一
白いぼさぼさ髪で目を光らせた気狂い女が木々の上を飛び跳ね叫んで回ると、嵐が起きて酷いことになる。
――災いの魔女の伝承
嵐の後に生まれた子供は、嵐を乗り越えて健やか。
難産の母親は嵐の夜なら悲しまない。
――ある山村の言い伝え
エンレイは、王は許さないだろう。町一つ分でも己が国から身を分かち、別の国となることを、けっして許さないだろう。ならば戦だ。幼い国は、国である為に生まれる前から戦を続けなければならん。エンレイ・ランラドクとその王ウクナトクが屈し、諦めるまで。
長年住んだこの館が、最初の城となる。この地が最初の都となる。俺は新たな始まりを見る。
俺は、王を育てたのだ。
抱き締めた体は硬く強張っていた。双眸は俺と共にじっと机上の地図を見つめ、固まっていた。灯の照らす机上にはこの大陸のすべてが載っていた。央国ユフト、ネルスーティ、オーダンク、バラシア、ノグラス、ペンテグラン、コー、ニニクゥカ、タルキ……エンレイ。十国すべて。これから、此処に新たな名を刻むことになる。地図は書き換えられる!
「この南の谷から、西北を流れる大河まで……いずれ、すべてがお前の土地になる。エンレイを亡ぼすんだ」
南端、オーダンクとの国境をなぞる指を、真上に引き上げた。獣皮紙のつるりとした感触が指を擦った。同時に抱える体が震えた。息が震えているのが聞こえた。一人目の王は地図を見つめたまま動かなかった。
イムイによく似たあの目は今何処を見ているだろうか。これから亡ぼす国か、取り囲む多くの国か、それとも。
「わからないよ」
「解らなくていい」
「……こわいよ」
「それでいい」
まだ幼い声が言うのに、俺はそれだけを言いきった。解らずとも、恐ろしくとも、お前は王になる。必ず王になる。お前は神に選ばれた。民もお前を選んだ。我々には意思があり、俺はその全てを守る。後は土地だけだ。勝ち取り踏みしめればそこがお前の、我らの国になる。
神に約されたとおり、新たな国が建つ。ああ、その姿を見たい。早く、早く、早く。この命尽きる前に国よ建て。その産声を嵐と共に咆えろ。
抱き締めたこの柔な双肩に国が載る。数々の戦火が降りかかる。それを振り払い乗り越え、越えたならその先に真に国が建つ。彼の国だ。俺の育てた、この王の国だ。