116 神の試練 - 女神ヴィリエの海底神殿(4)
思いっきりずっこけた。
僕だけじゃない。ここはもうレノさんがバシーッと答えを出してくれるだろうとみんな考えてたものだから、ずっこけるに決まってる。
例外はゼルズさんで、
「お前ら、レノになに期待してんだよ?」
と真顔で言っていた。真顔になられても。
それでも僕は聞かずにはいられなかった。
『残り時間、27分』
「解けないって……どういうことです?」
「そのままの意味。伝説として残ってるし、盤面――ここに書かれてるやつね。盤面も残ってるんだけど、どうやったって5手じゃ逆転できないんだ」
「え、えぇー……」
「何百年とか何千年とか、それくらい長いこと『未解決盤面』として君臨してるんだよ。過去には名だたる戦略盤の名人たちが挑戦して、彼らもこう結論した。『これは解けない』って」
がっかり……。
「でもさでもさ、絶対その戦略盤がこの“部屋”を通るためのキーだよね? それがどうなるかはわからないけど……押せば岩が動く、とか?」
「動かねーぞ、嬢ちゃん」
エリーゼが言うより前にゼルズさんが手近な岩に手をかけていた。さっきエリーゼが座ってたところだね。
ゼルズさんが押しても引いてもびくともしない。
方向を変えてもだめ。
回そうとしても動かない。
「んんん? どういうことだろ」
わからない。僕も戦略盤でなんとかするんだと思っていた。
岩に登るとか?
いやいや、登ってどうすんだよ。全部に一斉に登るなら18人いなきゃだし。人数のことなんて今まで1度も出てきてないし。
「で? ルーデルちゃんとはうまく行ってんの?」
「おい~、今ここで聞くかよ~?」
タラクトさんの問いに、レノさんがにやにやしている。もうね、緊張感とかないよね。まあ、ダメ元で来てるところもあるからそれでいいんだけど。
「ルーデルちゃんは戦略盤に詳しいんですか?」
「え、ノロットもその話題に入るの?」
僕が口を挟むとエリーゼが意外そうな顔をした。
『残り時間、24分』
いや、さ……無理かな、って気がするじゃん。ここ。さすが神の試練。人類がいまだ解けていない戦略盤を出してくるとは。
……あれ?
でもこれって「知識に挑む」じゃないよな?「知恵比べ」になってない?
解けた盤面を知ってればいいじゃん、っていう知識?
「ルーのヤツは――」
「おいおい、もう愛称で呼び捨てかよ! だいぶ接近してんな!」
「からかうなってタラクト。ま、まあ、ルーはかなり戦略盤に詳しいよ。もともと軍属ではあるけど、軍略研究とかそっちが専門だから」
「へぇ……」
レノさんと秀才女子。合うのかな? いや、僕が知らないだけでレノさんって結構知的なのかも。ラクサさんだけかと思った。ストームゲート知能派は。
タラクトさん……うん、結構抜けてるところがあるんだよね。
「今回のこの盤面も、俺とルーでかなり話したんだ。で、まあ……結論はひとつだな」
「『これは解けない』?」
「惜しい。『問題が悪い』」
「…………」
「ちょ、ちょっとリーダー。なに冷めた目ぇしてんだよ。しょうがないだろ。問題に不備があるんだから」
「不備ぃ?」
「もう完全に俺のこと信用してない目だよね、それ……いいよいいよ。俺なんて……ゼルズにくっついてる腰巾着なんだ……」
むしろゼルズさんの恋人枠かと思ってましたけど。
ちゃんと女性に興味があるんですね。
「んで、なにが不備なんだ? 言ってみろ」
「……タラクト、お前まで俺のことバカにして! いいか? 戦略盤のルールは知ってるだろ?」
タラクトさんがうなずく。僕もかじってるだけだけど、一応ルールは知ってるからうなずく。
「ここ! ここの兵士な! この兵士が邪魔なの! どうやって解こうとしても兵士が邪魔! 絶対この兵士がおかしいんだって!」
「兵士?」
「ほら、ここだよ」
レノさんが指差したのは――灰色の岩。
それはついさっきエリーゼが腰掛けた岩だった。
『残り時間、20分』
「……ちょ、ちょっと待ってください。レノさん、僕の認識が間違ってないか確認してください。――この“兵士”、エリーゼのすぐ後ろにある岩、これがなければ『解ける』んですか?」
「そう。そんなに難しくない」
「でもこの灰色……白、って、ロノア側ですよね? 負けてる光神側」
「そうだぜ。でもこいつが邪魔なんだ。こいつがいるせいで、白の将校が動けない。動かすと1手ロスする。逆に黒はこの兵士を利用して戦線を膠着させられる」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「お? どうしたんだよ、みんな固まって」
レノさん以外の全員が、答えに気がついた。
「やっぱりお前はバカだったなあ、レノ」
ゼルズさんが真顔で言った。
それから僕らはすぐに実行した。
そう、灰色の岩をぶっ壊したのだ。
ためらいはない。だってさ、前の“部屋”でもぶっ壊してるからね、本棚を。
エリーゼの大剣とゼルズさんの大剣――というか鉄塊で、灰色の岩は簡単に壊れた。
「ひええええっ!? 伝説の盤面を!?」
ってレノさんはびっくりしてたけど、気にしない。
灰色の岩は壊されることが“あらかじめわかっていたかのように”簡単に壊れると――空間に溶け込むように消えた。
そこに現れたのは金色の床面だった。
「クリアだ!」
僕らは快哉を叫ぶ。
やったね。できないと思ったけど行けちゃった。
……レノさんが目を丸くしてるけど、まだわかってないみたい。
『残り時間、16分』
おっと、急がなきゃ。
「行きましょう。たぶんこれ魔法ですよ」
足を載せる。
僕らにかけられる、転移魔法――。
……あれ? またここ?
真っ暗闇。自分の近くすべてを失ったような感じ。
「……ってことは試練はもう終わり?」
僕は思わずつぶやいていた。自分の声は聞こえている――と思うと。
『さすがにそれは早いよ。あと2つある』
声が聞こえた!
しかも、女神の声じゃない。
「だ、誰!?」
『まあまあ、誰でもいいじゃん』
よくないよ!
なんか男の若い声だ。若いって言ってもタラクトさんとかと同じくらい?
20代くらいか……。
『君さ、すごいよね。初チャレンジでここまで来ちゃうなんて。まあみんな初みたいなもんだけど』
「あ、はあ……あの、もしかしてあなたは」
これを造った人? と聞こうとした。
『まあまあ、誰でもいいじゃん』
だからよくないっての。
『ほんとはね、こういうことやるのはいけないんだけど……ちょっとかわいそうになったから教えてあげようかと』
「……え? かわいそう?」
『次の“部屋”はどうあってもクリアできないんだ』
…………は?
わけがわからない。
それじゃ神の試練ってなんなの? 絶対にクリアできない試練なの?
『ああ、大丈夫。僕が話すことは覚えていられるから』
「覚えていられる……ってなんのことですか?」
『ん、知らない? ここを出るとすべての記憶が消去されるよ』
えええええええ!
「知りませんよ!」
『じゃなきゃ、“部屋”なんて簡単に突破されちゃうでしょ』
「それはそうですけど……あ、だからか。次の“部屋”に時間が追加されるのは」
『君、見た目の割りに賢いねえ!』
見た目の割りに、って言葉必要だった? ねえ、必要だった?
でもまあ、今の説明で腑に落ちた。
中のことを忘れてしまうのなら、“部屋”の通過時の時間追加というボーナスも納得できる。
だからこの声の主は「みんな初みたいなもの」って言ったのか。
あれ? 待てよ。でもゲオルグは「知識」のほうでは戦闘がない……みたいなこと言ってなかったっけ? その言葉は正しかった。じゃあゲオルグは中で起きたことを覚えてる……。
じゃ、ないな。
彼の性格的にないな。
ウソ吐いたな?
あの人、僕となんとか組みたくてウソを吐いたんだ。
理屈としては「ここで起きたことを忘れる」と考えるほうが筋が通っている。
もしも僕がここで失敗して外に出たときに、すべて忘れていたら――どう思うだろうか?
――もっと知識をつけてから挑戦しよう。
となるはずだ。
がむしゃらに何度もチャレンジする人もいるかもしれないけどね。
知識をつければクリアできる試練なのだから――。
「いや……でもおかしくないですか? ここって『知識』に挑むんですよね? 最初の“部屋”は確かに知識に関わっていることでしたけど……戦略盤は、知識というか……誰も解けてないのに知識もなにもないような」
『知識だよ。ロノアの性格を知ってれば答えが出る』
「……は? 性格?」
『知らないの? どうやってクリアしたの?』
いや、こう、ダメでもいいからとりあえずぶっ壊すかーって感じで。
……言わないでおこう。
『あいつって穏やかそうにしてるくせに苛烈で負けず嫌いだからね。アノロによそ見をさせた瞬間に、兵士の駒を魔法で蒸発させたんだよね。で、アノロが文句言ったら“戦争中によそ見するほうが悪い。消したのは自分の手駒だ。なんの文句がある”』
「…………」
『あはは』
笑うとこ?
「っていうか、ロノアの性格、って――」
『おっと、やばい。そろそろ時間切れだ。ごめんだけど、次の“部屋”は絶対クリアできないから、もうここには挑戦しないでくれ。貴重な若い才能をここに何度もアタックさせるのはもったいないって僕は思ってね』
「いや、それ言われても覚えてないんですよね?」
『僕との会話は、ここを出るときには断片的に覚えているはずだよ』
そういうこともできるのか。
「あとひとつ教えてください。どうしてですか? どうしてクリアできないんですか」
『…………』
「そうしないと、僕またチャレンジすると思います。いいんですか?」
『……ふっ。この僕を脅迫するなんてね。君の人生だから好きに使ってくれて構わないんだけど――ま、いいや。教えてあげる。“祭壇”が先なんだ。ここはそのあとに来てもらう予定だった』
「祭壇?」
『それじゃ、時間切れまであと少しだけど――楽しんでね』
はっ。
気がつくと僕の足下には床があった。
……なんか、慣れないなこの感覚。
「あ! ノロット! どこ行ってたの!?」
「え?」
いきなりエリーゼに抱きつかれた。
倒れそうになるのをぐっとこらえると、背中にピシッと痛みが走った。
うう……ひ弱だな、僕は……。
「えっと――僕、みんなより遅れてここに来た?」
「そうだよ……心配したんだから」
なんとか引っぺがしたエリーゼが心底心配そうに言う。
たぶん……さっきの会話のせいだな。
僕らがいるのは、小さな部屋だった。
落ち着いた内装だけど、凝っている部屋だ。危険はとりあえずないみたい。
真ん中に台があるけど――僕になにがあったのか説明をしておいたほうがいいだろうね。
『残り時間、71分』
やっぱり余裕を持ってクリアしたぶんが追加されてるっぽい。
僕がいなかったのは……5分くらい?
「実は――」
ひととおり、今聞いたことをみんなに話した。
みんななにか言いたそうな顔をしているけど――すべてが推測に過ぎない。
試練は本当にあと2つなのか、も。
あの声の主が誰か、も。
ここをほんとうにクリアできないのか、も。
だけど、ラクサさんだけはある確信を持ったような顔で口を開いた。
「リーダー……その『祭壇』のことだけど……」
それは、僕もすっかり抜け落ちていたことだった。
「神の試練のひとつ、『聖者フォルリアードの祭壇』のことじゃないか?」




