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夢の後に  作者: 中島 遼
24/61

暑中見舞1

 バレー部は県代表を取れなかった。

 高津は遂に引退となる。

(……身体がかったるい)

 ついでに心も。

 萌が藤田を振った話は三沢百合子から聞いてはいたが、それは最初からわかっていたことなのであまり喜びはない。

 気がかりなのは、彼がバレーや予備校でばたばたしている間に萌との接点が薄れたこと。

 逆に伊東と萌の間のパイプが太くなっていること。

 何となくだが、萌が最近高津を避け気味であることには気づいている。

 彼ら二人は一緒にいて初めてその力を十二分に発揮できる、そう言ったのは萌だと自分に言い聞かせはするが、それでも不安は収まらない。

「高津」

 学校からの帰り、自転車置き場で鍵を外していた彼の後ろから声がした。

 緩慢に振り向いた目に、予想通り明るい笑顔の伊東が映る。

「何?」

「一緒に帰ろうぜ」

「嫌だ」

 高津は首を振った。

「そもそも俺は自転車、お前はバス。どうやって一緒に帰るんだよ」

「お前がバス停まで歩けばいいじゃないか」

「何で俺が……」

 だが、相手が屈託なく横に並んだので、仕方なく高津は自転車を押した。

「いや、前から俺、お前と一度ゆっくり話をしたいと思ってたから」

 高津が肩をすくめると伊東は微かに笑った。

「……俺さ、一年の頃から好きだったんだぜ」

「俺をくどいてどうすんだよ」

 伊東はかばんで高津の腰を殴った。

「あの頃は無視られたりしたから嫌われてるんだろうって、ちょっと落ち込んだりしてたんだけど、どうやら俺の勘違いだったらしい」

 固有名詞は省かれているが、誰のことかは自明である。

「それで?」

「いや、一応告白しておこうかなと」

「何で俺に?」

「保護者の同意は必要かな、と思ってさ」

 高津は顔をしかめた。

「保護者じゃないし」

 もちろん彼は、陰で皆が自分のことをそう言っていることを知っていた。

 萌の彼氏でもないのに、彼女の側にがっちりくっつき、周りに男を近寄らせないウザい親父だと。

「だったら何の問題もない?」

 高津は溜息をつく。

「大ありだ。お前は絶対手を出すな」

「どうして?」

「悪いけど藤田は役者的に無理だろうって思ってた。だけどお前はまかりまちがえば強引にかっさらって行きそうだから」

「そうだといいけど、ま、今のところは会話ができるだけで十分だよ」

「何で?」

「神尾さん、好きな人いるんだろ?」

「え?」

 伊東はまた笑った。

「でなきゃ、お前を振るはずがない」

「買いかぶんな。それとも単なる牽制か?」

「両方」

 高津は眉をしかめた。

「……幸せそうだな、お前」

 何となく腹が立つ。

「まあな」

 そう、ちょうど一年前。

 失恋はしたが、口が利けただけでも嬉しいと思ったあの日のことを思い出す。

 そう、あれからずっと距離は縮まらないまま今に至って……

「神尾さん、思ってた以上に面白くて可愛い」

 あえて無視すると、伊東は嬉しそうな顔で続きを言った。

「天然だとは思ってたけど、あそこまで生粋なのは珍しいよ。ほんと胸がきゅんきゅんする」

 気持はわかる。

「で、萌と二人で何やってんの?」

 名前を呼ぶことで、伊東より親密だと言うことをアピールしておく。

「郷土史研究」

「俺も入れろよ」

「やだね。理系を交えず、二人きりってとこがいいんだから」

「……ちぇ」

 伊東は空を見上げた。

「変体仮名、習うって言ってた」

「へんたいがな?」

「昔の古文書なんかにある、みみずがのたくったような変な字だ。高校三年の大事な時期に、俺、すごいと思ったよ」

「へえ」

 リソカリトのルーツを知りたいと萌は言った。

 そのために必要なことだと彼女は思ったのだろう。

(やると決めたら萌はやるよな)

 村山が以前言っていた。

 萌の取り柄は持続力と集中力。

 興味を持ったらそれにまっしぐらで、脇目もふらずに精進するので成長が早い、と。

「あ、バスが来るっ!」

 伊東が叫び、そして高津をちらりと見る。

「じゃあな、また」

「……二度と会いたくない」

 相手は手を挙げると、バスに向かって走っていった。

 高津はそれを見ながら自転車にまたがり、家に向かう。

(……ふう)

 高津が仮病を使った日、萌は村山と二人で力の制御の練習をした。

 そして、それからも萌は一人、人目のないところで密かに訓練を続けている。

 高津は時々ではあるが、人が来ないかどうかを見張るためにそれに付き合うことがあった。

 だから、彼女の集中力の凄さは知っている。

(……いや、それ以前から)

 ロールプレイングゲームの中で彷徨った日、剣を手に入れてからそれを身体の一部のように扱えるようになるまで、彼女が要した日数はそれほど長くなかった。

 みどりんと雑談をしながら歩いていても、敵がくれば瞬時に集中力が増し、鳥肌が立つほどの気力が満ちる。

(……それに比べて、近頃の俺は)

 家に帰って、少し腹に食べ物を入れてから予備校に向かう。

 そこで夜の十時まで勉強をして、また家に帰る。

(一体、何をやってんだろ)

 萌はやりたいことが見つからないという理由であっけらかんと勉強をしないが、高津にはそんな度胸はない。

 やりたいものがないなりに、将来、生計をたてる際に有利な学部を目指して人並みに頑張る。

(それはそれで大切なことなんだろうけど)

 帰りのバスの中で、高津はふと携帯を取りだして眺めた。

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