104 再び青海溝(1)
セルメンディーナと僕は、「青海溝」に散らばっている可能性があるプライアパーティーメンバーを探してもらうべく、タレイドさん宛てで手紙をしたためた。正式に冒険者協会に「依頼」という形式を取ったんだ。判明しているすべてのルートの踏破を、冒険者へ依頼する。その過程で転移したメンバーがいたら保護する。報酬はすべてセルメンディーナが支払うと言った。
時間的には……ギリギリだけどね。飲み水を持っていれば生存率はかなり高いと思うんだけど。
それと、海上の探索だ。漁船に依頼して、いつもより広範囲に移動してもらう。それにかかる費用も負担するとセルメンディーナは言った。
「とりあえず……今、できることはこのくらいですか。ありがとうございます、ノロットさん。ストームゲートから来ているあの方は、ノロットさんと親しいのでしょう?」
「タレイドさんはすぐに動いてくれると思います。僕はあの人にいくつか貸しがありますからね」
タラクトさんの石化を治癒したり、タラクトさんたちを遺跡に連れていったり、「黄金の煉獄門」を踏破したりね。
全部タラクトさんがらみな気がするし、いろいろ貸しは返してもらったりしてはいたけども。
「でも、“ここ”だけは僕らが行かなければいけません」
そう、「63番ルート」だ。この遺跡を踏破できるパーティーは他にないだろう。
そしてその先にある「女神ヴィリエの海底神殿」の3つの扉までは行っておきたい。そこに転移させられているメンバーもいるかもしれないから。
さて……僕の手元には「63番ルート」の地図の複製がある。
これは以前潜ったときに作製したのをたまたま取っておいただけ。
で、プライアのことはもちろんそうなんだけど、僕にはもうひとつ気になることがある――ゲオルグだ。
僕は念のため、昨晩、ゲオルグが泊まっていたホテルへと向かった。セバスチャンに会うために。結論から言うと、セバスチャンはいた。
――ゲオルグ様はまだ戻っておられません。
そう、丁寧に言うだけだった。その目は、ゲオルグが必ず戻ることを信じて疑わない目だった。
確かにあのマジックアイテム……雪豹の幻影はぶっ壊れ性能だもんな。発動させるとその者の姿、気配を遮断し、ニオイをなくす。足音にさえ気をつければ誰にも気づかれないという優れもの。
ただ、それが通用するのは「63番ルート」まで。「女神ヴィリエの海底神殿」で通用したのかどうかは気になるところだ。
あとプライアたちは「豊穣の女神に殉ずる」ルートを選んだわけだけど、ゲオルグは残り2つのうちどちらを選んだのか、あるいは選んでいないのかもわからない。プライアたちより先に選んだということはないと思う。いかに姿が見えなくても、もしもゲオルグが先行してれば扉に起きた変化でセルメンディーナも気がついたはずだから。
まあ、今ある情報から推測しているに過ぎないんだけどね。
「ノロット? みんな進んでるよ?」
「あ、うん。今行くよエリーゼ」
僕はエリーゼと並んで歩き出す。ここは「29番ルート」だ。途中で分岐があって「63番ルート」へとつながる。
後ろにはリンゴが、大きな荷物を背負っている。
「なに考えてたのよ。難しい顔して」
「あ、えーと……いろいろと、かな?」
「あー。確かにね。この海底炭鉱のこととかね」
「? エリーゼは海底炭鉱のどこに注目してるの?」
「そもそも『海底神殿』はどこにあったのか……どこが入口だったのか」
鋭いところを突いている、と僕は思った。
「そうなんだよね、グレイトフォールが再発見されたのは300年前。海底炭鉱として活動していたのは1000年以上前……ここに残っている失われし技術。なんか変なんだよな」
「変、とはなんでしょうか。ご主人様」
リンゴが口を挟んでくる。会話に加わりたくて仕方なかったような顔だ。
「前にセルメンディーナさんにも聞いたんだけど、1000年以上前、ここで働いていた炭鉱夫たちはどこに消えたんだろう? これほどの立派な設備……というか機械を残して」
「以前の説明は、確か炭鉱が尽きたからいなくなった、ということで、どこに消えたかは資料にないということでしたね」
「うん。利益がないから去ったというのはわかるんだけど、だったら機械は残していかないよね? 売り払ったっていいんだし。それにこれほど大きな炭鉱を、記録から抹消することなんてできるのかな」
「記録から抹消されたのですか?」
「300年前に再発見されるまで誰も知らなかったんだ。700年間、誰からも注目を集めなかった。それは『抹消』と言って差し支えないと思う」
「……ご主人様、推測ですが申し上げてもよろしいですか」
「もちろん。僕だって推測に推測を重ねているだけだから」
「なんらかの事故で、炭鉱を『放棄』せざるを得なくなったのでは」
「ん? もうちょっと詳しく」
「たとえばモンスターです。モンスターが出現し、炭鉱を急に閉じなければならなかった」
「いい線行ってるかもしれない。でも、違うかな」
「違いますか?」
「ふふん、違うわよ、オートマトン」
得意げな顔でエリーゼが言うので、リンゴの表情が険しくなる。
あのね、お願いだからここでケンカとか止めてね?
「それだとノロットの言っていた『記録抹消』の説明がつかないわ。むしろ、モンスターを討伐する方向で行動したはず。より『記録が残る』方向へ」
「しかし、もともと閉山するはずだった炭鉱ならば問題ないのでは?」
「そんな閉山間際を見計らったタイミングでモンスターが出てくるかな~?」
「チッ」
「舌打ちしちゃって。ぷぷっ」
「そういうあなたの推測はどうなのですか?」
「えっ!? あたし? あ、あたしは――ほら、剣を振るのが仕事だから。考えるのはノロットに任せる」
「ふっ。なるほど。脳が軽いぶん動きも機敏になるというわけですね。あなたにぴったり」
「は? 自分の推測が外れたからってあたしに当たらないでくれる?」
「推測を立てられない人になにを言われても悔しくありませんわ」
「お? やんのか?」
「お望みとあれば?」
「ストォォォップ! 待って、待って! 止めなさい、ほら、みんな見てる!」
ケンカを始めそうなリンゴとエリーゼを、好奇の視線で見つめるペパロニたち。
「まったくもう……僕に恥かかせないでよ」
「ごめん……」
「申し訳ありません」
僕に恥かかせないで、なんて言い方したくないんだけど、これがいちばん効くんだよね、このふたりには。
「で、リーダー。リーダーはどう考えてるんだ? この海底炭鉱の真相」
タラクトさんが言う。僕らの会話を後ろで聞いていたらしい。
「……突拍子もない考えなんですけど」
「おお、いいね。突拍子もない推測。俺は好きだよ」
タラクトさんだけじゃない。みんなが歩きながら聞き耳を立てている。
僕は小さくため息をつきつつ、言った。
「女神が、創らせたんじゃないかと思います。この巨大な海底迷路を……」
え? という顔の冒険者たち。
僕は言葉を補った。
考えれば考えるほど、不自然なんだ。
炭鉱図というおおざっぱな地図が掲示されている。
難易度別に「ルート」がある。
どこにどんな設計図があるか、とかご丁寧にルートの最奥には次のルートにつながる情報がある。
親切すぎる。
わざとらしく残っている機械は「海底炭鉱」としてのディテールを表現しているだけで、意味はない。さっきも説明したとおり、お金になる機械なら持ち去るはずだからだ。
女神が創らせたと思えば、いろいろと納得できる。
目的は神の試練に至る冒険者を「養成」すること。
ルートを踏破していくことで冒険者として強くなる。
そして最後の「63番ルート」を踏破できるほどの冒険者なら神の試練に挑んでもいいだろう、と。
「なるほど……」
タラクトさん含め、みんな僕の説明を聞いて唸ってしまった。いやいや、僕はダイヤモンドグレードとかなってるけど、実態は駈け出しの冒険者ですから。そんなにね? 真剣にね? 受け止めないでくださいよ?
僕の推測で、自分でも変だなって思うところはあるんだ。まるで女神に明確な「意志」があるみたいな感じがするから……そもそも神の試練ってなんなんだろうとか、僕はまったく答えを持っていない。
今もバッグに入れている「いち冒険家としての生き様」の本にも、軽く神の試練について触れられているだけだ。そう言えば正確にはなんて書いてあったっけ……あとで読み直してみよう。
「おっ、分岐だ!」
先頭を行くペパロニは「30番ルート」と「63番ルート」との分岐を発見する。
さて、頭を使う時間はここまで、ってところか。
「それじゃあ、一度フォーメーションを決めましょうか」
僕はソイ、ペパロニ、ミートンを集めて作戦会議をした。




