99 罠師ミートンの場合
グレイトフォールの通貨単位ゴルドに修正しました。
これは面白いことになりそうだな……そう、思った。
ぼくらは罠師ばかりを集めた特殊なパーティー。戦闘が得意かと言えば得意な敵もいれば不得意な敵もいるという感じだから、基本的には他の戦闘パーティーと組んで遺跡に潜ることが多い。
だけど、パーティー間の連携なんて一朝一夕でなんとかなるものじゃない。
たとえば過去に、脳みそまで筋肉のペパロニなんかと組んだときには散々な目に遭った。
ぼくらが仕掛けた罠にまずかかるのがペパロニだった。何度言ってもかかる。3歩歩くと教えたことを忘れるんじゃないかと思うが、実際は2歩目でかかっていたから単にぼくの言ったことを聞いていなかっただけかもしれない。
ま、それはともかくだ。
ぼくらは最高でマスター級の遺跡踏破を1回、高級を5回、あとは中級という感じだったから、伝説級の遺跡なんて夢のまた夢だった。
それが……ダイヤモンドグレード、エメラルドグレードの冒険者とともに伝説級に挑めるとは。
世の中、なにがあるかわからない。
まだある。
王海竜の鱗だ。
あのノロットという冒険者は、ぽん、とテーブルに置いて去った。
この鱗1枚で大金が動くというのに、それを3枚も。
半信半疑ではあったよ。彼の行動、言動すべてに。ダイヤモンドグレードから降格してもいい——だなんて「強がり」だと思っていたしな。
だけど……彼は本気かもしれない。
王海竜の鱗を置いていったことからもうかがえる。
執着していないんだ。富にも名誉にも。
面白いことになりそうだ。そう、思うよ。
ぼくらは明日の準備をそれぞれ行うために——みんな罠の作り方はばらばらだから、必然的に準備はばらばらなんだ——グレイトフォールの町に散った。
ぼくは街中で、彼を見つけた。
「やあ」
声をかけると、ノロットの横にいるメイドがにらんできた。
くく。このメイド、脳筋ペパロニに飛びかかってたっけ。あのときのペパロニの顔を思い出すと口元がにやける。
「あ、えーと……」
「ミートンです。ノロットさん」
「そうでしたか。ミートンさん、明日からよろしくお願いします」
差し出された手をぼくも握り返す。
少年のような見た目とは裏腹に、がっしりした手だと思った。なるほど、修羅場はくぐってきたようだ。
「ノロットさんはなんの準備を?」
「食料が中心ですね。道具はほとんど問題ないので……消耗品を少々補給して。ミートンさんは?」
「ぼくは罠の道具をすこしね」
「罠!?」
「ええ、罠師なんですよ。グレイトフォールじゃちょっとは名の知れた罠師パーティーではあるんですが、ノロットさんはご存じないでしょうね」
「あ、そのー……すみません」
「いえ。ぼくだってノロットさんがどのように戦うのか知らないので、おあいこです」
ふうん、やっぱり他の冒険者に興味がないんだな。
グレードに執着がないのもうなずける。
「あ、そうだ……今回参加する人の中で、魔力量が多い方はいらっしゃいますかね?」
ソイのことも知らない、と。
あいつはグレイトフォール以外でもそこそこ名前が知られているはずだけど……。
「年増の女がいたでしょう? あのパーティーが魔法使いパーティーですよ」
「そうですか! ありがとうございます」
ん……? 魔力量が多い、と言ったか? 魔法が強い、ではなくて?
ノロットはそれで満足したのか話を変えてくる。
「ミートンさん、差し支えなければ教えていただきたいんですが……プライアさんってこの町ですごく愛されてますよね? どうして救出パーティーは人数が集まらないんでしょうか」
「制限が宝石グレードですから。そんなに多くはいませんよ。研究成果でルビーになった連中もいますし、純粋に戦闘能力の高低で見るとなかなか」
「なるほど……」
「あとは……まあ、会長の人望がないこともありますね」
「会長? グレイトフォールの冒険者協会の?」
「ええ。あのブタは冒険者の成果をピンハネしていると有名でしてね、私腹を肥やしているわけです」
「そんな! 告発されないんですか」
「冒険者は協会が認めてくれないと踏破も宣言できません。協会職員のほとんどは会長派です。貴族も会長をバックアップしていますし……まあ、搾取されているのは冒険者だけなので、無理でしょうねえ」
これは事実だった。
だけどそれでも、「青海溝」遺跡の実入りが大きいので冒険者はグレイトフォールを拠点とすることを止められない。
ムカつきはする。
でも、権力者ってのはそういうものだというあきらめもある。
「今回の救出作戦だってそうですよ。ノロットさんが言ったように、本来なら装備を調え次第すぐにプライアを救出するべく出発すべきでした。でも日程をぐずぐずと延ばした」
「僕を待っていたんですか」
「それもあるかもしれませんが、必要な情報はセルメンディーナから聞けばいいわけでしょう? ノロットさんが必ずしもキーであったわけではない」
「じゃあ、どうして……」
「ま、これはウワサですけど——」
ぼくはノロットに伝える。会長はセルメンディーナを囲いたいのだと。
そのためにはプライアが死んでいるほうが望ましいわけだ。
セルメンディーナの生きる目的はプライアだというのはみんな知っているから。
「…………」
ノロットが絶句する。
メイドと大剣女がノロットにささやく。
「ご主人様、これはやはり——」
「あのブタ野郎、気持ち悪いと思ってたんだよね」
「……うん、シンディに行ってもらって正解だったかも」
その中に、聞き捨てならない言葉があった。
「ノロットさん。シンディ、とはグレイトフォールタイムズのシンディ記者のことですか」
「え!? ええ……シンディって有名なんですか?」
「それはもう。グレイトフォールきっての冒険者取材に優れた記者ですから。亜人の間でも人気が高くて、ウチのパーティーにいる猫人族のボブも彼女のファンですよ」
「へ、あ、そ、そうですか……」
「どうして気まずそうな顔を……?」
「いえ、いいえ、なんでもないです!」
「しかしシンディ記者はグレイトフォールを離れていたはずですが」
「えーっと……なんか密着取材って言ってたかな。しばらく僕らといっしょだったんですよ」
「…………」
「……これ、なんかよくない流れですよね?」
「ええ、まあ、口外しないほうがいいんじゃないですか。ぼくもボブには言わないでおきましょう」
女の好き嫌いにまつわるトラブルなんて面倒でしかないからな。
「あのミートンさん。それはそうと、魔法使いであるソイさんがどこにいるかわかりますか?」
ノロットがソイを気にしている。
なにか、あるな?
「あら! ノロットさん、わざわざ来てくださったの? お呼びいただければこちらから参りましたのに」
グレイトフォールでも指折りのホテル。そのスイートに泊まっているのがソイ率いるパーティーだ。
まあ、宿泊料も高いには高いが、メンバー全員で広い1室に泊まるとなればそこそこ妥当な金額に落ち着く。
ウチはそんなことしないけどな。寝るだけのために高い金は出さない。だったら、より性能の高い罠を作るために金を使う。
「……なんでミートンがいるのよ」
ソイが露骨にイヤそうな顔をする。おいおい、ノロット相手になにしようと思ってたんだ? 年を考えろよ、年を。倍近く違うだろ。
「ノロットさんを案内したんだ」
「そう? ならばお役御免よね。お疲れ様。帰っていいわ」
「ノロットさん、さっさと中に入りましょう。廊下で話すこともない」
「ちょっ、ミートン! なに勝手に——」
ぼくはソイを無視してノロットさんを盾に、スイートルームへと滑り込む。
ぼくの後ろからメイドと大剣女もついてくるから、ソイはドアを閉めるタイミングを失っていた。
「あれー? ダイヤモンドの人じゃん」
「げ、ミートンまでいるんだけど。ペパロニは? いないの? ミートンとセットなのに?」
「リーダー、お腹空いたよー」
相変わらずソイのパーティーは騒がしい。7名全員が魔法使いで全員が女というかなり変わったパーティーだ。
なんか聞き捨てならない言葉も混じっていた気がするが、相手にするときりがない。ぼくはスルーを決め込んだ。気になるのは、ノロットがソイとなにを話すのかということだけだ。
「あの、突然の訪問ですみません」
恐縮しきり、という感じでソファに腰を下ろしたノロット。顔色が青いが、どうしたんだろうか。
「いいのよ〜。ノロットさん、いつでもわたしのところにいらして?」
「ありがとうございます。早速ですが2点、うかがいたいこととお願いしたいことがありまして」
「どうぞどうぞ」
ノロット、気をつけろよ。変に借りを作ると骨までしゃぶられるぞ。
「1つ目は水のことなんですが……飲料水については水系の魔法でお願いすることはできますか?」
ああ、水な。確かに、水源をソイのパーティーが請け負ってくれるならありがたいな。
あんな重たい水瓶を持って歩くなんてばかばかしいし、大体4週間ぶんともなったら持ち運びは不可能だ。
「ええ、構わないわ。ひとりあたり1万ゴルドでどう?」
ぶほっ。
噴きかけたじゃないか。
1万ゴルドは法外だぞ。いいとこ2000ゴルドだ。
「わかりました。構いません」
いいのかよ! 金持ってんな、ノロット。
ソイがにんまりしてるぞ。金づるだと思われてるぞ。
「ミートンのところはどうする?」
「ウチには水系使えるヤツがいる」
「あら、残念ねえ」
いなくたってお前には頼まねえよ。
「それで、ノロットさん。もうひとつの聞きたいことと頼みたいことって?」
「あのー、魔法武器に魔力を込めていただきたいんです。できますか? これなんですが」
「……小さいわね」
ノロットが出したのをぼくも見ようとして背伸びする。
石……か? 古代ルシア語が刻まれてるな。
「僕はパチンコを使ってこれを射出して戦います。火氷土雷の4種類を持っていて、それぞれ30発ずつあります」
「ふうん……? いいけど、魔力だってタダじゃないわよ?」
「はい、お礼はいくら支払えばいいでしょうか」
「そうねえ、1発あたり2000ゴルドでどう?」
バカな、法外だ!
一発射出するごとに2000ゴルドが飛ぶんだぞ? かなり過酷な肉体労働での日給みたいなもんだぞ? それを120発だと、24万ゴルドにもなる。
「おい、ソイ。さすがにそれはぼったくりだろう」
「あら? わたしはノロットさんと取引をしているの。魔力のないあなたには関係ないでしょう?」
「それはそうだが——ノロット、それなら魔術師ギルドに行ったほうがいい。そこなら高くてもせいぜい200ゴルドだ」
「あー、あの、ミートンさん、ありがとうございます。でも……ソイさん、ソイさんなら間違いなく魔力を込められますよね?」
ノロットの質問に、ソイの顔が若干強ばる。
「……わたしを誰だと思ってるの? エメラルドグレード冒険者のソイよ? わたしに込められないものを市井の魔法使いができるわけがないじゃない」
「わかりました。ではソイさんにお願いしたいと思います。水の料金とあわせて、27万ゴルドですよね——リンゴ」
「はい、こちらに」
リンゴと呼ばれたメイドが、革の袋を取り出す。
中には金貨が詰まっているようだ。金貨1つで1万ゴルドだ。
合計27枚の金貨が、どちゃりという音を立てて小さなテーブルに置かれる。
マジかよ……さらっと金が出てくるのもすごいが、食い物にされていると、こいつは気づいているんだろうか?
「どれどれ、それじゃあ魔力を込めてみましょうかね」
「リーダーリーダー! あたしたちにもやらせてよ、そしたら1つ2000ゴルドくれるんでしょ!?」
口元がにやけっぱなしのソイがノロットの出した石を手に取る。
「まずはひとつめ——」
きゅっ、と握りしめたソイの目が……一瞬、焦点が合わなくなる。
「うぇっ!?」
「な、なにこれ!」
他の魔法使いも騒ぎ出す。なんだなんだ? なにがあった?
「……ノロットさん、この魔法は……なんの魔法ですか!?」
「4属性の魔法ですけど……」
「詳しく教えて。どんな魔法なの? ごっそり魔力を持ってかれた」
「ええと——爆炎、酷寒、雷撃、地殻の4種類ですね」
「…………」
ソイが額に手を当ててソファにひっくり返る。
「……上級魔法じゃないの。というかあり得ないわ、こんなの……」
「な、なにがだ? なにがあり得ないんだ」
ぼくは魔法にそこまで詳しくない。トラップにありがちな魔法についてならわかるけど。
「おかしいのよ! まず、上級魔法をこんな小さな弾丸に刻めるなんて聞いたことがない。もうひとつは上級魔法なのに、わたしの込めた魔力はそこまで多くない——とはいえごっそり持ってかれたけどね! どこでこんな魔法式を手に入れたの!?」
ソイが顔色を変えるほどなのか?
ノロットの視線が泳いでいる。こいつ……それほどの価値があるものだとわかってなかったのか?
「えっと、知り合いの魔剣……魔法使いが教えてくれて」
「その魔法使いの名前は!? 賢者ルクレイス!? 大魔法使いルノー=ファルア!?」
食いついてくるソイの前に、メイドが立ちはだかる。
「申し訳ありませんが、その魔法使い様は名前が知られることを極端にお嫌いですので、ここでは申し上げられません」
「メイドは黙ってて! あなたに聞いてるんじゃなくて、わたしは——」
メイドをにらんだソイの目が、これでもかというくらい開かれた。
「う、そ……あなたって、自動人形なの……!?」
大騒ぎだった。
魔法使いどもは弾丸に刻まれた魔法式を解読しようとしては失敗し、オートマトンを見れば「こんなに精巧なオートマトン、見たことがない」と騒ぐ。
ぼくはと言えば——違和感に包まれていた。
おかしいだろ。ノロットが冒険者として遺跡を攻略するにあたって、高度な魔法式の刻まれた魔法弾丸を利用していることは理解できた。だけど、本人はそれに無自覚なんだぞ? オートマトンについてもそうだ。平然と連れているくせに、ノロットが作ったわけじゃないだろう。ではどこで手に入れた? こんなに精巧ならあちこちで話題になっていてもおかしくない。
違和感。
なにをどう説明されても、ぼくは納得できないような気さえしていた。
ともかくもソイは、ノロットから預かった魔法弾丸に魔力を込めることを約束した。一晩かかるだろうと言っていた。ノロットが「魔力補給用に魔法宝石とか使います? ありますけど……」とか聞いたからまたソイが目を剥いたのはおもしろかったけどな。
ソイは2000ゴルドじゃ割に合わないとかぶつぶつ文句を言ったが、弾丸の魔法式を複写させてもらうことで納得したらしい。
「それじゃ、とりあえず明日からよろしくな」
ホテルを出たところでぼくは言った。ノロットにはおかしなところしかないが、それなりに長い救出作戦になる。その途中でいろいろ聞き出せばいいと思っていた。
「はい。あの、ミートンさん……もしよければ途中途中で罠のこと、いろいろ教えてくれませんか? プロフェッショナルな罠師さんに、初めて知り合ったので」
とんでもない金持ちで、とんでもない技術のマジックアイテムを持ち、とんでもないオートマトンを連れている“少年”のノロットが、目をきらきらさせて聞いてきた。
あのさ、お前ほんとになんなの?
とりあえずオーケーしたけどさ……。




