一
投げろ投げろ。全部当たるぞ。
打て打て。頭を割るぞ。
燃やせ燃やせ。ガルガルは火の輪の中。
魔女が居るぞ、魔女が居るぞ。全部お見通し。
――魔女軍の歌
「おーい、女将さん居るー? お客さんやで!」
「居るよー、入ってもらっといてぇー」
どことなくぐらぐらとする樽から降りるのにもたつくうちに、運んでくれた子が宿の中に呼びかけていた。女の人の声が答えている。慌てて足をついて樽から――というか荷運び大蟻食の背から降りる。乗るときもそうだったけど、パサついた毛が脹脛にちくりとした。
鞄を抱えて駆け寄ると、子供は白い歯を見せて笑う。黒く焼けた肌に違和感があるくらいの白さだった。歯並びもいい。
「だってよ。聞いとった?」
「うん、ありがとう。ほんと助かったよ。通りがかってくれてよかった」
「そんなら俺は行くわ。お疲れ、姉ちゃん」
荷物の上で休ませてもらったようなものだってのに、彼はあたしを労って蟻食のほうへと戻って行った。あまり多く駄賃を渡してないけどそれでも満足らしい。まだ仕事があるみたいだけど、大丈夫かな。空を見るにいい時間だけど。
空は、夕陽でサポーテの実みたいな色になってる。……お腹減った。
本当に助かった。この距離を探して歩いていたら、暗くなっても着かなかっただろう。まさか宿が一つしかないなんて、思いもしなかった。しかもこんな町外れ。
「じゃあね、ありがと!」
濃い色の中、揺れる樽が遠ざかっていく。もう一度お礼を言って深く呼吸する。緑の匂いが何処よりも強い。
暫くの家になる宿は、大きな林のようなきれいな庭に囲まれていた。藁粘土の壁は二階建て。けっこう大きい。他に宿が無い分かも知れない。なかなかきれいっぽいし、素敵じゃないかな。
門のところにぶら下げられた看板には、『森の大鳥亭』とある。