0連撃目 ~プロローグ~
溜息をつくほどの曇天。
少しの蒸し暑さが目立つ初夏となり、野球部の俺は『練習が出来ない』事にとてもイラつきを覚えていたんだ。
俺の名前は萩原昌辰。
至って普通の中学3年生の男子だ。
普通だからこそ、部活もちゃんとにやってるし勉強も出来ないわけじゃない。
顔面偏差値は親友の女子、神明奏いわく『平均50なら昌辰は56』と言われたからマイナスではない。と思う。
その証拠に彼女もいた事はある、別れたけど。
全て平均的な俺は、今を平均的に過ごしている。
「俺だけ、HuntingClassB帯なんだよなぁ……」
俺のゲーム画面に表示されているステータスから目を背けたくなる。
この携帯型ゲーム機専用ゲーム、【GodCommandHunting!!】を仲良しの4人でよくやっているのだ、正確には、このゲームから仲良くなったんだけれど…。
同じ猟団の奏や圭人、蓮なんかはClassAaやSにいるというのにも関わらず、俺は未だにAにすらなれないでいる。
そのせいで、3人なら行ける猟団専用クエストもclass.Bsの俺がいるからいけない。
「俺だって、必死にやってるのに」
いくらクエストに行っても勝てない、Classが上がらない悔しさにいつもやる気を削がれる。
「…寝ようかな」
静かにゲーム機をたたむと、スマホからいきなり通話の着信音が来た。
「誰だよ…」と顔をしかめながらも通話ボタンを押すと、聞きなれた声が聞こえた。
『あー、もしもし?はぎ!クエスト行こうぜー』
ハキハキと喋るこの声は友達の桐谷圭人だ。
「えぇ…奏でも誘っていけよ」
『はぎ今日不機嫌なのか?いやぁ、奏もいるよ?てか皆いる。』
今の俺にとっては最悪のシチュエーションだ。
『あー、あーっ……昌辰ークエスト行くよー』
『昌辰オンラインになってなくね?なんかあった?』
続けて奏と蓮の声が耳に届くと、やろうか迷ったが流石に今日は乗り気になれない。
皆に迷惑を、かけたくないしやめよう。
「あー……いや、俺今日宿題やるから、無理だわ。」
『んん…そうなのかー、じゃあまた今度な!』
圭人の声を確認して通話を切る。
「…寝よう。」
テンションが下がりに下がったため、俺は布団に入った。
ゲームはスリープモードになっている────
それを知らせるランプがチカチカと輝いた。
次の日
俺はいつも通り朝練があるため、6時半頃学校に登校した。
朝練を寝ぼけながらやるのも、先生の怒号が飛ぶのも、全て慣れた。
「昌辰、寝ぼけんなよ」
「…ぅるせ……」
学校の敷地内の決められたルートを蓮と並んで走る。
何故か違う部活もこのルートを走るため、バスケ部のハンティングゲー仲間、野条蓮とよく走る。理由なんてそれぐらいだけれど。
「昨日、なんかあったの?」
「なんもない。」
「ふぅん……」
蓮の優しさを何受け流してんだ。
心配してくれてるのに、わざわざ優しく聞いてきてくれたのに。
「奏が心配してた。」
「…へぇ……」
ちょうど音楽室が見えるコースに入る。
チラッとそこへ視線をそらすと、奏がクラリネットを練習していた。
「圭人も、もちろん…心配してた…よっ」
「そう、なんだ」
息切れが声に混じってる、俺もだけど。
「はっ…はっ……じゃ、俺後1週だからさ。」
そうとだけ言い捨てると、蓮は加速して行った。
「…ふぁいとー」なんて言葉が自然と発せられていた。自分でも驚きかもしれない。
あれ、俺後何周だっけ…。
疲れ果てて授業なんて耳に入ってこない。特に1時間目なんて眠いし疲れてるし数学だし地獄だ。
寝てたら怒られるからモンスターの攻略法を授業用ノートとは違う小さいノートに書いていた。
“ドラゴニックタイプに変貌したスノーフィリアは尻尾側にいるとなぎ払いを食らう”
“妖精タイプのスノーフィリアとスノードロップは同じエリアに居座らせてはいけない”
延々と綴っていると、隣からシャーペンを握った左手が来た。
(なん、だろう)
“スノーフィリアはドラゴニックタイプから妖精タイプへと戻る時のみ滅精麻痺球が効くので、その時に投げると25秒ものダウンが取れる”
「そうなの?」
「そうだよー?」
隣の席の奏が黒板を見ながら言う。
そう言えば、奏は1番猟団の中で情報網が広かった。
彼女の丸い字で書かれたその情報を黄緑色のボールペンで囲った。
5時間目から、雨が降り始めた。
次第に強くなった雨で部活はなくなった。
霧が深く立ち込めている風景は、冬の朝を思い出させた。
「昌辰、一緒帰ろうぜ」
「おう。いいよ」
「部活無しとかいいなぁー」
「もう引退まで無いんだから部活無しとかいいなぁーじゃないでしょ…」
圭人の発言に呆れたかのような奏。
蓮と俺は帰れるが、圭人と奏は帰れないようだ。
奏は文化系の室内部活だからだろうし、圭人の所属している演劇部は丁度体育館が使える日のようだった。
「じゃ、また後で」
「おう…今日こそスノーフィリア倒すぞ!昌辰!!」
「おう!!倒すぞ!」
「2人ともじゃあね〜」
今日こそは倒して、Aに行くんだ。絶対に。
皆が助けてくれるんから、今日こそは。
「スノーフィリアの弱点属性はさぁー……」
「──…いや、あそこの攻撃こそ耐えられれば勝てるんだけど…」
蓮が出来る限り情報をくれるから、それをできるだけ脳に詰め込む。
雨風が寒い。初夏のはずなのにとても冷たい。
横から入り込んでくる悪意のある雨粒が鬱陶しい。
2人で喋りながら角を曲がり大通りに出る。
目の前に広がった光景が脳内に焼きついた。
小さな男の子が雨の中、カッパをかぶってラジコンで遊んでる、歩道で。
その隣は車が忙しなく通っているというのに、あれは危険だ。
嫌な予感しかしない。
「蓮……」
「あの、男の子…危ないよな」
少し距離があるが走れば止めることは出来るだろう。
『君、危ないよ』って言える。
自然と足の進みが早くなる。
次の瞬間、突風が吹いた。
ラジコンが道路へと飛ばされる。
嫌な予感が想像したくない未来に成り代わっていく。
男の子が、道路に行こうとしてる。
車がいるのに危ない、危ないよ。
「くっそ…!!!」
通学バッグと傘、野球用のエナメルバッグを投げ捨てて全力疾走する。
「昌辰!!お前…っ…!!!」
蓮の止める声が耳に届いたけど、足が動いた。
信号は青、男の子はラジコンを取りに行ってる。
大通りの十字路は左から車が来ると運転手からは土手が邪魔になってよく見えないから危険なんだよ。
男の子がラジコンを抱えあげる。
左側から大型のダンプが来てる。
「間に合えぇええぇえぁあっ!!!!」
道路に踏み込んで男の子の背中を踏み込んだ勢いで押す。
俺も向こう側の歩道につければそれで────
ダンプが目の前に見える。
男の子は泣いてるけど、確かに向こうの歩道に着いたようだ。
(やばい、やばい)
踏み込んだ勢いで押せたはいいが体制が崩れて前に踏み込めない。
体が確実に前方に倒れていく。
これは、死ぬ。
直感的に感じた、このまんま死ぬんだって。
視界が目に入った雨水で歪む。
「昌辰っ!!!!」
「蓮っ……!!?」
なんで、お前が来ちゃうの。
蓮は確かに俺の右手首を掴んだ。
蓮と目が合う。
その顔は、確かに怯えているような表情だった。
死を恐れたのか、俺を助けてくれたことを後悔しているのかわからない。
────────ドンッ
痛い。
足が地面から離れる感じがしたからきっと吹っ飛ばされたんだと思う。
体を仰向けにされて声をかけられてるみたいだ。
視界がぼやけてるから、よくわからないけれど。
蓮は、
蓮はどうなったんだろう。
馬鹿だなぁ、俺を助けなきゃお前までこんなにならなかったのに。
俺は、いい友達を…持った……のかも、しれない………。
意識が薄れていくというのはこういうことなのだろう。
頭が真っ黒になってくる。
その中に見えた、真っ白な2本の光は走馬灯とやらだろうか。
走馬灯って思い出とかなんじゃないの?なんか予想と違う感じがするけれど。
『……───…─らは……───に──…──だな…。』
ノイズ音が聞こえる。
誰の声?蓮でも、圭人でも…奏でもない声。
でも、なんだか聞き覚えのある声。
初めてじゃない…声。
意識が途切れる数瞬前。
『君らを、迎え入れよう。』
この声だけはハッキリと、鮮明に聞こえた。
「事故って…かわいそうに……」
放送でいきなり『この中学の男子生徒2人が大通りで男児を助けて事故に遭った』なんて流れた時は驚きを隠せなかった。
嫌な予感が冷や汗と共に頬を伝った。
「昌辰…蓮……」
2人であってもなくても、無事でいて欲しい。
願いはそれだけだった。
今は体育館のステージで演劇部とのコラボの練習をしているから、すぐに帰ることも出来ない。
今年の文化祭での発表のものだ。
あ、私の出番だ。
「可愛い可愛い兎さん!私と一緒に、踊りませんか?」
いつものキャラとはかけ離れてるよ、圭人。
「喜んで!」
その合図で指揮が始まって、ステージの下にいる皆と、私が演奏しだして、演劇部が歌って…
──────────ガタン
上から何かもの音がした。
「ん?」
「えっ?」
2人で見上げた先には、落下してくる幾つもの、大きなライト。
「ひっ…!?」
腰からがくんと崩れた体。
「奏!!!!」
「あ、あぅ…ぅぁ……」
圭人がこっちに来てる。
『君は』
早く、逃げないと…圭人まで潰される。
『こちらの世界へ』
でも、立ち上がれないし声も出ない。
『招待しよう。』
次の刹那
私の視界は真っ黒になった。
声が聞こえる。友達の悲鳴、先生達の叫び声、色んな声が混ざってる。
私に待っているのは、目覚めか、死なのか────────
ーー
「────……んんぁ…?」
顔に触れている水が冷たくて気持ちいい。
体が少し重いかも。
周りを見渡すと後ろ姿しか見えないが、蓮であろう人物がいる、そのそばに横たわっているのは…?
「れん、」
「おぉ…起きたんだ。」
「それ…まさか……」
冷や汗が額に流れた。
「……うん、圭人と奏。」
俺は死んだはずだ。
そう…俺は、死んだはずなんだ。
「俺さ…死んだの?」
「うん。俺等はきっと、死んだ。」
「じゃあなんでっ…圭人と奏が……っここに…」
蓮がようやくこちらを向いた。
「…俺にもわからない、この場所がなんなのかも、なんで2人がここにいるのかもわからない。」
蓮の目の周りが赤く腫れていた。
無理矢理作ったかのような笑顔はすぐ崩れた。
「なぁ…!どうすんだよ……なんで2人がこっちに来てるんだよぉ…っ……」
「れ、れん……」
「なんでっ…なんでお前も来てるんだよぉっ!!俺、助けたはずなのに…っ……!!」
次々と蓮の瞳から溢れ出てくる涙は、止まることを知らないダムのようだ。
その声でなのか、わからないけれど圭人と奏が起きた。
2人とも、ゆっくりとまぶたを開ける。
「蓮…?」
「しょう、たも……」
起きたばかりの2人は何がなんだか理解出来ていないようだ。
「蓮…」
「……なに、」
「説明するぞ2人に、1から」
俺の選択は間違ってない。
この2人にも真実を伝えなければ行けないのだから。
真実というのは時に残酷である。なんて言葉をどこかで聞いたことがあったけれどまさにそのとおりだ。
2人に説明をするのは気が引けたし、事情を聞くのも嫌だった。
俺が説明して、奏と圭人が悲しそうな顔をして。
2人から事情を聞いて、蓮が悲しそうな顔をして────
そんな顔を見るのは、嫌だった。
ましてや好きな奴の泣き顔なんて見たくもない。
嫌いな奴の泣き顔ならば見てみたいが。
『これからの』
いきなりの声に体が反応する。
全員が辺を見回すがそこに自分達以外の姿はない。
『君たちの』
なに、なんなんだ。
『人生に』
「なに…?これ、」
不安そうな声を奏が上げた。
『不幸、あらん事を────』
「誰なんだよっ!」
何も無い真っ青な空に叫ぶ。
地面が、炭酸のようにシュッと音を立てて消え去った。
落ちるっ…。
下に何も見えない恐怖が心底から這い上がってくる。
真下に見えるのは真っ白な空間だけだ。
鳥肌が一気にたった。
「奏っ!!!!」
咄嗟に伸ばした手は、空をかいた。
「昌辰っ!お前、危ないっ…!!」
圭人にパーカーのフードを引かれる。
「奏とっ!蓮が……っ!!!!」
「蓮!!奏をっ!!!!」
1番近かった奏との距離が遠くなる。
ここで離れたら、二度と会えないんじゃないか。
「昌辰っ…地獄に行ったら俺のせいだな、ごめんな…っ…」
蓮が奏を引き寄せてたから、きっと大丈夫、大丈夫。
圭人も何も、悪くない。
あぁ今回は助けられなかった。
『まずは、君達の記憶を────引っ張りだしていこう……。』