115 神の試練 - 女神ヴィリエの海底神殿(3)
金色の扉は、最後にレノさんが通るとひとりでに閉じた。そして、そのまま壁に融けるように消えてしまった。
「なんかもう、ちょっとやそっとじゃ驚かなくなったな」
「……確かに。それで、ここはどういう場所だ?」
タラクトさんとラクサさんが話しているのが聞こえた。
僕も——この場所についてはちょっと、どう判断していいのかわからない。
正方形の部屋だ。天井は高く、広さは200平米から300平米くらいだろうか。
地面がうっすらと白く発光している。
そして——岩。
あちこちに岩が置かれている。置かれている? その場から生えているように見える——あるいは、元々あった岩をそのまま放置しているのか。
見た感じ、岩の数は20個に満たないくらい。
パッとわかるのは、灰色の岩と黒の岩がそれぞれ入り交じっている。
「なんなの、これ……?」
エリーゼが首をかしげる。
「相変わらずノーヒントってところだね。ともかく調べてみよう——」
『残り時間、60分』
僕が言いかけたところで、また例の声が聞こえてきた。
「んだよ! こっちも同じってことかよ。あー、俺は神経が細やかだからよお、こうやって急かされるのは大嫌いなんだよなあ」
「……ゼルズ、それマジで言ってんの?」
僕が思っていたツッコミをレノさんが言ってくれた。おかげでレノさんがゼルズさんの太い腕でヘッドロックをかけられている。言わなくてよかった。
「でも、変だな」
「どうしたの、ノロット?」
「エリーゼはさっきの部屋で『60分』っていう声を聞いた?」
「ん……聞いてない、かな。まあ聞いたかもしれないけど、転移した直後だったから気づかなかったとか?」
「…………」
「どうしたの? それが?」
「……いや、仮になんだけど…………前の『部屋』をもっと早くクリアしたら、ここの時間は60分以上——63分とか、70分とかになってたのかな、って」
すると、聞いていたラクサさんがうなずいた。
「前の『部屋』の残り時間が次の部屋に回されるというわけか」
「そうです。であれば僕だけに聞こえた女神の声も説明がつくというか——『部屋』に長居無用というのは、早くクリアすればするほど次が楽になるってことなんじゃないかと」
「……ありそうだ。だが、いずれにせよ——」
「ええ。僕らはさっさと次へ行くだけですね」
そう、やるべきことは変わらない。
でも変だな?
もし時間を次の「部屋」に持ち越せるのなら、2度目以降のチャレンジはどんどん簡単になるよな?
1つ目の「部屋」だって、答えを知っていればクリアするのに3分くらいだろう。
そうしたら次の「部屋」は110分以上の時間を持って挑める。
あるいはそれすらも見込んだ上での試練なのか?
うーん……わからない。ま、いいか。神の試練をどんな目的で作ったか、なんて、それこそ「神のみぞ知る」ってことだろうし。
早速動き出した。
僕とエリーゼは岩を調べ、タラクトさんたちは壁や天井を調べた。
結果としては壁にはなにもなく、天井にもなにもなさそうということだ。
岩は……うん、ふつうの岩だ。自然っぽい岩。
灰色の岩が6個、黒色の岩が12個あったというだけ。
『残り時間、48分』
「ん〜〜。18個の岩か」
タラクトさんが腕組みをして唸る。
「他に特徴は?」
「これと言って、ないですね」
「いっそのことぶっ壊すか?」
「……いや、ゼルズさん、いっそのこと、ってなんですか……?」
とはいえ、考えてもわからなければ最終手段で壊すことになるかもしれない。
「『知識に挑む』っていう割りに、なぞなぞばっかりだよねー」
言いながらエリーゼは手近な灰色の岩に座る。それだけはちょうど腰掛けになるくらいの大きさだった。
他の岩は、僕と同じくらいの身長か、それ以上のものばかりなのに。
「知識……か。ここの岩がなにか特殊な種類の岩だとか……」
「リーダー。それはないと思う。俺だってめちゃくちゃ岩に詳しいわけじゃないが、叔父さんに付き合って冒険者協会の所有している宝石の売買によくついていったことがある。ここにある黒い岩だって黒曜石とかそういう類のもんじゃないよ。ただの岩だ。金鉱脈があるわけでもない」
と、タラクトさんが言う。
叔父さんというのはタレイドさんだろう。ストームゲート冒険者協会の重鎮である。
『残り時間、45分』
立っていても仕方ないので僕も地べたに腰を下ろした。こうして座ってみれば、また違った景色が見えるかもしれない——。
「!」
目の高さがちょうどエリーゼの太ももだった。
危ない。スカートの中が見えてしまうところだった。
「……もう」
ふいっと視線をそらした僕に気づいたのか、エリーゼがそんなことを言いながら同じように地べたに座る。
あのさ……恥ずかしいなら止めようよ、そういう装備……。
なんか見ちゃうんじゃないですか。男の子ですからね。僕。
座ってみるとわかるけれど、地べたは冷たくも温かくもない。光っているのに温度を感じさせない、不思議な感じだった。
「こっちの地面のほうが、希少な鉱物を使っている気がするな」
同じようにタラクトさんが座ると、ラクサさんも腰を下ろした。
でもゼルズさんとレノさんは、相変わらずレノさんがゼルズさんをからかってはゼルズさんがレノさんを追いかけるという不毛なじゃれあいを繰り広げていた。
なにあのふたり。付き合ってるの?(男同士だけど)
ともかく、こんな状況なのにふだん通りでいられるのはある意味すごい。
「んー……もしかして、地面のほうを見ろってことですかね? わざわざ明かりを地面に設置しているわけですし」
「面白い視点だな、リーダー。だとしたらどうなる?」
「岩は邪魔ですよね。そこだけ光がないわけですし」
僕は手にした紙に、さささっと絵を描いた。
正方形に、黒と灰色の岩を●と○とで表現する。
こうして見ると、等間隔で置かれている丸もあった。
「……意味がありそうだな」
眉間に皺を寄せてラクサさんがぼそっと言う。
その先を期待したけど、出てこない。
「暗号とかですかね」
「これだけで暗号と言うには、ちょっと情報が足りない気もするが」
タラクトさんが反応する。
「……岩の数が意味あるとかですか」
「さすがに意味がないってことはないだろうけどな」
「12個と6個、合計18個」
「そんな暗号知らんぞ。もちろんどこぞの誰かが使っているかもしれないが、そこまで把握できない」
「色に意味があるとか」
「さすがに意味はあるだろう……さっきの『部屋』を見てもわかる」
あれこれ言うが、もちろん答えは出ない。というより現状認識を繰り返してるだけだ。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
『残り時間、32分』
ううむ、これヤバイかも。
この5分くらい、誰も口を開いていない。腕組みして「うーん」と唸るだけ。元気なのは駆け回ってるレノさんとゼルズさんくらい——ってまだ走ってるのかよ!
僕らの思考がドツボにはまってる気がする。こういうときは、思考を切り替えてみる必要がある。
紙を回転させる。裏返す……裏写りしないからわからないや。
遠目で見てみる。
「うーん……」
ドツボのままだった。
「あれ? なにやってるの?」
けろっとした顔のレノさんがやってきて、
「あー、これか。戦略盤を解いてたのか」
爆弾級の言葉を発した。
戦略盤——それは、12×12マスで構成されるボードゲームだ。
特に軍人の間で流行っており、駒に、兵士、隊長、将校といった形で3種類の役割を分担させる。駆け引きを楽しみながら陣取りをしていくゲームだ。
「え!? これ、戦略盤なんですか!?」
思いっきり食いついた僕に、若干引き気味のレノさん。
「お、おう……俺の友だちに戦略盤に凝ってるヤツがいてさ。よく相手になってやったからわかる」
「友だちぃ? アレだろ、レノが惚れてる軍属の女の子の……」
「うわー! それバラすのかよタラクト!」
「おい、俺聞いてねえぞ、なんだよそれ!」
「……俺も知らないな」
ゼルズさんとラクサさんが食いついていくけど、
「ちょ、ちょっとストーップ! それはどうでもいいです!
どうでもよくなさそうな顔のゼルズさんたちだけど、どうでもいいです。
「レノさん、それでこれがなんなんですか?」
「あ、ああ……有名な盤面だよ。ロノアとアノロのふたりが対決した戦略盤って話で……」
「ロノアとアノロ? 光神ロノアと邪神アノロのことですか?」
レノさんがうなずく。
マジか。
そのふたり……2柱? だって神の試練を創ったとされるふたりじゃないか。
「光神ロノアの極限回廊」と「邪神アノロの隘路」は「女神ヴィリエの海底神殿」に連なる、7つある神の試練だ。
「で、黒がアノロ、白がロノアなんだ。邪神が圧倒的有利に進めていた最終版面でさ、でも、伝説ではここから5手でロノアが逆転したとされている」
「5手で逆転……」
「そういや、ここの岩って、高さがまちまちだよな。昔の戦略盤は、兵士、隊長、将校と3段階の高さに分けた石ころでやってたって話だ」
「え!? それじゃないですか! 地面に注目させたのは、地面——盤面こそが重要! 岩は駒!」
女神ヴィリエの試練なのに、光神ロノアと邪神アノロが出てくるのはよくわからないけど、そこを考えるのはあとだ。
「それで、どうやってロノアは勝ったんですか!?」
これが解ければこの「部屋」は通過したも同然だ。
僕は、今回のチャレンジにレノさんが同行してくれたことを神に感謝した——どの神かって? とりあえずあらゆる神に。
僕らは期待を込めた目でレノさんを見つめる。
レノさん。ゼルズさんと遊んでたことは水に流します。
さあ、答えを!
「それは……」
レノさんは、困ったように苦笑した。
「……誰も解けないんだ」
ストームゲート4人組、実は結構気に入ってます。




