飛びかかったのはラクサさんだ。
「っぐ!」
振り下ろされたかかと落とし。
しかしオライエはたやすくその脚を斬って捨てる。
ラクサさんはしかし、痛みをこらえて――右手に握りしめたダガーを。
放り捨てた。
そしてオライエに抱きつく。
「……今だ!!」
「命じる! 酷寒弾丸よ、起動せよ!」
僕が手にしていた魔法弾丸は、今発射できる最大量の5つ。
放たれた弾丸は、青色の光を発しながらオライエへ。
「……なるほど、捨て身の攻撃で相手を食い止め、そこへ魔法を撃ち込む、と――」
オライエはすぐに僕らの作戦を、見抜く。
「まだ、温い」
自分に当たりそうな弾丸を剣の一振りで弾く。
剣のリーチよりもかなり遠いところなのに、3発の弾丸が真っ二つになった。
魔法が発生する前の弾丸は、斬られればそれで終わりだ。
「足止めもこれで終わり――」
でもね。
狙いは、そこじゃない。
そのうちのひとつが地面に達する――チリッと石材パネルを削って跳ねる。
到達したのはオライエの足下。
「!」
発生する氷塊がオライエとラクサさんの足を包み込む。
「ぬう! ――邪魔だ!」
「ぐふっ」
鋭い肘打ちが、オライエを背後から抱きすくめるラクサさんの脇腹にめり込む。
そこまでだった。ラクサさんが光の粒になって消える。
それも、織り込み済みだ。
ラクサさんは片腕しかなくなり、やられるのを覚悟で足止め役を買って出た。
もうひとつ目的がある。
これだけ時間が稼げれば――詠唱の時間くらいは得られる。
オライエの正面にやってきたのはエリーゼ。
淡く白い輝きは身体強化の魔法だ。エリーゼは、これまでをはるかに上回る速度でオライエに斬り掛かる。
「せええええい!」
それを、オライエは剣で受ける。
「重いが、いい太刀筋だな……ここまでの連撃は、予測していなかったよ……!」
「あら、そう? まだまだこんなものじゃないわよ?」
「強がりを……なに!?」
オライエはきっと見ていただろう、エリーゼの後ろにいた僕が、パチンコを構えていることを。
手にした弾丸は殺傷力に特化したダマスカス製弾丸。
浮き上がった波のような模様が美しい――3発しか持っていない特注品だ。
放たれた弾丸。
オライエは、エリーゼの剣を受け止めたまま。
僕が撃った射線は、エリーゼの横をすり抜けてオライエの腹部へと――。
「――おっと」
「!?」
ぱしん、と左手で受け止められた。
親指と人差し指の2本で。
「危なかった――これが、魔法弾丸だったりしたら傷くらいつけられたかも……」
言いかけたオライエはなにかに気づく。
「……なんで、魔法弾丸ではないんだ……?」
僕は確信した。
勝った、と。
「いっけえええええええええ!!」
オライエの背後、壁に穴があけた。
レノさんが巨大クロスボウから放った70センチほどの矢は、壁を崩すということはなく――小さな穴だけをあけたんだ。
それほどの速度。それほどの威力。
がらあきだったオライエの背中。
矢が、腹部に突き刺さった。
突き抜け、15センチくらいがこちらに飛び出た。




