予兆3
「ま、この話はここでおしまい。お前、きっと俺が言わなくったってわかってるだろうからさ。それより……」
一呼吸置いて暁を見据える。
「お前達二人は、絶対に誰にも掴まっちゃいけない」
「誰にもって?」
「悪い奴らさ」
暁は背中から見てもわかるように胸をそびやかした。
「掴まらないよ」
「そうだろうけど、もし掴まってしまったときのこと、今から言っておくね。これは俺だけじゃなく、村山さんや萌の気持ちも一緒だから」
不安げな肩に、高津は視線を落とす。
「絶対に悪者の言いなりにならない、それを守って欲しい」
暁はほっとしたように頷いた。
「当たり前だよ」
「例えば俺や村山さんを助けたかったら言うことを聞けって言われても駄目だ」
「え……」
「例え、俺や萌が殺されるって言われても、奴らの言うことを聞いちゃいけない、それを守って欲しい」
暁は振り返って高津を見上げた。
「安心しろ、夕貴は奴らに取っても大事だから、殺されるようなことはないと思う」
傷つけられることはあるかもしれない。だが、それを今、暁に言うのは酷と言うものだ。
「もちろん一番いいのはお前達二人が掴まらないことさ。今言ってるのは、万が一の話」
少し刺激が強すぎたかもしれないと思い、高津は口調を柔らかくする。
とりあえずは三人の意志を彼に伝えられたことだけで良しとしよう。
「次、話は変わるけど、お前が夕貴を大事にしたい気持はよくわかる。でもそのせいで犠牲になってるものもあるんだ。そろそろ高学年のお前ならわかってくれると思うんだけど」
「犠牲?」
「そう」
「僕は犠牲になんてなってないし」
「お前じゃない、お前のお母さんだよ」
「え?」
「考えたことない? 他のお母さんは幼稚園や公園で知り合ったお母さんたちと仲良く遊んだり、やりたい仕事を頑張ったりしてるのに、どうしてうちのお母さんは友達がいないんだろうって」
暁は黙って高津を見る。
「お父さんも忙しくて家に帰ってこない。友達もいない。近所にも家がないからお話する人もいない」
暁の目にはまだ涙が一杯溜まっているが、最早彼の頭からは涙を見せて恥ずかしいとかいう事は飛んでしまっているだろう。
「村山さんや俺たちも最初は悪い人だったら困るからって、お母さんが追い払いたそうにしてたの覚えてる?」
「……うん」
「すごいと思うよ、そこまでお前達二人のことしか考えないなんて。俺だったら耐えられない。自分の友達とか、悩みを相談出来る人が欲しいって思うよ、きっと」
暁は何も言わずにうつむいた。
「だからね、お前もそろそろお母さんを大事にしてやらなきゃ。お父さんがあんまり帰ってこないなら、お前が二人を守らないといけないんだよ」
「……うん」
「でも、お前、昼間学校行ってるし、ずっと見張ってることもできないだろうから、もっと賑やかなところに住んで、お母さんが友達作れるような環境にしないと駄目だ」
暁は黙って頷いた。
「そのためにどうしなきゃいけないのか、お前ならわかるだろ?」
「……お母さんが、僕らのことを他の人が見ても大丈夫だって思えるように頑張るってこと?」
「やっぱ、お前は賢いよ」
本気でそう思う。
自分が小学校四年生ぐらいの時は、もっといい加減に生きていたような記憶しかない。
「頼むぞ。さっき村山さんからのメールを見ただろ? あそこに書いてあった、家の話をよろしくってのはそういうことだから」
「そういうことって?」
「お前のお母さんはお前達のためにここに残ろうとするだろうから、暁と夕貴と俺で、引っ越しするようにちゃんと説得してってこと」
「わかった」
「……あと」
言いにくいが、一つだけどうしても確認すべきことがある。
「引っ越しするにしても、お父さんがお母さんとケンカしないように、言い訳を考えないといけないよね」
「それは大丈夫」
高津は首をかしげた。
「何で?」
「ケンカして、どっかに行ってくれた方がいいから」
「え?」
「夕貴のことを気持ち悪いって言うようなテーゾクなお父さんなんて、消えていなくなった方がいいから」
「……お前」
そのまま言葉を失った高津は、どうしようもなくて暁の側に行ってその頭を引き寄せた。
「何かあったら俺に言えよ? 少しは力になれると思うし」
再び暁は泣きだしたが、高津は止めなかった。
(……まさか、この家族の破綻の原因が二人の力のせいだったなんて)
せつなくて唇を噛む。
夢から覚めても、この力のために世の中から疎まれ、そして追われることがあるなんて。