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夢の後に  作者: 中島 遼
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瞬間移動1

 夏休みに入ってから萌にはずっと会っていない。

 予備校の夏期講習で連日忙しいので仕方はないのだが……

「高津君、ここ、わかんないの」

 隣に座っていた島津由美が下から彼を見上げた。

「え、ああ」

 今は休み時間だ。

 島津は萌の友人で、最近よくグループとして一緒に行動していたので面識があり、一昨日、夏期講習でばったり会って声をかけられて以来、彼女は彼の隣に来るようになった。

「何がわからないの?」

「うーんと、全部?」

 同級生で仲の良い大西や葛原を捜そうとしていた彼は、仕方なしに一からその問題を解説する。

 そして、それだけで休憩は終わってしまった。

(……ま、いいか)

 別にどうしても大西に会わねばならない訳でもない。

(……にしても、暑苦しい子だな)

 何だかやたら彼のパーソナルスペースに入ってくる。

 これが萌なら、お互いある程度の距離を置くし、万が一くっつくようなシチュエーションになったとしたら……

 高津は思わず首を振った。

 そんなことになったら、多分彼の頭は噴火する。

(……あーあ。不毛だよな、俺)

 次の授業は彼があまり好きではない英文法で、攻略には丸暗記しかないことを痛感させられた状態で講義は終わった。

「高津君、勉強、教えてくれたお礼に、ジュースおごるよ」

「いいよ、そんなの」

 立ち上がり、歩きかけた彼に島津が並んだ。

「ね、今日はこれからどうするの? 自習室?」

「いや、家に帰る」

「クーラー効いてて涼しいから、少し勉強していかない?」

「親が飯の用意してるから」

「へえ、高津君って親孝行。」

「そういうんじゃないけど」

 家に帰ってやらなければならないことがある。

(……またいつもの練習、か)

 島津と並んで歩きながら、高津の心は別の所に飛んだ。

(そろそろ、次のステップに行きたいな)

 瞬間移動テレポテーションの練習は、村山と電話したあの日からずっと続けていた。

 たまに行き詰まると、村山にメールをする。

 すると、時間をおくことはあったが、必ず彼からメールか電話がやってきた。

(……確実ってわけじゃないけど)

 最近、少しは進歩があった気はする。

 村山の指導もあって、まず高津は瞬間移動する前後の感覚を掴むところから始めた。

 それがわかるようになると、それが来る時の瞬間を予感できるようになった。

 すると、自分である程度、行きたい場所を思い浮かべる余裕ができる。

 今のところ、必ずしも思い通りに瞬間移動できるわけではなかったが、少なくとも心の準備であたふたすることはないし、人のいる前で驚きの余りに跳んでしまった、という事態を予防することができた。

 それはかなり彼を安堵させる。

「……じゃない?」

 ふと気付けばバス停で、島津が彼に何かを話しかけていた。

「うん」

 適当に相づちを打ち、こちらに向かってくるバスに目をやる。

 島津は顔はそこそこ可愛かったが、鼻にかかるような声が少し気になる。

 それとやたらべたべたしてくるのが、何となく嫌だ。

「……だからあ、伊東君のこと、気にならないのって?」

「何が?」

 島津は笑う。

「気にしてないならいいの」

 高津は顔をしかめる。

 萌と伊東が夏休みも会っているという話は色んな人間から聞いていた。

 慌てて当の萌にも電話で確認したところ、それは事実だった。

 何となくだが、このままでは盗られてしまうような気もする。

 それは高津を焦らせた。

 しかし伊東のやり方は正攻法だ。

 加えて萌がそれを有り難がっているのなら、高津がそれを拒否する訳にもいかない。

(……萌に、一緒に来ないかって誘われたんだけどな)

 伊東の手前、さすがに彼の矜持はそれを許さなかった。だけど、素直に受けていればこんなに悩まなくてすんだのにという思いもある。

 高津は溜息をつく。

 後悔することはなかったが、落ち込む理由にはもちろんなっていて……

「伊東君に、萌に近づくなっ、とか言わないんだ」

「……バス、来たよ」

 高津は側に停まったバスに乗り込んだ。

 二人席しか空いてないので少し躊躇していると、島津が先に座って手招きをする。

 仕方なしに彼は横の席についた。

「で、さっきの話」

「何だっけ。」

「いいの? 萌、盗られちゃっても」

「俺にどうこうする権利ないし」

「あきらめたんだ」

 高津は答えずに窓の外を見る。

 夕暮れよりは夜に近い色をした田畑が遠く延びていた。

(……ここにも線路が通るのかな)

 予備校のある駅前からは、西に向かって電車が出ている。

 最近、新聞を賑わす新しく出来る予定の私鉄は、どうやらこの町の北から東に向かって開通するらしい。

 なので、便宜性からその北の駅と南の駅をつないだらどうかという話がこのところ浮上しているという。

(……北の駅、か)

 北の山のトンネル工事は随分前から始まっていて、数年したら暁達の住む北の町とこちらの町の距離はぐんと短くなる。

 そうすれば今よりもっと子供達を守れるようになるだろう。

 ただ、この間作業員が一人行方不明になったとかで、工事が一時中断しているというニュースがあった。

 何年か前にもそういったことがあったので、今回は少し慎重に捜索するとかも言っていた。

 だとすると、電車が通るのはまだまだ先になるかもしれない。

 それだったらむしろ、

(テレポテーションが先、か)

 村山が課した目標は高津の想像よりも遥かに高い。

 この妙な能力が勝手に発動しないようにする……ぐらいを達成できれば御の字だと思っていた彼に、村山はこう言った。

「暁や夕貴が助けてって叫んだたときに、すぐに跳んでいけるようになるといいな」

 そんなのは絶対に無理だと思ったが、でも、確かにそれができれば今よりもっと皆の役に立てる……

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