108 再び青海溝(5)
シーゴーレムとの戦いはさすがにペパロニパーティーには任せられなかった。
攻撃力も不足していたし、防衛担当が攻撃を防ぎきることもできなかったからだ。それに岩石の爆発は、エリーゼのように爆発の方向を決めて斬るか、リンゴくらいの機動力がないともろに食らうので接近戦は不利となる。
一方で、ミートンとソイの連携はうまくいった。
ミートンたちが足止め系の罠をばらまいて、ソイたちが魔法で仕留める。爆発を気にする必要もない。
あるいは魔法の代わりに、レノさんの巨大クロスボウで仕留めるというのもあった。胴体の真ん中にある岩石を破壊すると、シーゴーレムは動きが極端に鈍くなるので、一撃でこれを破壊できればシーゴーレムは戦闘不能となるのでこれがいちばん楽ではある。ただ矢は外すとダメージが低いという欠点もあった。
結局のところシーゴーレムに関しては「出し惜しみしないで全力で叩きつぶす」という方針で決まった。
大量に出てくるわけでもないからね。
とはいえ、それでもプライアたちと探索していたときより、ずっと時間がかかっている。僕らは休憩の時間を削ることでロスと相殺して進んでいった。
「ストップ」
今日中に最奥まで着ける。その距離までやってきた。
いいニュースと悪いニュースがひとつずつ。
いいニュースは、ここに来るまで誰ひとり欠けていないこと。骨が折れるくらいのダメージを負った人はいたけれど治癒魔法の回復が間に合った。
悪いニュースは……ここに来るまで、プライアパーティーの誰にも会えなかったこと。「63番ルート」に転移したメンバーはいなかったんだ。セルメンディーナの表情は日に日に暗くなっていく。
「この先って確か……」
「そう、王海竜がいたところ」
僕とエリーゼの会話に、他のメンバーに緊張が走る。
王海竜と遭遇したら逃げる、というのが元々の取り決め。とはいえ向こうがこっちを認識した時点で逃げることが難しくなるのはわかりきっていた。
「この先、200メートルくらい進んだところが以前王海竜と僕らが遭遇した大きな空洞です。僕が偵察してくるのでここで待っていてください」
「ノロットさん、ひとりで行くのか? 素早さだったらうちのピョンタも役に立つと思うけど」
「いえ、ひとりでは行きません。ちょっと考えがあるので……」
素早さだけで考えれば僕より早い人も多い。ミートンが言ったピョンタもそうだろう。でも、相手は王海竜だ。多少素早いくらいだと意味がない。
「セルメンディーナさん。この先の大空洞に王海竜がいた場合……僕らはここで退却します」
「!」
「それでよろしいですね?」
セルメンディーナは僕のパーティー以外のメンバーを見る。
ミートンパーティーは僕の言葉にうなずく。
ソイは僕寄りの考え方だけど、メンバーは行きたそうな顔をしている。
ペパロニは、
「俺たちはなんとかして最奥まで行く。安心してください、セルメンディーナ様」
「……はい、ありがとう」
お前じゃ力不足だ、という思いを顔に浮かべながらもセルメンディーナはそう言った。
とはいえペパロニパーティー内でも意見は割れているようで、防衛役の男は苦い顔をしていた。まあ……王海竜をやり過ごすにしても狙われるのは彼だしね……。
「それじゃあ、行きます。ついてきて欲しいのは、ラクサさん」
「……俺か?」
「気が進みませんか?」
「索敵はローグの仕事だ。否やはない」
「ありがとうございます」
ラクサさんを選んだのは、ニオイで敵を感じられる僕とは違う視点での意見が欲しいことだ。それならピョンタでも良さそうだけど、ラクサさんとはすでに「黄金の煉獄門」をいっしょに踏破している。どういうクセがあってどういうところが得意なのか、ある程度理解し合えているのが大きい。
ここまで来ると必要なのは、やっぱり信頼なんだよね。
「あと、リンゴ。来てくれるね?」
「当然です」
「この3人で行きます」
リンゴは背負った大量の荷物をどさりと置いて、胸を張ってエリーゼを見る。
エリーゼが恨みがましい視線を僕に送ってくる。いやいや、ここはそういう張り合いをするところじゃないから。
「ごめんリンゴ、その荷物は持ってきてくれない?」
「……構いませんが」
偵察なのになぜ? という顔をリンゴがした。
僕らは待機するメンバーを置いて出発した。
3人どころか10人くらい並んで歩いても余裕という通路ではあるけど、王海竜は通れないだろう。
いざとなればこの通路に逃げ込むことで王海竜からは逃げられる。
「リーダー……王海竜がいた場合、あれだけの人数がいても勝てないのか? 俺から見ても、かなり粒ぞろいの冒険者たちだと思うが」
「無理です」
「そんなにか……」
「何人死んでもいい、というのなら追い返すことはできるかもしれませんが……」
それじゃあ本末転倒だ。
今回のは、「救出作戦」であって「無理してでも踏破する」わけじゃない。
念のため竜鱗にダメージの通る装備を用意してもらったけど、プライアパーティーほどの戦闘力が得られないなら無謀に挑むことはないと思う。
あのプライアパーティーですら、ひとり亡くなったんだ……。
「あの先です」
心臓がどくんどくんと早まる。
王海竜との戦いがずいぶん前のことのように感じられるけど、実際には1カ月くらいだ。
硬い鱗。とてつもない水圧の海水噴射。そして酷寒魔法。
ロンという盾や、プライアという防御魔法がなければ追い返すことは夢のまた夢だった。
「…………」
僕らは物陰からそっと……大空洞をのぞき込んだ。
暗い。広い。空気の流れるオオオという音が常に聞こえている。潮の香り……そこに混じる、竜の香り。
「いない……ように見える」
「リンゴはどう?」
「生きている存在はないように感じます」
「ラクサさん、向こうの壁まで見えますか?」
「……見えない。天井も見えない」
「リンゴは?」
「見えています」
「なっ!?」
ラクサさんが驚く。僕は一方で、リンゴなら見えるのではという気がしていた。
人間の身体能力をはるかに凌駕しているオートマトン。それなら、視力や夜目だって人間を超えている可能性がある。
「すごいんだな、リンゴさんは……」
「ご主人様に仕えておりますから」
「今、そういう冗談言わなくていい。リンゴ、反対側の通路まで直線距離でどれくらいだ?」
「……150メートル強でしょう」
冗談じゃないのに、という顔をしているリンゴ。
「ラクサさん、荷物を持って走るとしたら何秒ですかね」
「ん……1分は見たほうがいいな」
「気配を消して行動できますか?」
「ローグたちだけなら」
「ローグたちに荷物を運んでもらって、それから残りのメンバーが走るなら?」
「30……いや、40秒は見たほうがいい」
「わかりました。僕と同じ見立てです」
「リーダーは王海竜が出てくると予想してるんだな?」
「予想じゃありません。ほぼ確実だと思います」
「なっ!?」
「!」
ラクサさんとリンゴが驚いた顔を見せる。
「しかしご主人様。王海竜は撃退したではありませんか。そしてわたくしたちの帰り道で遭遇することもなかった」
「リンゴ、気づかない? 前回と違う点に」
「……?」
リンゴは大空洞を見回してから、
「あっ……ジェドと名乗っていた男の遺体がありません」
そのとおりだ。
王海竜との戦いで死んでしまったジェドの死体は、壁際に置かれていたはずだ。
だけど、彼の肉体はどこにもない。ただ、大盾だけが転がっていた。
「リーダー、アンデッドになったのでは?」
「……弔いの詠唱を捧げましたから。王海竜を撃退した後に」
「そうか……」
僕らはそれをする余裕があった。アンデッドにはなっていないはずだ。
「黄金の煉獄門」ではラクサさんたちはその余裕がなく、彼らの仲間はアンデッドモンスターになってしまった。
「もちろんここに死体漁りの盗賊が来たことは考えられない。冒険者ですら相当難しいんだし、金になりそうな大盾も残ってる」
「リーダー。モンスターが……王海竜が食ったと考えているんだな?」
僕はうなずいた。
「血のニオイが、海水のほうからもしているんです。間違いないでしょう」
「……そうか」
「それならばここで撤退ですか」
リンゴはそうたずねながらもどこかほっとしたような様子だ。
それは、僕が無茶をしないから安心したということだろう。……心配かけてすみません。ええ。
もうちょっと心配をかけることになるよ。
「ううん。行くよ」
「えっ?」
「で、でもなリーダー。さっき自分で言っただろう。40秒かかって移動するところを王海竜に襲われる可能性を」
「ええ……だから、あんまりやりたくなったんだけど、40秒はまず確実に稼げる方法を取ろうかなと。この方法を王海竜に気づかれ、失敗したら撤退します」
僕はリンゴに向き直る。
「リンゴ、一度荷物を下ろそうか」




