102 セルメンディーナの話 前篇
もろもろの後始末は全部タレイドさんにやってもらうとして――丸投げして――僕らは海中列車に乗り込んだ。車両ごとの定員が20名なんだけど……僕らの車両は大変なことになっていた。
進行方向右側が通路になっていて、左側は2席×2席が向かい合わせになっているボックスシート。これが5個並んでいる感じ。
その中央のボックスシートに、僕と、リンゴと、エリーゼと、セルメンディーナ。僕の背後のボックスにタラクトさんたち。反対側のボックスシートにミートン、ソイ、ペパロニ。
で、通路は彼らのパーティーメンバーで埋め尽くされていた。総勢29人が乗っていることになる。
「空気薄い! 暑苦しいわよ!」
まずエリーゼが悲鳴を上げた。
「まあまあエリーゼ嬢。みんな、『神の試練』なんて聞いたらいてもたってもいられませんから」
とりなすタラクトさんは僕の頭の上から話しかけてくる。
「つーかお前らなんなんだよ? いきなり入ってきて、ノロットのパーティーに入るとかよ? 俺になんの許可もなくよ?」
「別にぼくはノロットさんが認めた人なら入っていいと思うけど」
「というよりペパロニさんは自分だけしか考えてませんのよね」
反対側のボックスシートでペパロニたちが声を上げる。
「いんや、許可は必要だな。なんせ俺はルビーグレードの冒険者だからな!」
チラッ、とルビーグレードの冒険者認定証をちらつかせるペパロニ。それを見て「おおー」と拍手するペパロニパーティー。
「おっ、奇遇じゃねえか。タラクトとラクサもルビーになったもんな! 俺とレノはまだまだアイアンだけどよ!」
「そういやそうだったな。同じルビー同士仲良くしよう」
ゼルズさんの言葉に、にっこりと笑ったタラクトさんが冒険者認定証を取り出す。そこにはルビーが埋め込まれていた。
「はあ!? ふたりもルビーグレードだと!? そんなのあるわけがねえだろ!」
「……ぼくらのところもふたりいるけどね」
「黙ってろミートン。どうやってそんなことができんだよ!!」
「いや、リーダー……ノロットといっしょに『黄金の煉獄門』に潜っただけだよ。ゼルズとレノは途中リタイアだったけど、俺とラクサは最奥までいっしょに進んだ」
「なっ……伝説級遺跡を……踏破…………」
青い顔をしてペパロニは座り込んだ。
そんなに自信をなくすことはないと思うんだけど……純粋な戦闘力で言ったらペパロニのパーティーも高そうだし。
「で、茶番は終わった?」
エリーゼが切り捨てるように言うと、しーんと車両内は静まり返った。怖い。エリーゼ怖い。
「……セルメンディーナさん」
僕が言うと、セルメンディーナさんがこちらに視線を向けた。
やつれている。今にも心がぽっきりと折れそうな……わずかな希望にすがっているだけなんだ。
「僕はセルメンディーナさんを連れて行くつもりです。セルメンディーナさんも戦うつもりかもしれませんが、おそらく今のあなたは戦力にならないのでよほどのことがない限り観戦していてください」
セルメンディーナを「戦力外」とした僕の言葉に、グレイトフォールの冒険者たちがいきり立つ。あからさまな殺気をこちらに向けてくる者もいる。
だけどセルメンディーナ本人は淡々としていた。
「ええ……ノロットさんに預けた命です、好きに使っていただいて構いません。ただ、プライア様を助けるためだと判断したときには、私は全力で戦います」
「はい。それでいいです。あと『63番ルート』の最奥で見つけたあの扉……その先に進んでからのことを教えてもらえますか? 話しにくいこともあるかと思いますが、とにかく情報が必要です。細かいところもなにもかもすべて、教えてください」
「わかりました」
「……やはりあれは『女神ヴィリエの海底神殿』だった、ということですね?」
「はい」
ごくり、と冒険者たちがつばを呑む。
伝説級のさらに上、神の試練と呼ばれる遺跡。
それがどんなものなのか――。
セルメンディーナが語り始めた。
■ ■ ■
扉を通った先にあったのは美しい神殿でした。どこからか光が射しているようにも感じられましたが、光源はどこにも見当たりません。
立ち並ぶ石柱には傷ひとつなく、精密に並べられた石畳に欠けた箇所もありません。
ただ、入ってすぐに私たちはひとりの冒険者を発見しました。
「おい、これ……死んでるぞ」
パーティーの主力である大剣使いのツムが最初に確認しました。石柱に寄りかかるように座っていたのはすでにミイラ化した冒険者でした。
プライア様が調べるようにと言われたので確認したところ、身元を示すようなものはなにもありません。ですが、私たちよりも先に冒険者がこの海底神殿にいたのは驚きです。ゲオルグよりも先に「63番ルート」を攻略したということですから。
しかも、ここの遺跡へつながる扉は最低でも3人いなければなりません。ダイヤモンドグレードでなければならない、のかどうかはわかりませんが……。
ともかく、この冒険者より最低2人は先行しているに違いありません。
ミイラ化していた冒険者は、なぜミイラ化しているのかもわかりませんでしたが装備品を見るに100年以上は前の冒険者のようでした。
300年前に再発見された「青海溝。100年も前だと、海底炭鉱のマップさえ未完成。そんな時代にここに来ていた冒険者がいたことは驚きでした。
そう、冒険者は当然、あとふたり以上いるはずです。ですが私たちは発見できませんでした。
ゲオルグはさっさとマジックアイテム雪豹の幻影を発動させていたためにどこに行ったのかはわかりません。私たちはプライア様を中心に行動しました。
周囲はここが海底だと忘れてしまうほどに広い空間。私たちはやがて、巨大な3枚の扉の前に至りました。
大きな扉です……薄い金色の光沢を放っていましたが錆はありません。
それぞれの扉の前には立て札があり、ヴィリエ古語でこう書かれていました。
「豊穣の女神に殉ずる」
「女神の知識に挑む」
「女神に覚悟を示す」
どの扉に進んでもいいようでしたが……私は何者かに見られているような視線を感じました。パーティーで「隊長」とも呼ばれているロンは「ゲオルグが見ているんだろう」なんて言いましたが、そんなものではない……もっと高いところからこちらを観察しているようなイヤな感じでした。
30分ほど議論しました。全員で行く必要はなく、パーティーを3つに分けてもいい。あるいは全員で同じ扉を開いてもいい。そもそもこの分岐点はなんなのか。ここに戻ってくることは可能なのか。
……あまりにも手がかりがなさ過ぎました。
私たちは、最終的にプライア様に決断を委ねました。
プライア様は、1つの扉を選びました。




