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夢の後に  作者: 中島 遼
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郷土史資料館2

 翌日萌は、昼から一人で郷土資料館に行った。

 高津は試合で終日いない。

 城跡公園は小学校の低学年の時に遠足で行き、あと中学の写生会でも行ったが、自分から進んで足を運んだのは初めてかも知れない。

 昔来た時にはまるで近所のプレハブ造りの公民館みたいな建物だったが、かなり外観は変わっていた。

 二階建てで、池の側にひっそりと建っているそれは、萱葺屋根に漆喰風の壁で昔っぽくはあったが、入り口はどうしてか自動ドアだ。

「神尾さん」

「えっ!」

 予想外の声に跳び上がると、笑顔を浮かべた昨日の男子生徒の姿が目に入った。

「やっぱり来ると思ってた」

「えっ!」

 再度驚くと、相手は微かに小首をかしげた。

「でも、絶対高津がついてくると思ってたのに。一人で来るのは予想外」

「圭ちゃんは部活」

「そうだった。バレー部はいいとこ行ってんだ。うちは残念だったよ、あと一歩だったのに」

 高校総体の話である。

(……ということは)

 あと一歩だった部活を考え、次に髪型から類推すると、この男子生徒はハンドかサッカー。

 しかし、聞こうと思うが呼びかけられない。

 相手の名前を昨日のうちに高津から聞いておくべきだったと萌は悔やんだ。

「二階に書籍コーナーがあるよ。」

 萌は辺りを見回しながら階段を上がる。

 思っていたより中は広い。一階は戦国時代以降の展示品が飾られており、手前には鎧や兜、奥の方には二畳分ぐらいを占拠するひな人形などが見えた。

 面白そうなので後で見ようと思いながら二階に着くと、そこも最初は展示場になっている。

 一階に比べると地味であり、農具などが説明付きで並べられていたが、古い刀剣などもそれなりにある。

「この町は昔から技術屋が多かったらしいよ」

 刀に目をやりながら男子生徒が言った。

「鉄製器具の鍛冶屋とか、江戸時代は紙すき業の細工師とか、かなり技術力があったから、今でも大企業の下請けやってる町工場が多いのもそのせいだって」

「へえ」

 萌もきょろきょろしながら道具類を眺めた。

 小学校の時は全然面白くなかったはずなのに、今見ると結構新鮮に楽しめる。

「理数が得意な子が多いのもそのせいかな」

 萌は別として、彼らの学校は理系を選ぶ人間が多いと聞く。

 村山の出身高校である私立の名門校も、こんな田舎のくせに毎年難関国立大学の理数系に多くの合格者を輩出していた。

「就職考えたら理系の方が固いってのもあるよ。外国語や法学部あたりは別として、国文なんて明らかに食えないからな」

「……みんなもう、そこまで考えてるんだ」

 萌が呟いた時、入っていった資料室の奥に座っていた司書っぽい女性がこちらを向いてにっこりと笑った。

「あ、伊東君?」

「え? あ、はい」

(……そんな名前だったんだ)

 予想外の展開だが、男子生徒のIDをゲットした萌はほっとした。

 これで相手に呼びかけることができる。

「お母さんから聞いてるわ。今日、相談乗ってやってくれっておっしゃって」

「あ、いや、あの」

「何でも聞いてちょうだいね」

 真っ赤になって手をぱたぱた振っているところが何だか子供みたいだ。

「まったく、あいつ、余計なことを」

 言い訳がましく呟くのを聞き、ひょっとしたら彼は萌のために色々気を遣ってくれたのではないかと改めて悟る。

「よかったらこっちに来て」

 二人は司書の女性が案内してくれた椅子に座る。

「嬉しいわ。小学生の遠足でもない限り、ほんと、ここって人と話すことがないから」

 そうだろうなと思うと同時に、こんな仕事もいいような気がする。

(……滅多に人が来なくて、刀とか古いものに囲まれて和んでられて)

 村山の病院の売店のおばちゃんを第一希望とするなら、こちらは第二希望ぐらいの位置づけか。

「目録はこれ」

 あらましを伊東、あるいは伊東の母が話をしていたのか、既に用意されていた書類が目の前に並べられた。

「この中で興味のあるものを言ってくれたら出してあげるわ。とりあえず何か読みたいって言う場合はこの辺がお勧め」

 司書が指さした書籍の名前を萌は見つめる。

「……あたしが読みたいのは、この町に残る昔話なんです。特に強いお姫様が悪い魔物を退治する話がいいんですけど」

「多分、それは訳されてたと思うわ、ちょっと待ってて」

「……訳される? 日本語じゃないんですか?」

 伊東が不思議そうに尋ねると、司書は頷いた。

「現代語に、って意味。ここにあるのは活版印刷で刷られたようなメジャーなものは少ないから、基本は墨で変体仮名の古文だと思ってちょうだい」

 萌は頷いた。

「じゃ、済みませんが、あたしが読めそうなのをお願いしてもいいですか?」

 目録を見ても、どれも一緒に見えるので相手に任せる。

「じゃ、訳されてるのと、そうでないサンプルを見せてあげるね。勉強にもなると思うし」

 司書が席を外して二人になったので、萌は隣に座る伊東に目をやった。

「伊東君のお母さんが教育委員会の人なのね?」

「ほんとは小学校の教師だったんだけど、何か二年前に移動になって」

「……忙しいのに、あたしのせいでごめんね」

「え?」

「色々、頼んでくれたみたいだから」

 すると伊東は慌てたように首を振った。

「いや、違うよ、単純にこれは俺の興味だから。もちろん、神尾さんが来たらいいなとは思ってたけど」

「そうなの?」

「俺、こう見えてこういう古いものを見るの好きなんだ。だから気にしないでくれよな」

 彼は照れくさそうに首を振った。

「それに、ちょっとこれからどうしようか考えるきっかけになるかな、なんて」

 萌が首をかしげると、伊東は言葉を継いだ。

「食っていくのが難しそうな史学科の受験」

 みんな、真剣に将来のことを考えているのだと気がつく。

(……あたしなんて、冬の模試で偏差値見てからどこ受けるか適当に決めようなんて思ってるのに)

 萌が微かに自分を恥じたとき、司書が再び部屋に入ってきた。

「本って言うより帳面みたいだけど、これが原本の写し。そしてこれがその現代語訳」

 カビの生えたような薄緑っぽい和紙をめくると、何だか訳のわからない文字が並んでいる。

「これって、くさび形文字って奴?」

「むしろアラビア文字じゃないか?」

 古文で変体仮名と言われたとき、同じ日本人同士なのだから少しはわかるだろうと高をくくっていた。

 だが、正直英語よりも難しそうだ。

 萌は観念して書物を置くと、次に現代語訳と言われたA4ホッチキス止めの用紙を手に取る。

 ……清和の皇別、源氏傍流たる朝永四郎貞道が足を駐め、降魔一郷の長に推されしは……

「これも何だか日本語じゃないような気が」

「確かに」

 難しい漢字が多い。

 畢竟。

「……ってなんて読むんだろ」

「漢和辞典がいるよな」

 司書は口を出すでもなく、微笑んで漢和辞典を横に置いて業務に戻った。

(………簡単に考えてたな)

 一人でなくて良かったと思うのは、伊東の手際の良さと歴史の知識だ。

 三時間ほどかかって、ようやく萌が得た知識は、簡単に言えば、神主が萌に喋った内容と同じようなものだった。

「とりあえず、鎌倉時代に書かれた話ってことはわかった」

 伊東が言うと、たまたま様子を見に来ていた司書が軽く首を振る。

「舞台は鎌倉だけど、書かれたのは江戸時代だと思うよ」

「え?」

「だって、九条頼嗣ってありましたけど」

 歴史の得意な伊東が言うと、彼女は微笑んだ。

「書かれている舞台は鎌倉時代だけど、書いた人は江戸時代の人だって言われてるの。使ってる言葉とか文章がそれらしいから」

「へえ」

 奥の深さに感心する。

「他には現代語訳ってないんですか?」

「ボランティアでやってくださってる人もいるから、ちょっと聞いてみてあげる。普通、こんなものを読みたいっていう人は高校生じゃなくて、その道のプロだから訳なんて必要ないでしょ。だから翻訳版ってあまりなくて」

「ありがとうございます」

「でも、今日教えるのはちょっと無理だと思うから、貴方たちの連絡先を教えてくれる? って、あ、そうか、伊東君は伊東さんの電話でいいのね」

「はい」

 どうしてか伊東と行動を共にすることになりそうだ。

(……だけど)

 嫌な感じはしない。

 藤田あたりだと相当面倒くささが先に立ったのだが、伊東はむしろ便利な相手だった。

「連絡するからメアドもらえる?」

「うん」

 携帯電話を取り出しながら、萌は謝る。

「ごめんね、何もかも任せてしまって」

「いいんだ、むしろ嬉しいよ」

 伊東は笑った。

「俺、こういうの結構好きなんだ」

「ありがとう」

 萌もにっこり笑いながら、今日の進捗報告をどんな風に高津に知らせようかとわくわくした。

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