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トレジャーハントに必要な、たった1つのきらめく才能  作者: 三上康明
第1章 トレジャーハントには調査と仲間が必要(凶暴なメイドを含む)
11/186

10 ぽーん

 夢を見た。


 冒険者になる前の僕がいた。僕は、ムクドリ共和国の首都、その片隅にある料理店で働いていた。「コック見習い」だなんて言えばカッコイイかもしれないけど実際は雑用係だ。レストランの裏にある日当たりの悪い下宿。誰よりも早く起きて先輩店員たちの服を洗う。なにしろ日がまったく当たらないから長く干しておかないといけなかった。夏はいいけど冬なんかは最悪だ。手はあかぎれになるし、井戸から汲み上げた水は恐ろしく冷たい。指がちぎれたんじゃないかと何度も思った。

 僕の心の支えは本だけだった。「いち冒険家としての生き様」――何度も読んで、読み込んで、背表紙は二度ほど補修した。僕は本好きになった。本を貸してくれる人がいれば何度も借りた。本を買いたいと思うことはあったけれど、あまりに高くて買えなかった。

 毎日くたくたになるまで働いても、いつか冒険者になる、トレジャーハンターになる――その思いだけが僕のキツイ毎日を支えてくれた。

「翡翠回廊」は、はっきり言って“ズル”をしてクリアした。創造主であるモラが案内役だったからね。だから僕は“いち冒険家”としての達成感や喜びをまだ、ほんとうの意味で味わっていない――。




「……リンゴ“さん”?」

「どうなさいました。旦那様」


 目を開けると南向きの窓外は明るんでいた。

 でも僕はそっちに目が行かなかったよ。だって、鼻先30センチくらいのところにリンゴの顔があったからね!


「離れててって言ったでしょ!?」

「ご主人様がうめいておられたので」


 リンゴが身を起こすと顔が離れていく。

 あー、驚いた……。

 でもほんと、さわやかな果実のニオイがしてすごくいいニオイだ、リンゴの髪は。


「……悪い夢を見てたんだよ」

「どのような夢ですか?」

「昔のこと。って言っても2カ月くらい前だけどね」

「左様ですか……」


 するとリンゴは少し考えるようにしてから、


「“おかえりなさいませ”、ご主人様」

「……ん、おかえり、って?」

「今は、楽しい毎日でしょう? 夢から現実へ。過去から現在へ。おかえりなさいませ」

「――そうだね」


 リンゴにしては気が利いているな、と思った。


「わたくしもいますし」


 やっぱり気なんて利いちゃなかった。得意げに胸張ってるよ。




 冒険者協会にやってきた。

 時刻は午前9時。


 だいぶゆっくりした時間と言える。

 活動的な冒険者は日の出とともに動き出す。

 冒険者協会もそれをわかっているから、朝6時には営業を始めるんだ。

 朝一番で、昨日集まった依頼を一気に貼り出すと、待ってましたとばかりに冒険者が集まる。


 その騒がしい時間を外して僕らはやってきたというわけ。

 とはいえストームゲートの冒険者協会はかなり人の出入りがあるから、昨日と同じく、酒場には10人を超える人たちが酒を飲んでいたりする。


「あっ! 昨日の、飲みっぷりのいい兄さん!」


 僕らが建物に入った瞬間、リンゴはすぐに声をかけられた。

 他の冒険者から注目を浴びる必要はまったくないので僕はリンゴを酒場に放り込んで、ひとり(マントの中にカエルはいるけど)、カウンターへと向かった。

 昨日と同じお姉さんが書き物をしていた。


「おはようございます」

「なぁに言ってんの、そろそろこんにちはって時間じゃない――あら、昨日の小さい子」


 小さくないですけどね。15歳ですけどね。


「タレイドさんからなにか預かってたりしませんか?」


 僕がたずねると、お姉さんの顔から愛想が消えた。

 怖い顔になったんじゃなくて……なんていうか、疑ってる感じね。

 自分の留守中に家族が見たこともない人間を家に入れていたら誰だこいつって顔になるでしょ? そんな感じ。


「ねえ、君って“何者”なの?」

「どういうことでしょうか」

「あんな強い彼といっしょにいて。でも君自身はただの子どもって感じだし」


 冒険者ですけど!


「いやいやいや、うちに秘めたるもの、ってあるじゃないですか。僕にはそれがあるんですよ、“強い思い”がね……」

「なにそれ。意味わかんない」


 それを聞いて、ぶほぉっ、とマントの中で小さい生き物が笑う気配。

 コイツ……。


「だって君さー、タラクトさんのこととなにか関係あるでしょ? 昨日、タレイドさんが君といっしょに大慌てでここを出て行って、夜にはタラクトさんが完治したってことになってた。君がなにかしたに決まってる」

「な……にをおっしゃいますやら……ないです。僕じゃないです」

「あー、うん。それはわかってる。君じゃないってことは。誰か紹介したんでしょ? 治癒系の魔法に強い人を知ってるんだよね?」

「…………」


 一流のトレジャーハンターへの道は長い。

 冒険者協会の受付のお姉さんからも一目でわかるような一流になるにはどれほどの遺跡を踏破しなければならないのだろう。

 まあ、お姉さんも間違ってはないんだけど。僕まだ一流じゃないし。


「ああ! ちょうど来ていたのか。2階の私の部屋へ行こう」


 タレイドさんがやってきた――こんな時間に出社(?)なのだろうか。

 渡りに船とばかりに僕がついていくとカウンターのお姉さんは聞きたいことを全然聞き出せなかったからだろう、頬をふくらませていた。


「さて――これが紹介状だ」


 昨日と同じ役員室に通されると、いきなりその話になった。

 たった1枚の紙。

 リンゴの名前と、「この者の信用は冒険者協会が担保するため、公文書館の利用許可を求める」とだけ書かれている紙。

 でも重要なのはその下。

 ストームゲート冒険者協会という文字と、タレイドさんの署名。

 これらは偽造を防ぐために魔力が込められているから、よく見るとインクがにじむように光を放っている。


 これこれ! これですよぉ~。これがあれば公文書館に入り浸り放題ですよぉ~。

 冒険の最初のステップ。

 まず、資料を掘る。


 でも、僕はその紹介状を受け取ろうとして――手を引っ込めた。


「? どうしたんだね、これが欲しかったんじゃないのか」

「ええ、もちろん。そうなんです――けど、タレイドさん、昨日は不信感混じりって感じでしたよね」

「この紹介状がニセモノだと?」

「いえ、そこまでは」

「……君は公文書館に入りたい。なんのためか。資料調べに決まっている。それに君はトレジャーハンターの専門用品店にいた。つまり君がしようとしていることは“遺跡の踏破”。そうだろう? だが君は昨日、『長くはこの町にいない』といったようなことを言った。矛盾だよ。君の行動と君の言葉、どちらかがウソだということになる」


 う、うわぁ。バレてる。めっちゃバレてる。

 ていうかよく考えもせずウソついた僕が悪いんだけど……。


「僕が真実を話したら……いろいろと協力してくれますか?」

「君のウソに気づき、詮索をいれることもせず、君の望む紹介状を提供しようとしている。“この程度の協力”では足りないと? 私は少なくとも誠意を見せていると思うが?」

「うっ……そ、それを言われると、確かに……すみません」

「あ、いや――こちらこそ、すまない。どうもおかしいな……君のような子どもに大人げないことを言うつもりはなかったんだ。君はタラクトの命の恩人だと言うのに」


 タレイドさんは苦い顔をした。


「2人、重傷で帰ってきたと昨日言ったね。タラクトのパーティーだ。ひとりはタラクト、もうひとりは――昨晩“死んだ”」

「え」

「内臓を破損していたし、血も流しすぎていた。どうしようもなかった」


 淡々と言ったが、その亡くなった人もタレイドさんの知っている冒険者なのだろう。

 声に悔しさがにじんでいた。


「あの……僕らは、『黄金の煉獄門』に行きたいんです」

「……大人のひとりとして、この協会の人間として、なんの感情も思い入れもなしにアドバイスしよう。無駄死にだ。止めなさい。確かに君――か、あるいはあのカエルが魔法に詳しいとしよう。だが『煉獄門』はそんな次元ではないよ」

「ええ……そうでしょうね」


 なめてかかっているわけじゃない。

 むしろ、慎重に慎重を重ねている。


「だからこそ協力して欲しいんです。昨日ちょっと言いましたよね、他にも協力して欲しいことがある、って。僕らが『黄金の煉獄門』に入るときに、もう数人必要だと思っています。アンデッド系に強い神官、近接戦闘に強いファイター、解錠と物理トラップ解除に強いローグ。こういった人たちを紹介して欲しいんです」

「非現実的だ。『煉獄門』に挑むならかなりの手練れが必要なんだぞ。君のような子どもに手を貸す冒険者なんていないだろう。たとえ私が口添えしても、だ。それに金だってちょっとやそっとじゃ利かないぞ」

「お金はあります」


 僕は金貨袋を取り出した。

 袋の中身がすべて金貨だと気がついてタレイドさんは目を瞠る。


「……君は、何者なんだ……? 治癒魔法で稼いだのか? それほど金を持っているのにどうして『煉獄門』にこだわるんだ」


 僕はもう腹をくくっていた。


 真実を話そう、と。


 この町に、協力者が必要なのは間違いないことだから。

 ずっと秘密にしたまま遺跡に行けるとも僕だって思ってない。


「……もうひとつお話ししておくことがあります。僕の名前はリンゴじゃありません。リンゴは、下に置いてきたもうひとりのほうです。――驚かないでくださいよ」

「これ以上なにを言われても驚かないよ。なんだね?」


 そう言うタレイドさんの前で、僕はムクドリ共和国発行の冒険者認定証を取り出した。


「ふむ、ムクドリの冒険者証――」



 ぽーん、ってタレイドさんの眼球が前方に飛んでいった。



 っていうくらいに見えたんだ。

 思いっきり目を見開いていたからね。

 あと、あごがだらーんってなって、ん、これは外れたかな? って思えるほど。


「ダッ、ダダ、ダイ、ダイヤモン……! き、君、いや、あああ、あなたが、あの有名なノロッ――」


 扉一枚向こうで仕事をしている職員たちにまで知れると面倒なことになるので、その前に僕は人差し指を口に当てて「しーっ」とやった。

 タレイドさんはあわてて両手で口を押さえた。


「えっと、僕言いましたよ。全部秘密にしてくれって」


 両手で口を押さえたままタレイドさんがうんうんとうなずく。


「わかってくれてるならいいです。大声も出さないでください」

「わ、わかっ、わかりました……」


 ふう、とタレイドさんが両手を解放した。


「なるほど……いろいろとつながってきましたよ。あなたがあの――」

「『君』のままでいいですよ。タレイドさんが僕に敬語使ったら変でしょ?」

「そ、そうか? それなら――うん、君が“あの”ノロットだというのなら、『黄金の煉獄門』に行くというのもわかる。でも『黄金の煉獄門』への挑戦を宣言したのにどうしてそんなふうにこそこそとするんだ?」


 昏骸旅団のことは説明するのが面倒だなあ……。


「いろいろあるんですよね……これはやましいから隠すんじゃなくて、話すのがややこしいので。簡単に言えば僕は身の安全を確保したいんです。とりあえずは秘密裏に“こと”を進めたい」

「そうか、わかった。それにしても驚いたよ」


「かっかかか。傑作だなァ」


 もう真相を話したからいいと思ったのだろう。するりとマントからモラが出てきて、執務机に飛び乗った。一瞬タレイドさんはびくりとしたけれど、


「な、なんだ、いたのか。驚いたけど、さっきのノロットさん……ノロットくんの冒険者認定証を見たときの驚きはすごかった。いやー、心臓が止まるかと思ったよ……」


 と言ってもう一度冒険者認定証を見やる。

 ダイヤモンドグレードの認定証は、カードになっている金属に小粒ではあるけれど本物のダイヤモンドがはめ込まれている。

 そのダイヤモンドをためつすがめつしているタレイドさんに、モラが、


「よろしく頼まァな、専務理事さんよ」

「その肩書きはどうも面はゆくていけないよ。ええと、確か君は――」

「モラだァ」

「ああ、そうだ。モラ。……モラ? 確かどこかで聞いたことが」

「そらそうよ。ノロットが踏破した『翡翠回廊』は俺っちが造ったんだからな」



 ぽーん、ってタレイドさんの眼球が前方に飛んでいった。

 コンッ、コン、ココココ……と硬質な音を立てて目玉が床を転がっていく。



 何度も言うけど、そう見えただけだよ?

 実際には飛んでない。

 ……飛んでないよね?

 うん、タレイドさんの眼窩にふたつある。

 今にも落ちそうなくらい目は見開かれてるけど。


「ままままま魔剣士モモモモモララッラララアアアアアアアア!!」


「やかましァ!」

「へぐっ」


 執務机から跳んだモラがタレイドさんの顔に蹴りをくれた。


「どうしてカエルに!?」

「魂が吹っ飛んじまって気づいたらカエルに憑依してたんでィ」

「んなっ!?」


 わけわからないよね?

 でも事実だからそう説明するしかない。

 まあ、僕もそうだった。モラに最初にその説明を受けたとき。


「……これ以上、隠し事はないよね?」


 イスに、ずり落ちそうな感じで腰を下ろしたタレイドさんが、涙目で聞いてきた。


「あ、はい」

「……もう、心臓がいくつあっても足りないよ……」


 リンゴとトウミツさんのことは今話さないほうがいいな、って思った。




 とりあえずタレイドさんの協力は得られた。

 むしろ全面的に協力させて欲しいと言ってきた。

 僕のことは隠した上で「黄金の煉獄門」行きのパーティーメンバーを探してくれることになった。


 1階に降りていくと、酒場では相変わらず飲み比べをして圧勝したリンゴが死屍累々としている冒険者の海にひとりたたずんでおり、僕は彼女を連れて外へと出た。

 相変わらず受付のお姉さんは「坊や、今日は帰るの?」とか聞いてきたけど僕は坊やじゃないので無視した。

 僕は冒険者なのだ。僕らは公文書館へ向かった。


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