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夢の後に  作者: 中島 遼
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古文書2

 放課後、伊東のことを百合子に尋ねようと思っていた萌は、逆に質問攻めにあった。

「二人きりだし、忌憚のないところを聞かせて欲しいんだけど」

 掃除の時間、中庭担当だったので二人は隅の方でこそこそと喋る。

「きたん? きたんって何だっけ、どういう字?」

「そんなことはどうでもいいの。それより萌、変な噂、かき消すためにもはっきりさせた方がいいって」

「変な噂?」

「高津君と伊東君、二股かけてるっての」

 萌は百合子の言葉を心の中で反芻する。

「二股?」

 しばらく考えてから、萌は大声を上げた。

「ひええええっ!」

「萌、声が大きい」

「だ、だ、だって……」

「わかってるって」

 百合子は溜息をついた。

「どうせ、あたしは村山さん一筋って言うんでしょ?」

 そんな言葉を思いつくほど落ち着いてはいなかったが、萌はとりあえず頷く。

「伊東君と二人でバスに乗ってるの、見た人がいるんだって」

 城跡公園から帰るときの話だろう。

「それでなくても人気者の高津君を独り占めしてるのに、双璧の伊東君まで手を出すってどういうこと? って感じになってる」

 萌は目を白黒させる。

「意味わかんないんだけど」

「一つ聞くけど、伊東君と二人でバスに乗ってたのは本当?」

「うん」

「何で?」

「偶然、城跡公園で会って、そのまま二人で帰ってきたから」

 百合子はしばし沈黙してから萌を眺めた。

「城跡公園?」

「うん」

「写生会で行ったとこだよね? 何しに行ったの?」

「……散歩」

「何でそんなとこで伊東君と偶然会うのよ?」

「……さあ?」

 百合子はまた沈黙した。

 そしてじっと萌を見る。

「……女子って、敵に回すと怖いよ?」

 刃物を首に投げてくるリソカリトとどちらが怖いだろうかと萌は少し考えた。

「で、あたしはどうしたらいいのかな?」

「まずは自分の気持ちをはっきりさせる」

「駄目よ!」

 萌は首をぶんぶんと振った。

「相思相愛で幼なじみの奥さんがいるのよ? あたしが変なことを言って、それで迷惑がかかったらどうするの」

「誰が村山さんの話なんてしてるのよ。」

「違うの?」

 百合子は腕を組んだ。

「そうね、天然通り越して濃縮荷重でブラックホールな萌に、いきなりこんな話を切り出した私が悪かったとは思う」

 ひどい言われようだ。

「でもま、最近、高津君とあまり一緒にいないところを見ると、由美に言われたことは気になってるんでしょ?」

「うん」

 それは確かに大きかった。

 だが、それだけが理由という訳でもない。五人は繋がっているという高津の言葉は萌の不安を払拭した。

 いつも一緒にいなくとも、分かり合えるなら問題ない。

「圭ちゃんだって、いつもあたしと一緒にいるのは面倒だと思うし、いい機会だったと思うよ」

「だからこそ、乗り換えた感が強いのよね」

「の、乗り換えたって……」

 最初から萌は必要なチケットを持っていない。

「確かに萌は多少、思わせぶりなとこもあるしね」

「そうなの?」

「藤田君から相談を受けてる限りでは」

 萌はしばらく考えこみ、そして少し眉をしかめた。

「でもね、藤田君、こっちに話す隙をくれないのよ」

「……そこはわかる気がする」

 萌は竹箒の柄を持ち、軽く上下に振った。

 この季節、落ち葉などもさほどないので、ちりとりで何かを取るというほどのものではない。

「ま、由美はきっとご満悦だよ。高津君に関してだけ言えば、萌の対応はそこそこ良かったと思う」

「でも、本当言うとね、あたしが圭ちゃんと友達でいるのがどうして駄目なのかについては、実はあんまりわかってないんだ」

「友達かそうでないかがわからないのが、彼を好きな子からはたまらなく嫌なんじゃない? 逆に彼女だったら諦めがつくのに、中途半端でさ……話したくても話せない人だっているんだから」

「そうなのかな」

「自分が村山さんに片思いしてて、まだ一度も言葉を交わしたことがない看護婦さんだって想像してみて」

「無理。あたしが人に注射するとか、想像できない」

「誰がそんなところまで妄想膨らませろって言ったのよ!」

 百合子は萌を睨んだ。

「好きな人が片思いしてるのか、両思いなのかが全然わからなくて、しかもその相手は中途半端にべたべたしつつ、恋愛じゃないってうそぶいているのが駄目なのよ」

 ようやく、百合子の言いたいことが少しわかった。

「じゃ、あたしが伊東君や藤田君にとって、とりあえず足下にあったんで蹴ってみた路傍の石ってことが皆にわかればいいのね?」

「例えがわかりにくい」

 言いながらも、百合子は頷く。

「でも、それが一番いいかも」

「……ね、どうやったらいいの?」

「一等最初は藤田君よ。はっきりと断んなさい」

「……わかった」

「で、多分、そのときに藤田君のことだから、高津君や伊東君のことも根掘り葉掘り聞くと思う」

「よくわかるね」

「で、そこではっきりと、自分は他に好きな人がいて、彼らのことも何とも思ってないって宣言する」

 百合子は箒で地面をどんと突いた。

「そしたら勝手に噂話が蔓延するよ」

 萌はげっそりとする。

 この世は何て面倒くさいシステムで動いているのだろう。

「ありがと」

 とりあえず礼を言って、萌は溜息をつく。

「じゃ、そろそろ部活行くね」

「やめたらいいのに」

「何で?」

「……あんたを心配して言ってるの。欠点四つで留年だからね」

「勉強するより楽しいから」

 百合子に手を振って萌は歩き出す。

(……でも、確かにこのままの成績ではまずいかも)

 浪人前提で遊んでいると級友に勘違いされるぐらい、萌はのんびりしている。

 大学受験をなめてるのか、と親に言われるほど全国模試の成績も良くない。

 しかしモチベーションが低いのは仕方がなかった。

 萌は今のところ、大学でやりたいことや行きたい学部というのが思い当たらない。

(……圭ちゃんみたく、村山さんに手取り足取り勉強教わりたい)

 それだったら、少しはやる気も出るのだろうが。

(……あーあ、何もかも全部面倒くさいな)

 しかし、女子高生たるもの、何もしないで前に進むことはできなかった。

 翌日、仕方なしに藤田を捜して放課後のアポイントを取り、百合子に言われたとおりに萌は実情を相手に伝える。

「……わかってたんだけどね」

 藤田はぼそりと言った。

「それ、聞くのが嫌で誤魔化してたってのが本当のところなんだろうな」

 萌は目を丸くした。

「だって、藤田君、あたしが思わせぶりで嫌だったんじゃなかったの?」

「……男ってのはね、そういう風に見栄張らないとやってけないもんなんだ」

 そうだとすると、男というのも女と同じくらい面倒くさいものだと思う。

「じゃ」

 藤田は軽く手を挙げてきびすを返す。

「あ」

 萌は慌てて呼び止める。

「今まで通り、友達ではいてくれるよね?」

「それはこっちからお願いしたいくらいだよ」

 相手は振り返らずにそう言うと去っていった。

(……伊東君のこと、根掘り葉掘り聞くことはなかったな)

 溜息を一つついた萌は、村山のことを思う。

 もし、萌が告白したら村山は、今、萌が藤田に感じたようなやるせなさを同じように感じるのだろうか。

 それとも、小さな子供が大人のお嫁さんになりたいというのと同じ程度に捉えるのだろうか。

(でも、どっちにしても、今までと同じようには接してもらえないことは間違いないよね)

 萌はもう一つ溜息をついた。


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