ホエールシップ、到着
遺跡、なんて言葉を聞いて、そこに「ロマン」や「アドベンチャー」を思い浮かべる人は結構なレアだ。
逆に考えると「才能がある」と言ってもいいと思う。
世界の頂点にある遺跡と言えば当然、あの7つの遺跡だよね。
「勇者オライエの石碑」
「聖者フォルリアードの祭壇」
「女神ヴィリエの海底神殿」
「魔神ルシアの研究室」
「救世主の試練」
「光神ロノアの極限回廊」
「邪神アノロの隘路」
前人未踏の遺跡。
今まで誰も、遺跡の最奥を見たことがない――真実を発見していないってこと。
誰が言い出したのかは知らないけど「真実を発見した者」は神に近づくらしい。
呼ばれし名は、「神の試練」。
「神の試練」よりワンランク下にあるのが「伝説」クラスの遺跡だ。
これは数えるとかなりある。10やそっとじゃ効かないくらい。
僕が挑もうとしている遺跡――「黄金の煉獄門」も、レジェンドクラスと言われている。
存在が確認されてから、268年。
誰も遺跡を踏破したことがない。
僕は、「黄金の煉獄門」の最寄りの町――「遺跡の町」とも言われるストームゲートへ、やってきた。
『え、間もなくぅ~ストームゲートぉ~~ストームゲートに到着いたしまぁすぅ~~。本機はストームゲート南門にて運航を終えますぅ~~』
間延びしたアナウンスが聞こえてくると、だだっ広い船内に安堵の声が漏れた。
ぞろぞろと冒険者たちが荷物を持って甲板へ向かう。
その最後尾――フードを目深にかぶり、背中にバックパックを背負った僕がいた。
「おィ、ノロット。ちょっとびくびくしすぎじゃァねェか?」
その声は僕の後ろから聞こえた。でも、僕の後ろには誰もいない。だって最後尾なんだし。
声がしたのは――僕の、バックパックだ。
「起きたの? モラ」
「当ったりめェよ。早寝早起き早飯早グソが俺っちのモットーだ」
「また汚い言葉」
「カッ、上品ぶんじゃねェや。おい、ちょっとここ開けてくんねェ」
僕がバックパックのヒモを緩めると――、
「ぷはァーッ。何度窒息するかと思ったぜ」
そこには湿らせた布が敷かれてあった。
そうして金色の――そう、まるで黄金みたく光る――モラがいた。
手のひらサイズ。
やたら細い腕に、折りたたまれた脚。
ぬらりとした体表に、でっぷりしたお腹。
ゲコゲコ。
うん。カエルだ。
「よっしゃ、このなんたらシップが停まったら一番に降りっぞ。俺っちは一番って言葉が大好きなんだ」
「無理言わないで。僕らの立場忘れたの?」
「かァーッ、ったくよォ! なァにが『僕らの立場』だァ。知るかィそんなこと」
「一番、最後に行こうよ。それも『一番』でしょ?」
「遅せェのは嫌ェだ」
「あのねェ……“連中”に追われてるのは僕なの。そしてこのホエールシップのチケットを買ったのも僕」
「その金の出所ァ俺っちだァ」
「カエルにチケット売ってくれるわけないじゃん」
「かァーッ! せちがれェなァ」
「さてと……それじゃー行こうか? 他の人がいるから声は出さないでよ。目立ちたくないんだから」
僕は育った町を離れた。
20日かけてやってきた。
南海大砂漠。
大陸の1/3を占める大砂漠。
中央に位置する独立都市、ストームゲート。
僕と、一匹の金色のカエルは、ホエールシップの甲板へと上がっていく。
空からぎらりと太陽が照りつける。
びゅうびゅうと吹く風は、気持ちいいくらいだ。
まぁ、吹き上げられる砂埃はやっぱり目に痛いけどね。
木造の、大海原を航海していてもおかしくないこの大型船。甲板の前方には多くの人たちが集まっている。
僕は人混みをかき分けて前へ進んでいく。
最前列に、首を突っ込んで、僕は見た。
この大型船を曳いて砂海を泳いでいく二頭のサンド・ホエール。
彼らが向かう先に――まるで、魔法みたいに、現れた都市。
白い、都市。
建物がみんな白色の壁であるために、真っ白いのだ。
砂漠のど真ん中。オアシスがなければ「ここに住もう」だなんて人間が思うはずもない場所。
どんなところだって人間は生きていけるんだと、主張してるみたい。
ホエールシップは、ストームゲートに便宜上設置されている門――南門の少し手前で停まった。
到着を待ち望んでいたのだろう、数百人の人たちが出迎えていた。
ホエールシップは貨物船も兼ねているからね。
出迎えの人たちが、頭からふんわりとした軽そうな白のフードをかぶっているのは、日光避けなんだろうね。あれ、いいな。あとで買おう。
ぞろぞろと商人、冒険者、旅人たちが降りていく。続いて僕もホエールシップから降り立った。
地面は思ったより――固い。
砂漠だからふにゃっとしてるのかと思ったけど、これなら、歩くのはもちろん走ることもできる。
さらさらの砂が風に乗って流れていく。
視線を周囲に投げる。
いない。いないよね? 大丈夫だよね? 追っ手はいないよね?
すん。
すん。
ニオイを嗅ぐ。
乾いた砂のニオイ。香辛料のような刺激的なニオイ。ここの住民に香水をつけるという文化はないみたいだ。
僕の知っている連中のニオイはない。
「おい、この船じゃあないのか?」
「いや……いないようだな。どこだろうな」
「さぞかし派手に来るのかと思ってたんだが……」
ストームゲートの住人たちがなにかを話している。
そのうちのひとりが、僕に気がついた。
「お、坊主。お前さん、見なかったかい。有名なトレジャーハンターがこの船に乗ってなかったかね」
「……有名なトレジャーハンター?」
「おうよ。なんでも、何百年も踏破されなかった『翡翠回廊』とかいう遺跡を踏破したらしいんだ。俺の見立てじゃ、筋骨隆々のいかつい男じゃねぇかな」
「おいおいおい」
と他の住人。
「脳筋じゃあ魔法罠を破れねえだろう。魔剣士が創った回廊だったんだろ?」
「俺が聞いたところによると女だって話だ」
「いやいや、ババアじゃねえのか」
「誰が言ってやがった、そんなこと。確か名前は……」
「“ノロット”」
「そう、ノロット。そんな名前のヤツが女ってことは」
「いやいやいやいや――」
住人たちがわいのわいの話し合っている。
「あのー……冒険者やトレジャーハンターっぽい人は結構いましたよ。その中にいなかったんですか?」
僕が聞くと、
「うーん……どうも、“ない”な」
「ない?」
「オーラがない。歴戦の猛者っつうオーラを持ったヤツは誰もいなかった」
うんうんうんとうなずく彼ら。
「ともかく、すげぇヤツなんだぞ、坊主。そのノロットはな、『魔剣士の翡翠回廊』を踏破した。でもって、一生遊んでも使いきれねぇほどの金を手に入れた。だがそれでも飽き足らずこのストームゲートに来るって大々的に発表したんだ。いやー、命知らずもここまで来たらたいしたもんだ。ストームゲートの『黄金の煉獄門』は未来永劫踏破不可能って言われてんだからな」
「……そう、ですか」
「しかしこの船に乗ってなかったってことは……次の便は来月だしな。もしかしたら逃げたのかもなあ、ノロットの野郎」
やれやれとため息をついて解散する住人たち。
「オーラがねェッてよォ、お前ェさんにゃ」
バックパックの中で、くっくっくと笑う声が聞こえた。
そうかなー。一流の冒険者のオーラバリバリだと思うんだけどなー、僕。
「さて――とりあえず宿を探すよ」
「おっ、そうだなァ。俺っちの身体が乾いて乾いてあちこちむずがゆくなってきてンだよ。急げ急げ。この町“一番”のホテルだぞォ」
「とにかく、目立つようなことはしない」
「つまんねェ男だな、お前ェはよォ。ちったァ有名になったと思ったら、中身は変わりゃしねェ」
「当然でしょ。有名になったっていいことなんてない。追われる身になるなんて思いもしなかった」
「だから逆に“ここに来るって発表した”んじゃァねェか。それ見ろィ。追っ手はついちゃァねェ」
「ま……それはそうだけど。だからって油断はできない。どっちにしたって僕がこの町に来たことは知られないようにしなきゃ――せめて、『黄金の煉獄門』を踏破するまでは」
僕は歩き出す。町へと、足を踏み入れる。
さっきの住人たちの言葉を思い返す。
彼らはひとつ、間違っていた。
ノロットが――“僕が”踏破したのは「魔剣士の翡翠回廊」じゃない。
「ねぇ、モラ」
「をん?」
「モラの名前って、忘れられがちなのかな」
「んだとォ、俺っちは当代随一の魔剣士だったんでィ。いかにお前ェとて許さねェぞ」
そう。
「魔剣士モラの翡翠回廊」――これが、真の名だ。
僕は首に巻いていたマスクをずり上げて、鼻まで隠すようにした。
こうも乾燥して、砂埃がひどいと鼻がおかしくなっちゃう。
僕のたったひとつの武器。
たったひとつの「きらめく」才能――嗅覚。




