対策会議3
「あんたも何か考えなさいよ」
「命令口調で人に頼み事をするな。それに俺は新規性、進歩性のあることは考えられない。皆の言うことを整理するだけだから、あまり期待すんなよ」
文句を言いながらも、みどりんはうーんといいながら触手を頭に載せて考え込んだ。
「まず、今、考えなきゃならないことは……」
「村山さんを助ける事よ」
「そりゃ無理だろ」
萌が右手を黙ってみどりんに向けると、彼は怯えたように壁にへばりついた。
「いや、だって、何処にいるかわからないし、どうなってるかもわからないし……」
心臓を貫くような言葉に萌が怒りをたぎらせると、高津が小さく手を挙げた。
「いや、萌、みどりんの言うとおりだ。それはさっきから俺が考えていたことだから」
みどりんはそれ見たことかというように触手を挙げかけたが、さすがに高津に遠慮してかそれを静かに引っ込める。
「できることは、村山さんが俺に手を伸ばせるような状況になった時に、俺が助けにいけるようにすること」
萌は頷いた。
村山が自力で逃げ出すことができればいいが、そうでないならそれしかないのは確かだ。
「わかった。圭ちゃんは寝てちょうだい、そして体力を取り戻して。とりあえず、暁とみどりんと三人で方法を考えておくから」
高津は何も言わずに目を伏せた。
(……あたしが、しっかりしないと)
こうなって初めて、自分が他人にどれだけ頼り切っていたかがわかる。
(頭、悪いからって使わなかった罰だ)
暁のすがるような視線に萌は無理に微笑む。
「じゃ、次の議題。村山さんが帰ってきたときに、辻褄を合わせること」
「つじつまって何?」
「そうね、暁が言ったことと、村山さんが言ったことが違わないようにするってこと」
「無理だよ。おじさんが何を言うかなんて僕、わからないもの」
みどりんがついっと触手の先から赤く毒々しい莟のようなものを三個出した。
「じゃあ、こう考えろよ。涼がこの状況をどうしたがっているかを想像して、それに合ったストーリーを考えるんだ」
「村山さんが望んでいることは、あたしたちの能力が世間に知られないこと」
「それと無用な混乱を招かないこと、だな」
そういう意味では細川と彼らの間の関係が世間に知られることも、無用な混乱を招くかも知れない。
(……だって、橋の上で細川に村山さんは偶然狙われたことになってるし)
それに、高津の言葉が正しければ、赤尾は細川に銃で撃ち殺された可能性が高い。
(そんな事件に関係してるなんてことになったら……)
萌はぞっとして身体を震わせる。
(絶対に避けないと)
誰にも注目されずに、静かに人生を送りたいと思っている萌にとってもそれはあまりに恐ろしい。
「じゃ、とりあえず、思いつくこと羅列してみろ」
「まず、暁が細川に誘拐されたことは、後藤も瀬尾さんもみんな知ってる。だけど、みんなすねに傷を持つから、それをわざわざ公表することはない」
「ああ」
「暁が岩岳に連れて行かれて、その後村山さんが赤尾とそこに向かったことは……」
「圭介の話からすると、圭介だけがメールで知らされている」
「今、ここに暁がいることは?」
「僕がここにいるのを知ってるのは、萌姉ちゃんの家の人だけだよ」
「圭ちゃんの家族は?」
「こっそり二人で家を出たから知らないと思う」
萌とみどりんは顔を見合わせた。
「……暁の誘拐の事実がなかったことになれば?」
「岩岳の殺人事件との関連もなくなる」
萌は心配そうな暁の頭を撫でた。
もちろん村山の事を考えると胸が張り裂けそうになったが、それでもその意志に反することをしたくはないし、彼が帰ってきたときに顔向けできない状況にはしたくない。
「とりあえずはこうしましょう。暁は学校から帰る途中、何だか急に圭ちゃんのところに行きたくなってバスに乗った。でも、降りる駅を間違えて、ずっと彷徨ってたの」
「なるほど。それで圭介が暁の母さんから電話をもらって、慌ててタクシーでそっちに向かう途中に」
「何だか小学生らしいのがとぼとぼと歩いているのを見た」
「それでタクシーを止めて、そっちに行ったらやっぱりそれは暁だった訳だ」
萌はみどりんとハイタッチをした。
「じゃ、次に行くわよ。圭ちゃんはびっくりして暁を連れて一度家に帰ったけど、何だか混乱して自転車に乗ってあたしんちに来ちゃった」
みどりんが赤い莟を大きく膨らませ、首をかしげるように傾けた。
「もう少し、皆が納得するような話にできないか?」
「……って言われても」
暁が不安そうに萌を見る。
「おじさんのことは考えなくてもいい?」
「あ……」
萌は考え込んだ。
「そうね、村山さんが圭ちゃんに連れられてこっちに来た、って場合を想定しておかないとね」
「それと、涼がここに突然現れた時の、お前の家族の反応とか……」
考えることは多岐にわたる。
村山のようにはいかないが、思いついたことだけでも一つずつ潰していかねば大変だ。
「今ので一つ解決したわ。村山さんが圭ちゃんに助けを求めた時のために、あたしたちはここじゃない場所、そして人目につかない場所にいる必要がある。それと後でややこしい事にならないように、村山さんが圭ちゃんに送ったメールは削除しておく」
「圭介が回復したらな」
萌はじっとオレンジジュースを睨む。
「村山さんが行方不明って、詩織さんは知ってるのかな」
「さあ」
「もう、警察に届けてるのかな」
「病院の帰りに涼が赤尾に会った事を、電話で瀬尾さんに話したって圭介言ってたろ?」
「うん」
「まだ病院にいるって思ってるんじゃないか?」
そう言えば村山は昔、そんなことを言っていた。
帰ると言った時間に帰れるとは限らないから、予定時間が過ぎても戻ってこないときは先に寝てもらう、と。
「なら、村山さんの失踪もリソカリトだけの秘密」
みどりんは身体を震わせる。
「そんなにたくさんリソカリトがいる小さな町って、ある意味たわわに作物が実る地雷だらけの畑みたいなもんだよな」
「うるさい」
言いながら萌は頭をかきむしる。
(赤尾と村山さんが二人でどこかに行ったことを言わないようにって、みんなに口止めしておかないと)
それにしても何故、村山は連絡をよこさないのだろうか。
細川に掴まって、酷い目に遭わされているのでなければいいのだが……




