110 再び青海溝(7)
ソイが転んだ、とわかった瞬間、反転しようとしたのは4人だった。
2人は大盾。
1人はペパロニ。
そして、僕。
王海竜はぐるりと首を巡らせる。
そして——いちばん後ろに取り残されたソイに気がつく。
王海竜が口を大きく開いた。
盾は、間に合わない。
ソイを守れる手段はない——。
「命じる! 地殻弾丸よ、起動せよ!」
放たれる水流。
放たれる弾丸。
ソイと王海竜を結ぶ直線上に、隆起する岩盤。
だけど水流は岩盤を砕く。
直進する水流——ソイに向けて。
ソイの目が見開かれる。
彼女の目に映ったのは、ひとりの男の背中。
ペパロニだ。
「おああああああああ!!」
ペパロニは4本ある剣のうち、1本だけを抜いていた。
刀身が青い——ミスリルを混ぜた特殊鋼。
水流に向けて切っ先を突き出す。
水が——斬れた。
左右に分かれて飛んでいく。
これには驚いた。僕だけでなく、たぶん王海竜も。
「ソイィィ! 立て! 走れ!!」
「あ、で、でも、今ので足をひねって……」
「っちくしょおおお!」
ペパロニが手を貸してソイを立ち上がらせる。
ひょこひょこ足を引いて進むふたり。
「わたしはいいから、先に行って……」
「んなカッコ悪いことできるかよ!」
「でも! 次の攻撃が——」
王海竜は次の水を貯め込んでいた。
ふたりを守るようにして大盾ふたりが立ちはだかる。
「お前ら、守れるか!?」
「わかんねえ! けど——やらなきゃだろ」
「クソッ!!」
「——大丈夫」
言ったのは、僕だ。
「あ……?」
「急じゃなきゃ、対応できます」
僕はすでに魔法弾丸を構えていた。
僕と王海竜との距離を確認。
王海竜が攻撃に移るまでの時間を想定。
その間隔は、前回の戦いのときにきっちり覚えた。
「命じる。酷寒弾丸よ、起動せよ」
大サービスだ。
手に添えた弾丸は3発。
一気に射出され、王海竜の顔面目がけて飛んでいく。
王海竜が口を開こうとして——なにかに気づいたように見えた。
僕と、視線が合った。
開きかけた王海竜の口が閉ざされる。
そして、
「!?」
ざぶーん、と水柱が上がる。
潜ったんだ。
水柱に突っ込んでいく魔法弾丸はそこで発動する。
飛沫が凍りついて泡みたくなってキラキラ宙を舞った。
「……ど、どうしたんだ、王海竜は!?」
「わかりません! 急いで!!」
「っと、そうだった!」
僕らはソイをかばうようにして奥へと進む。
結局、王海竜は二度と出てくることなく僕らは全員無事に奥の通路に避難できた。
「焦った……」
通路の壁に背をもたせかけて僕は息を吐いた。
ソイは治癒魔術師から治療を受けている。
「あれが、王海竜か」
ペパロニは考え込むようにして、唸る。
「でもすごいですね、ペパロニさん」
「——あん?」
「あの水圧、斬れるなんて思いませんでしたよ」
「あれは……ただまっすぐ剣を出しただけだ。なんもすごくねえ」
「すごいですよ。一歩間違えたら身体に直撃ですよ?」
「俺に言わせりゃお前のほうがよほど……」
「え?」
「……いや、いい。ちっとソイのヤツに文句言ってくら。こけるヤツがあるかよって」
ペパロニはさささと離れていく。
入れ替わりにミートンがやってきた。
「ノロットさん、さっきなにをやろうとしたんですか? 王海竜がなんかびっくりして逃げていきましたよね?」
「逃げた……んですか? でも、僕のことは覚えていたような雰囲気でしたね。——えっと、前に王海竜を追い返したことは言いましたよね」
「ええ。詳細は聞いてませんけど」
「最後に、口の中に魔法弾丸を撃ち込んだんですよ。酷寒魔法の」
「……は?」
「水流が発生するタイミングなら水が凍るじゃないですか。大量の水を凍らせれば、水は膨張しますし、そしたら口を詰まらせられるかなって思って——結果としては、うまくいきました」
「ちょっと確認なんですけど、王海竜の口の中で魔法が発動するように弾丸を撃ったってことですか?」
「ええ」
「しかも水が出てくるタイミングに合わせて」
「ええ」
「……むちゃくちゃだな」
「そうですか?」
「むちゃくちゃですよ。そりゃ王海竜だって覚えてるでしょう。言うなれば、王海竜はノロットさんにびびって逃げたってことじゃないですか」
「あははは。それはないでしょー」
「…………」
……ないよね?
なんでミートンは真顔なのかな?
それに他の人たちも真顔で僕を見てるのかな?
「やれやれ……あなたも、ペパロニも、簡単そうにとんでもないことをやってのけますね」
「ペパロニさんすごかったですね」
僕らが視線を向けると、ペパロニとソイがなにかを話していた。王海竜の恐怖が今になって迫ってきたのか、自分の肩を抱くようにして震えるソイ。ペパロニはソイの肩に手を当てて励ますようなふうだ。
ソイは当てられた手に、そっと手を重ねる。見つめ合うふたり。
「…………」
「…………」
「……ミートンさん」
「……ええ、言いたいことはわかりますよ……いい雰囲気ですね。まあ、よくあることですよ。遺跡じゃ命のやりとりは当たり前ですからね。それにしてもあのふたりか……」
ぶつぶつ言いながらミートンは自分のパーティーメンバーのほうへと戻っていった。
さて、と。
それじゃそろそろ出発——。
「……ご主人様」
「……ノロット」
見上げると、そこにはこちらを冷たく見下ろすメイドと貴族令嬢の姿があった。
「な、なんですか?」
一応、たずねてみた。
「危険なことはしない約束だったではありませんか!!」
「無茶なことしないでよ! ノロットになにかあったらどうすんのよ!」
このあとめっちゃ怒られました。
僕らはその後はなんの問題もなく「63番ルート」の最奥に着いた。
そこにやってきてもなお誰もいなかったことにセルメンディーナは絶望感を募らせていたけれど、彼女にはまだひとつ、望みがあった。
「女神ヴィリエの海底神殿」へと入ることだ。




