117 神の試練 - 女神ヴィリエの海底神殿(5)
謎の声が言っていた「祭壇」とは、「聖者フォルリアードの祭壇」である可能性は確かにありそうだと思った。
神の試練は7つ。8つや6つじゃなく、7つ。
ここが「女神ヴィリエの海底神殿」だとしたら、「祭壇」と言えば「聖者フォルリアードの祭壇」となる。
『残り時間、70分』
「……ともかく、まずはこの“部屋”についてですね」
僕らは調査を開始した。
と言っても、調査はすぐに終わる。
内装が凝っていることは凝っているんだけど家具がひとつもない。相変わらず照明はないのにぼんやりと明るい。それでも前の“部屋”のように地面が明るいとかそういうことはなかった。
「ってことは、やっぱりこれか」
部屋の中央、小さいテーブルのようにも見えるけれどテーブルじゃない。脚がないしね。
石の台……まさに「台」としか言えない。
これまた変哲のない灰色で、ひとつの巨岩から削りだしたようだ。
台の天板――天板? は材質が違った。20センチ×15センチくらいの大きさで薄い布を貼ったようになっていて、ベージュ色だ。縁取りがあって、そこには一本の筆が置かれてあった。絵画なんかに使われる絵筆だ。
「なにか書けってことかな?」
「そうみたいだな、リーダー。濡れている……どれ」
タラクトさんがさささっと布に筆を走らせる。
濡れていた成分は水なのか、ベージュに灰色が差す。
「?」
もちろんなにも起きない。
なんなんだろう。相変わらずのノーヒント。
「水は……描いても描いてもなくならない。不思議だなあ」
タラクトさんが不思議そうに絵筆を眺めている――と、
「おっ」
「あ」
僕らはみんな小さく声を上げた。タラクトさんの描いた線が、一斉にフッと消えたのだ。
「……なにを描けばいいの?」
エリーゼが首をかしげる。僕も知りたいよ……。
それからタラクトさんに絵筆を借りて、僕もいろいろと描いてみた。たとえば最初の“部屋”が表していた文字とかね。でも、違った。
「俺にも貸してくれ」
「はい」
ゼルズさんに絵筆を渡すと、嬉々としてゼルズさんは「あほレノ」という文字を描いた。子どもか。レノさんがクロスボウを持ち出し「お、おい、怒りすぎだろ!」「いい加減頭にきた」とふたりはまたも追いかけっこをしている。元気だな。
「……知っている人間が見れば、ピンとくるのだろうな」
ぽつりとラクサさんが言う。
「ええ、そうだと思います。『知識』に挑戦する、という建前ですし……」
「リーダーはなにか思いつかないのか」
「さっぱりですよ。ラクサさんは?」
ラクサさんは黙って首を横に振る。
だよなあ。
思いついてたら言ってるよな。
「あたしも知らないなあ。こんな祭壇見たことないよ」
「……え? エリーゼはこれが祭壇に見えるの?」
「ん。だってさっきノロットが祭壇祭壇言ってたから、これのことかなーって思ったんだけど」
違うよ。もうちょっとちゃんと話聞いてよ。
と思ったけど……。
「『聖者フォルリアードの祭壇』に行けばこれに似たものがあるってこと……?」
「そうかもしれないな!」
タラクトさんも同意する。
「でも、『聖者フォルリアードの祭壇』ってどこにあるんですか?」
「……知るわけないだろ……」
ですよねー。
大体神の試練自体が「眉唾」だと思われてたんだし。僕らがここにいるのだって大発見なんだ。
ん? でも変だよな……神の試練に、もしも仮に「順番」があるならどうしてここが先に発見されたんだ?
ひとつ考えられるのは「祭壇」に「海底神殿」への道を示すなにかがあるってところかな。
僕らがここを発見したのだって偶然みたいなもんだし。確か、「63番ルート」の最奥の設計室で、壁に掛けられた炭鉱図を外してしまったんだよな。
あれ?
でも僕らの発見は偶然だけど……ゲオルグは正攻法で見つけたのかな。どうなんだろ、そのあたり。
というかあの人、秘密主義で、なんか僕らの知らないことを隠してるかもなあ。
雪豹の幻影とかとんでもないマジックアイテムを持ってるし。
ん。
待てよ……。
もしかしてすでにゲオルグは他の神の試練を踏破してるとか?
そこの報酬が雪豹の幻影とか?
でもって踏破した神の試練が「聖者フォルリアードの祭壇」で、なにかゲオルグは知っているとか?
やたら自信ありそうだったしね。「俺とお前が組めば、『知識』の試練を突破できるかもしれない」とか言うくらいだし――。
「……考えすぎか」
それなら神の試練について公表してるか。
というか、推測しててもしょうがないや。
「ん、なにが? ノロット」
「ああ、なんでもない。戻ったらゲオルグにいろいろ聞かなきゃなあって思っただけ」
む……でもここで考えたことは忘れちゃうんだよな。
メモとかするか?
いやいやメモできたら「忘れる」ってペナルティが意味なくなる。
さすがに、そういう対策はしてあるはずだよなー……どんな魔法かわからないけど。
「ゲオルグに? まだいるのかしら」
「……そう言われると帰った可能性もあるよな。僕らがここに来て2時間くらいだから……外じゃほぼ丸1日経過してるわけだし」
「あのオートマトン、なにもしてなきゃいいんだけど」
「…………」
リンゴにとって残った扉はひとつ。「覚悟」だ。
リンゴがそこに突入している……というのはないとも限らないよな。
「なんかさっさと帰った方がいい気がしてきたよ……」
「ね……」
「……と言ってもリーダー。帰るにも時間切れ以外ないぞ」
ラクサさんの指摘はもっともだ。
せいぜいあがきますか。
『残り時間、30分』
「あーっ! もう、なんだこれ。全然わからん」
とりあえず描きまくったけどなにも起きなかった。
思いつく限りいろいろと。
名前とかもね。
絵も描いた。意外とエリーゼが上手だった。
タラクトさんが励ますように言う。
「声も『無理』って言ってたんだろ? 仕方ないよ」
「うーん……でもなんか悔しいじゃないですか」
「知らないものは出てこない」
「でも……」
「強情だな。まあ、そこがリーダーらしいところだけど」
「……このサイズにもなにか意味があるのかな」
僕は手のひらを広げてみる。
「大きさか。本くらいだな」
「……本?」
タラクトさんの言葉で僕はふとあることを思い出す。
「……まさか、ね」
僕はバックパックから唯一所持している「本」を取り出した。「いち冒険家としての生き様」である。
「え――」
驚いた。
本からは、はっきりとわかるほどに強い光がこぼれていたんだ。




