七
あの狂った処刑の意味を知ったのはつい最近のことだ。父ではなく、エンレイの王位を継いでいた義弟が教えてくれた。あれはエンレイの守り剣を作る為の儀式だったのだという。
義弟は古い話の英雄――過去の王族の名を一つ挙げた。初王の子、建国の為の戦で多くの者を殺し、最後には自ら命を絶った男の名だ。男は多くの者を殺したことを気に病み命を絶ったと言われているが、実のところはそんなに柔ではなかったのだという。我が祖だと言われれば納得だ。
男が命を絶ったのは国を守る呪いの為、殺した者の魂を自らの魂で縛りつけ、共に国を守る霊とする為だったという。
つまり、国守り。古い国の語りには必ず出てくる王国の守護というやつだ。エンレイはそれで、王族が自刃した剣を祀り上げ、紋章として記したらしい。
父はそれを――呪いをやり直そうとした。建国四百余年、国守りの力が衰えたと見て、誰か王族にその責を負わせようとした。そうして作られたのが、俺とイムイだった。
俺たちが双子で生まれてきたのは大きな誤算だったようだが、結局王はイムイを見初め、ついでの監視役に俺を据えることにした。理由は分からんが、より従順なほうを選んだのかも知れなかった。俺はできることなら王位が欲しいと子供の頃から考えていたが、あれには微塵も、そうした欲はなかったようだから。
イムイをイルールの刑吏に据えて四年。初めは余裕があって罪人だけを薪にしていたが、何かきっかけがあったのだろう。急いで力を手に入れたくなって、ああした王命を下し始めたのだ。人数はよくわからんが、その成り立ちから見て多ければ多いほどいいのかも知れない。果ての民などいくら焼べても惜しくはなかったと言うことだ。あの愚王は。
結局狂っていた。なんとなく筋だけ通った、正気ではない話だ。――ともかく、あれだけ処刑をさせたイムイの首も、最後には国を守る霊となると宣言させて落とすつもりだったらしい。その最後の日が、本当であれば勅使が訪れたあの日だった。
勅使は王命を受けた一人の刑吏だったのだ。彼は仕事を仕損じたとして、引き返した先の都ですぐに斬首されたらしい。憐れなことだ。処刑ばかりが繰り返され、何も益は残らなかったのだ。あの後父が病を受けて伏して居なければ、俺にも処刑と自刃の命が来たのかもしれない。新たに仕える王を見つけた俺には、聞けぬ王命だったが。
話を聞いた後に義弟は殺した。彼も正しく神授の王であったからだ。彼はまだエンレイを捨てていなかった。生かしておいても意味はなく、むしろ障害になる。父と同じように縊って獣の餌にした。それでエンレイは終いだった。
ヤリヤシュ・イトギラ。新たな国がエンレイだった地を征した。王を見つけてから十三年かかった。長かったが、短かったような気もする。何にせよ、これからのほうが長い。新たに興った国がどのように育つのか、俺は楽しみでならなかった。
――だから旧い国や過去のことなどどうでもよいと、思っていたのだが。
「エンドリカのような男を、見たことがある?」
赤い火が照らす真新しい玉座の上で、イクシが問うた。俺は答えることができなかった。
イクシはイムイを知らないはずだった。そういう刑吏が居たとは話したことがあるが、その容貌などを語ったことは一度もない。
「エンドリカのようだけど、男なんだ。魔女ではない」
だが――エンドリカのようと言ってぴたりと来るのは、あの男ぐらいのものだろう。そう何人も居ては堪らない。目は光っていたか、などと問い返そうとしたが、口が上手く動かなかった。いや、動いていた。俺は笑っていた。とても愉快なことを聞いたと思った。
イクシは俺を見て、困惑していた。
「見たのか?」
「戦っている時に何度も見た。白い髪で、黒い服で、剣を持っていて、よく笑っている。彼が来ると私たちに都合の良いことが起こる。風が吹いたり、誰かが敵に気づいたり。人ではないようだけど……ヘルィークに似ているような気がする」
イムイもまた俺と同じように、王にはなれん身だったが――何か別のものになったのかも知れない。たとえば、エンレイではなく、このヤリヤシュの呪い、国守りであるとか。
そうだ、あいつは最後にエンレイとウクナトクに叛いていた。自らの意思でのみ刑を執り行い……ああ、変に敏い奴のことだ。もしかすれば気づいていたのかもしれない。あの日、何になれるか。俺がイクシと出会い気づいたように。そして選んだ。エンレイではなく別のものを守ることを。そうか、イルールの叛乱は、奴の主導か。あいつの死でイルールはエンレイに叛いたのだ。あの処刑場の崖には、剣が突き立っているのだ――
「……俺に似ているならば、この国の守護だろう。心配することはない。お前の国は、これから続いていくのだ」
俺とイムイ。王の血脈が二人。守りはどうやら十全だ。きっと素晴らしい国になる。ああ、なんと喜ばしいこと。俺は王を育てた。国を育てた。すべて俺のものだ。あの時、処刑場で赤子をこの手の上に載せたときから。
俺は王にはなれんが、願いは叶った。国、民、すべて此処にある。
我が王が微笑した。祝いの花のような雪は三日三晩吹き荒れていた。風の音が、エンドリカかイムイの声のように聞こえた。
Ⅱ エンドリカの息子 了