瞬間移動2
「……でも、萌って酷いよね」
再び高津の耳に現実の声が届いた。
「高津君の気持ち知ってて、尽くさせて、それで結果がこうだなんて」
「別に尽くしてなんてないし」
それは事実だ。
萌と彼の関係は、哀しいぐらいフィフティフィフティ。
「でも高津君があの子を好きなの、みんな知ってる訳でしょ。それで付き合いもしないで、友達だなんて言いながら拘束して」
「拘束なんてお互いしてなかったし、だからこそ今、萌は伊東と一緒に勉学に励んでいるんだ」
正確には勉学に励んでいる訳ではなかったが、そういうことにしておこう。
「伊東君も萌が好きだと思うんだけど、でもやっぱり付き合うんじゃなくて友達スタートなんだって」
「ふうん」
そういうことを聞き出して言いふらし、一体何が面白いのだろうか。
「高津君の時と一緒。友達とかっていいながら、格好いい男の子を周りに侍らすのが嬉しいのかな」
そもそも萌の友人のくせに、何でこんな風に本人がいないところで陰口をたたくのか高津には理解できない。
「天然みたく装ってるけど、あれって意外と計算尽くだと思うよ」
相手が男だったら殴っているところだ。
「やめよう、そういう話」
高津は静かに言葉を出した。
本当は怒りにまかせて島津の性格の悪さとか了見の狭さとかを並べ立て、二度とこんなことを彼の前で言わさないようにしたいところだったし、既に台詞も頭に浮かんでいる。
だが、この手の相手にそんなことをやると、突然公共の場所であることも構わずに泣きだして高津を悪者にしたり、別の人間に萌の悪口を言いふらすネタに加工したりするに違いない。
もちろん、正義の塊の萌だったらそんな細かいことは気にせずに、友人が悪口を言われたら即座に怒って反論するだろうし、事なかれ主義の村山なら、曖昧に頷きながらも己を悪者にすることで萌を庇おうとするだろう。
(……でも、俺は違う)
あの二人のように強くも優しくもない。多分、一番意地が悪くて、計算高い。
「萌がどんな奴かなんてことは、ここで言ったってはじまらないし、不毛だよ」
「でも、みんなが騙されてるのを見たら、あたし、何だか放っておけなくて」
「……島津さんは優しいね」
「え?」
「全然関係ない俺や伊東の心配をしてくれて」
相手の目が見開かれる。
少しメイクをしているのか、目尻の奇妙な濃さが目についた。
「だけど、そんな話を他の人の前では言わないでくれよ。俺がただの馬鹿みたいだからさ」
「高津君は馬鹿なんかじゃないわよ」
「ありがとう。でも、やっぱり俺の知らないところで俺の話をそんな風にされてると思うと、何だか惨めでさ」
「あたし、相手が高津君だから話をしたの。他の人にはこんな話、しないわ」
絶対に嘘だとわかってはいたが、高津は頷く。
「だったらいいんだけど、他からこういう話が流れてくるときって、大抵君の意図とは違う感じに面白おかしく変えられてるだろ? そういうのがほんと、嫌だから」
「わかるわ、あたしもそういうのが嫌いよ」
「ま、島津さんは口が堅そうだし嘘をつくようなタイプでもないから、心配はないとは思うけど」
嬉しそうな顔に高津は微笑む。
「それより、公開模試っていつだっけ?」
「え?」
「あれ、島津さんは受けないんだ?」
「受ける、受ける。えっとね、確か……」
あとバス停にして三駅分、話題をどうつなぐかについて高津は頭をめぐらせる。
幸い、島津はこちらから話しかけると自分でどんどん話題を繋ぐタイプだったので、とりとめないということを除けばコントロールはしやすい。
「じゃ、また」
「うん、ばいばい!」
にこやかに手を振る島津に頷き返して高津はバスを降りた。
(……あー、疲れた)
同じ萌の友達でも、三沢百合子あたりは飾りっ気もなく、話をしていて楽だ。
(……これから先も夏期講習で会うのかな)
そう思うと何だかブルーだ。
(……明日は最初から大西を誘おう)
とりあえず今日は夕食を食べて、予復習をして、それから瞬間移動の訓練しようと頭を無理矢理切り替える。
と、突然携帯が鳴った。
このメール着信音は高校の友人の誰かであって、萌ではない。
高津は携帯を開けたが、島津からだったのでさっと目を通してすぐにそれをポケットに突っ込む。
(……萌に電話しようか)
そして、変な悪口を言いふらされないために、島津と距離を置くように言ってみようか。
(……なんてな)
思ってから高津は溜息をつく。
萌がそんな些細なことを気にするとは思えない。
(反対に笑って俺の背中を叩きそうだ)
何だかひどくやるせない。
(……こういう日は、やっぱり村山さんかな)
だが、こんな早い時間に彼が電話に出るとも思えない。
仕方なしに高津は家に帰り、学校と塾の予復習を全て終わらせる。
そうすると瞬く間に夜の十一時になった。
(もう、いいかな)
これが逃避だと言うことは高津もわかっている。
本当は萌に電話をしたい。
だけど、それができないから村山にするのだ。
さりげなく、伊東に萌を盗られそうな予感がすると泣きついてみれば、
(……そうしたら)
ひょっとしたら何かのはずみで、萌に彼の気持ちをうまく話してくれるかもしれない。
(……いや)
あのとんちんかんな村山にそんな高度な技ができるはずがなかった。むしろ事態を笑い飛ばしながら悪化させるのが落ちで……
番号リストを押す自分の思考の汚さに、彼はひそかに溜息をつく。
(ほんと、俺って嫌な奴)
何て、せこくてあこぎな性格なのだろう。
「……もしもし」
だが、反省した高津が電話を切るより先に相手が出てしまった。
「あ、村山さん、夜分遅くごめんね」
「いや、さっき家帰って飯食って、今落ちついたとこだからちょうど良かった」
「こんな時間に晩ご飯? 大変だね」
「慣れだよ、慣れ」
「ところでさ」
以前から気になっていた事をまず確認する。
「深崎、どうだった?」
何の根拠もないが、深崎に高津は不安を感じた。
それで村山に調査を依頼したのだ。
「特には問題なさそうだ……と興信所は言ってる」
「村山さん的には?」
正直、村山の力を持ってすれば、興信所よりもたくさんの情報を得られるのではないかと高津は細川とのクロストーク事件以来思っている。
「興信所の報告よりも、お前の勘の方が正しそうだから、念のために暁の見張りのシフトからは彼を外した」
「そう」
言いつつ高津はため息をつく。
村山は誠実だ。だから自分が悪いことだと思っていることには今一歩踏み込めない。
(それが)
彼の限界であり弱点だと思う。もちろんそんな彼だからこそ、高津は全幅の信頼をおけるのだが……
「要件はそのこと?」
「え?」
ふと高津は微かに顔をしかめた。
別にその言葉のどこにもおかしなところはない。だが、
「村山さん、疲れてる?」
「何故?」
「何となく、そんな声だからさ」
どこかしらいつもの彼ではない。どこというのではないが、何となく不安定な声。
「暑中見舞い第二弾?」
「そんなつもりはないよ」
高津は暁や夕貴のように相手の思考を読むことはできない。
村山みたいにデータから相手の状態を類推することもできない。
だが、昔から相手の感情の機微を察知するのは得意だった。
萌だけは好きという気持ちが邪魔するのか今ひとつ掴めないケースが多かったが、それ以外の人間の場合はほぼ百パーセント外さない。
「当ててやろうか、夏休みで萌に会えないって愚痴を言おうとしてるんだろ?」
軽い言葉なのに、どうしてか酷い胸騒ぎをそこに感じる。
「わかりやすいよな、お前」
見えないはずの村山の瞳が暗い。
(……気のせい、だよね?)
そう言い聞かせたが、自分の中の何かがどうしても納得しない。
「圭介?」
不安が増大していく。
「何かあったのか? 今、どこにいるんだ?」
(あれ?)
一瞬、それが自分の不安なのか村山の不安なのかが理解できなくて高津は固まった。
「おい、圭介、一体、どうしたんだ?」
背筋にどうしてか強い悪寒が走る。
「え、いや……」
高津は目を見開き、そして携帯を強く握った。
「すごく嫌な予感がする。村山さん、身辺に気をつけて」
「え?」
「何がどうとかは全然わかんないけど、本当に嫌な感じなんだ」
高津は焦る。
今までとは質の違う予感。下手をしたら村山の命に関わると断定できるほどの恐怖が彼を襲う。
(……びしょぬれ?)
土砂降りの雨?
突然目の前に現れたビジョンに彼は怯える。
濡れそぼった村山。彼は孤独なまま、ひたすら死に場所を探して……
「ね、しばらくは家を出ないで。仮病使ってもいいから病院を休んで」
村山の微かな笑い声が耳に届く。
「わかった。気にしておくよ」
何もわかってないだろうことが、高津の不安をさらにあおった。
(いや……)
それとも村山は全部知っていて、高津にそれを隠そうとしているのか?
自分からは言い出せなくて、何かを一人で苦しんでいるのか?




