八
ジャンタームは自室となった州候の部屋に戻り、閉ざされていた窓を開けた。
濃く湿った空気が肌に触れる。雲は丁度途切れ、西に傾く太陽にはかかっていなかった。しかし地上は暗く翳り始めている。輝く太陽自体が小さく縮んでいるようだった。
蝕。太陽が蝕まれている。まるで虫に喰われるかのように。束の間の陽さえ惜しいガムイに対し、非情にも。影はどんどんと太陽を呑み、光を奪っていく。辺りは夜のように暗くなった。どこかで遠吠えした犬の声が不気味に響いた。
天文士の予測にもない不吉な空。ジャンタームは神への祈りを口ずさんだ。何の力も持たず、晴れの巫女を失った者にできることはその程度だった。
そうするうちに散っていた雲は大きくなり、消し炭となった太陽も覆った。黒雲は金物を打ち鳴らしたかの雷鳴を轟かせて雨滴を落とし始める。
瞬く間に豪雨となる。水の成す幕の向こう、ジャンタームは見慣れてしまった灰色の景色を視界に納めた。州民の避難令は既に出してあり、迎え入れる支度も済ませてはあるが――マウオンの堰がどれだけ堪えるものか、どれほどの雨が一晩で降ってしまうのか、彼には測りかねた。堰が堪えなければ多量の水が大地を下り、いくつもの村を直撃することになる。
彼の吐く息は震えていた。
救えるかは分からない。一度救ったとして、その後どうやって養うのか。畑も家畜も、すべて溺れ、流されるだろうに。多くの民を前に宮の貯えがどれほど保つものかと考えても、知識、史書と共に在る記録は役に立たない。三百年前と今のガムイとでは、違うところが多すぎる。
荒ぶる天を恐れ考えを巡らせる州候は、しかし絶望だけはしていなかった。彼の心には、かつて見た美しい姫巫女が――その太陽のように輝く穢れなき双眸が、刻み込まれていた。
州候ジャンタームは挑むように黒雲を睨んだ。雨が止むのは天に任せるしかないが、いずれは止むに違いない。かつての大水災の時も終わりは訪れたのだから。そこからが人間、州候たちの仕事だ。
たとえ大地が雨水に溶かれ海原のようになろうとも、立て直してみせると、ジャンタームは聖星と先候に誓う。
彼の頬が濡れたのを、誰も見ていない。
Ⅲ アルニは死んだ 了




