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夢の後に  作者: 中島 遼
15/61

Gホーム

 彼ら五人が夢で出会ってから一年が過ぎた。

(……本当はみんなで集まりたかったけど)

 記念日に高津は萌を誘って暁と夕貴に会いに行った。

 村山はいない。

 夏はさほど忙しくないはずと冬に言っていたのに、最近彼は本当に暇がなさそうだ。

(ちょっと寂しいけど、でも)

 萌の落胆は端で見ていてもわかる。

 村山に会うチャンスとして、この日をカウントしていただろうから。

(でも、本当は俺、どうなんだろう)

 萌が村山と会って幸せそうなのは確かに見ていて腹が立つ。

 だが、だからといって危険を感じることはなかった。

 村山が萌にとって高嶺の花であることは間違いなく、だからこそ、高津は安心してそれを眺めることができたのだ。

(だけど)

 最近、萌の周りがとみに賑やかになっているのが不安である。

 高嶺の花どころか、手の届くところにいる同級生が、摘んでくださいと言わんばかりに頭を垂れて萌にアプローチし始めていた。

(藤田辺りは問題ないと思ってたけど)

 女子に人気の伊東などはかなりやばい。

 この顔音痴、名前知らずの萌が、伊東の名を知っていたことも高津にとってはショックだった。

(それに、俺、手伝うって言ったのに)

 資料館に行くのに、萌が声をかけてくれなかったことはさらにショックだ。

(……伊東の野郎)

 こともあろうに、二人で仲良く古文書研究会を発足させて、高津の苦手な社会科の分野で萌に恩を着せて。

(……ちぇ)

 何だか面白くない。

(萌、変わったよな)

 一年から二年にかけて、彼女はかなり強い「側に寄らないで」オーラを放っていた。

 たまに声をかけても大概無視されるか気まずそうな顔で見られて、腰の引けた男は数多い。

 今にして思えば、それは萌の近視と劣等感のなせる技だったのだが、少なくともコンタクトレンズを入れて以来、前者の改善はなされている。

 劣等感についても、彼女が相手に慣れれば消えるので、藤田ですら最近は許容範囲に入ってしまった感があった。

「圭兄ちゃんの番だよ」

「あ」

 七並べの途中であることを思い出し、高津はクラブの九を出す。

「ラッキー!」

 無邪気な感じで萌が続くカードを場に置く。

(……それに比べて俺は)

 何となく、関係が退行していってるような気がしてならない。

「やった、僕が一番! 圭兄ちゃんが|どべ!」

 高津は大きく伸びをする。

「来週で引っ越し、かあ」

 瀬尾は結局引っ越しに同意した。

 この家は瀬尾の夫の名義でもあるので、そのまま持ち家として置いておき、三人は街中の賃貸マンションに移ることになったのだが、夫婦仲がどうなっているかについてはさすがに怖くて確認できていない。

「ちょっと寂しいけど、学校は変わらなくていいんだ」

「それが一番だよ」

 高津は優しい表情の瀬尾を見た。

 本当に彼女はよく決心したことと思う……

「お母さんと先生、こないだ二人で会ったんだよ」

「え!」

 高津も驚いたが、萌の驚愕した顔に心が痛んだ。

「ずるいだろ、僕も会いたかったのに」

「暁は浩ちゃんと遊ぶ約束してたし、夕貴もあの日は土曜日だったけど学校で交流会があったし」

 夕貴の学校というのは小学校ではなく、他町の聾学校幼稚部である。

 年度途中だったが、ここ数年定員割れしていることもあってリハビリセンターの医師の紹介ですんなり入学できた。

 夕貴は人見知りが極端に激しいので最初はどうなることかと心配したが、今のところは特に問題なく通っていると聞いている。

 彼女なりに状況を理解し、頑張っているのかも知れない。

「他の日にしてくれたら良かったじゃないか」

 夕貴もふんふんと強く頷く。

「だって、先生のお時間が空いていたのはそこだけだったし、それもほんのちょっとだけだったのよ」

 高津は思わず瀬尾に助け船を出す。

「村山さんとは、この家の件で?」

「ええ。引っ越しの件で悩んでいたときにお電話を頂いたから、ちょっと甘えて相談に乗って頂いたんだけど」

 微かに頬を染める瀬尾を見て、高津は心の中で村山を睨んだ。

(……あの、天然女たらし!)

 しかし、萌はどうやら気づいていないようで、暁や夕貴と一緒に、会いたかった会いたかったと連呼している。

(まあ、そのお陰で引っ越し、決心できたならいいんだけどさ)

 何となくもやっとした気分を振り払おうと、高津は再度瀬尾を見る。

「決心してから家を決めるまでが早かったですよね」

「ええ、不動産屋さんがとても親切な方で、すごく親身になってくださって」

 家の間取りをコピーした用紙を瀬尾は封筒から取りだし、高津と萌の前に置く。

 が、

(……Gホーム?)

 見たことのある不動産業者だと思った途端、萌がすっとんきょうな声を出した。

「け、圭ちゃん!」

 萌が彼に差し出したのは、一緒に挟まれていた名詞だったが、そこにある名は後藤秀次……

「あ、あいつっ!」

 驚いた顔をした瀬尾に、萌は紅潮した顔を向ける。

「済みません、電話貸してください」

 目を見開いたまま頷いた瀬尾をよそに、萌はいきなり名刺の電話番号をプッシュした。

 そして、全員に聞こえるようにスピーカーホンにする。

「ありがとうございます。この町の不動産は全てお任せ、Gホーム、小川です」

「済みません、瀬尾と言いますが、後藤さんはいらっしゃいますか?」

「はい、少々お待ち下さい」

 待つこと十秒、聞き慣れた後藤の声がした。

「お待たせしました、後藤です」

「よくも、よくも瀬尾さんを騙したわね!」

「え!」

「あんたの悪事は未然に発覚したから、契約は破棄よ!」

「……ひょっとして、君、神尾さん?」

 後藤はあれから高津と萌に数度会っている。

 大抵は懴悔話をふんふんと聞いてやるに留めていたが、あんな殊勝げな顔をしていた彼がこんなことを陰でやっているとはさすがの高津もびっくりだ。

「そうだけど」

「何か勘違いしているようだから、説明するよ、今、時間はあるか?」

「説明を聞くまでもないわ。経理やってるあんたがわざわざ担当を買って出るからには、深ーい訳があるんでしょ?」

「俺は四月一日付けでここの所長になったんだ」

「……なるほど、それでたまたまやってきた瀬尾さんを見て、タナボタでおめでとうございますってとこね。それで親切な人を装って、自分の監視下に置こうって思った訳なんでしょう?」

「それは違う、誤解だ」

「どこが誤解?」

「……まあ、言い方に語弊はあるが、監視下に置こうって思ったのは事実だ」

「ほらっ!」

「だが、君が思ってるのとは逆だ。瀬尾さんの家は無防備で、近所にも家が少ない。だから防犯の観点から、セキュリティーのかなり厳しい、でも一番安い物件を紹介したんだ」

「それが監視下?」

「瀬尾さんが望んだ小学校が目の前という立地は、この辺りではそこだけだ。しかも、俺の家はそこから近い。何かあったらすぐに助けにいける」

「……え?」

「言ったろ? 夢の話を現実に持ちだしたことについて、俺はすごく後悔してるって。だからその償いを少しでもしたいって思ってる。これはみんな一緒だ」

 高津は少し慌てた。瀬尾は夢のことは知らない。

 後で聞かれたときにどう説明すべきか悩んでしまう……

「……みんなって?」

「村山さんと赤尾が話をした。そして罪の償いになるんならと、子供達のボディーガードをちょっとだけでもやることにしたんだ」

「む、村山さん?」

「悪かった、許して欲しいと赤尾が言ったら、彼が提案してきたんだ。細川に対して一番今弱いのは小学生の暁くんだと。その彼に何も起こらないように時々見守って欲しいって」

 高津は目を見開く。そういえば、村山は赤尾に電話すると言っていた……

「多分、あの男は前からそれを考えていたんだろう。瀬尾さんに俺のいる不動産屋を紹介するから、小学校から一番近いマンションを紹介して欲しいって頼んできた。それと、暁君が家に帰る時間帯にさりげなく花屋の配達時間や俺の外回りの時間を当てて欲しいと、妙に綿密なシフト表をよこしてきた」

 萌は顔を赤らめた。

「ごめんなさい、てっきり何かあるんだとばっかり思って」

「……ま、君たちにしたことを考えれば、そう思われても仕方がないよ。しかも村山さんがそのことを説明していなかったのならね」

「……ほんと早とちりでごめんなさい」

 こういうとき、萌は可愛いと思う。

 高津は、それでもまだ後藤を信用し切れていない。

 あるいはだからこそ、二人は二人でいる必要があるのかも知れなかった……

「後藤さん」

 高津はスピーカーに身体を寄せる。

 すると萌と至近距離になったので少しどきどきとした。

「高津君もいるのか?」

「はい」

 よこしまな考えを横に押しやり、高津は電話に集中する。

「細川はどうなの? やってきそうな感じ?」

「……その話はまた今度。とりあえず、瀬尾さんにお奨めした物件は俺が言うのも何だがいいところだ。キャンセルなんてしたら勿体ないぞ」

「それについてはごめんなさい」

 とりあえず口先だけは謝っておく。

「因みに、この件については瀬尾さんは何も知らないから」

「嘘をつくな。ダイヤルは瀬尾さんの家の固定電話になってる」

「あ、違った。電話を貸してくれただけで、瀬尾さんの意志に関わりなく俺たちが出過ぎた真似をしただけだから」

「わかってるよ。瀬尾さんは村山さんの紹介でうちに来たんだからね」

 もっともな話に高津は頷く。

「じゃ、また今度、話を聞かせて」

「いつでも説明するぞ」

「明後日……部活の後だから六時半頃、学校の側で」

「了解した。多少遅れるかもしれないから、メールは気にしておいてくれ」

 電話を切ると、至近距離で萌が顔を赤らめていたので高津は跳び上がった。

「どしたの、圭ちゃん」

「あ、いや」

 彼女の赤面の理由は後藤への電話対応のまずさだとわかっているのに動悸が停まらない。

「ごめんね、二人とも」

 事情がわかっていないながらも、瀬尾は彼らに謝る。

「私たちのために、色々考えてくれているみたいで」

「あ、いや」

 手を振った高津に、瀬尾は小首をかしげる。

「……で、後藤さんは今回の件の関係者な訳ね?」

「え?」

「それに夢の話って?」

「あ、それは後藤さんの将来の夢の話であって……」

 這々の体で、高津と萌は取り繕わねばならなかった。

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