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夢の後に  作者: 中島 遼
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郷土史資料館1

 土曜課外ゼミと言う名の半強制授業をさぼって駅前の図書館に行った高津と萌だったが、さほど収穫はなかった。

「結局、こんなに探し回って、役小角えんのおずぬの短い話が一つか」

 役小角とは役行者の事である。

「しかもその話は小学校で聞いて知ってるもんね」

 高津は頷いた。

「やっぱり神主さんを張って、見つけて聞き出す方がいいのかもしれないな」

「一応、学校の帰りには毎日立ち寄ってるんだけど、会えないのよ」

「きっと、萌の行く時間帯にはいないんだ」

 恐らくそうだろう。

「そういえば、あの日は部活休んだもんね」

 萌が言うと、慌てたように高津は時計を見る。

「……そういや、のんびりしすぎたな。そろそろ飯でも食おうか、部活に遅れるとやばい」

「そうだね、じゃ、行こっか」

 引退後、部活には遊びに行くだけの萌は気楽だ。

「何食べる?」

「早いのはハンバーガーかドーナツ」

「じゃ、ハンバーガーだな」

 二人は仕方なく図書館を出たが、

「お、高津」

 声のした方を向くと、門の側に同年代ぐらいの男子がスポーツバッグを下げて立っていた。

「いいな、図書館デート?」

 高津は肩をすくめる。

「デートじゃない。もっとこう、ビジネスライクな感じの作業さ」

「おいおい、そんなこと言ったら神尾さん、気ぃ悪くすんぞ」

 相手が自分の名前を知っていることに驚いたが、だからと言って話をするのも変だと思って萌は沈黙を守った。

「事実だし」

 高津は機嫌の悪そうな顔で再度肩をすくめた。

「じゃ、またな」

「まあ待てよ、なんかちょっと興味あるな、神尾さんと二人で行うビジネスライクな共同作業って何?」

「……別に」

 珍しくむっつりとした高津に、男子は困ったように萌を見た。

「どうしたんだ、こいつ? 何か悪いものでも食ったのか?」

 目が合ってしまったので、仕方なく首を振る。

「あ、多分、全然関係ないあたしとデートだなんて言ったから、機嫌悪くなったんだと思うよ」

「……へえ?」

 不思議そうな顔をして、その男子は首をかしげた。

「ま、いいけど」

 何となく、このままだと高津の評判に傷がいくような気がしたので、萌は普段だったらそのままスルーする相手に話しかけることにした。

 こういうときは相手の望む応えを返してやれば、心も和むことだろう。

「ちょっと事情があって捜し物をしてたんだけど、あたしそういうの苦手で圭ちゃんが手伝ってくれたの」

「図書館で?」

「うん」

 高津が嫌な顔をしてこちらを見た。

「萌、もう行かないと部活に遅れる」

「お前の『彼女』じゃないんだったら、独占すんなよ」

(……げっ)

 話題が妙な方に転びそうだったので、萌はさらに慌てた。

「そういうんじゃなくて、ホントに時間がないの。お昼食べないといけないし……」

「あ、それだったら俺も交ぜてくれよ、ちょうどどっかで食おうと思ってたんだ」

「う、うん」

 生半可な返事を返してから高津を見ると、彼は小さく溜息をついて歩き出していた。

(ちょ、ちょっと……)

 この状態だと、嫌でもこの男子生徒と並んで歩かなくてはならなくなる。

(名前も知らないのに……)

 萌の場合、名前を知らないからといって、全然接触がなかったと断定するわけにはいかない。

 コンタクトレンズを入れてなかった二年の八月まで、話をしたこともない男子生徒などは同じクラスであっても文字通り目に入っていなかったのだから。

「何食いに行くのか決めてるの?」

「とりあえず、ハンバーガーで」

「どっち?」

 このあたりにはファストフードの店が二軒ある。

 萌が全国的に有名な方の名前を出すと、彼は嬉しそうに頷いた。

「良かった。女の子は大抵逆を言うんだよ、美味しいからって。だけどさ、何かあっちのは高くて小さくて物足りないんだ」

 確かに百合子や和実なら逆を言ったかもしれない。

「今、何のキャンペーンやってた?」

「えっと、確か」

 萌が銘柄を言うと、彼は少し悩むような顔をする。

「だったら俺、チーズバーガーを3つにしようかな。」

「え!」

「だって、値段ほとんど変わらないんなら、質より量だろ」

「良かったらクーポンあるけど」

「お、サンキュー! ポテトがLになるやつがいいな」

 何となくだが藤田に比べると、この男子は数段話しやすい気がする。

 ハンバーガーショップに行くまでにも彼は色々話をしたが、萌が聞き役で問題はないようだったし、たまに質問してきても萌の受け答え可能範囲な問いだった。

「高津、お前何にする?」

「俺は、そうだな……」

 いつもより幾分歯切れの悪い声で、高津がセットメニューを言うと、男子生徒は頷いた。

「じゃ、席をとっといてくれ、お前の分、買っておいてやるから」

 彼はこちらを向く。

「神尾さんも、もし決まってたら高津と一緒に座ってきてくれていいよ」

 一瞬、そうさせてもらおうとも思ったが、万が一おごられるようなことになっては面倒くさい。

「あ、あたしまだ決まってないから、並びながらちょっと悩むね」

 言いながら列に並んでいると、すぐに順番が来たので萌は自分が注文したものと寸分たがわぬ小銭を出してからトレイを受け取る。

 高津のオーダーは若干時間がかかったので、男子生徒は少し横で待っていたが、それもすぐに来たので二人で二階に上がった。

「お待たせ」

「ありがとう」

 高津は財布からお金を出して男子生徒に渡した。

「ぴったりはいいけど、この五円玉三枚と一円玉五枚は何とかならないのか」

「お前が二十円、おごってくれるんならそれでもいいぜ」

 高津の機嫌が直っているようだったので萌はほっとする。

「いただきます」

 白ブドウジュースを飲んでいると、男子生徒がこっちを見つめた。

「で、図書館で何を探してたの?」

「……色々あって、この町の昔話を集めてるの」

「え?」

「変人扱いしないでね」

 念のために断る。

「この町、何か結構色んな話が残ってるらしくて、で、そういうのにちょっと最近興味があって……」

「へえ、面白いね」

 感心したように言った相手は、いつの間にか二つめのハンバーガーの紙を向いていた。

「で、成果はあったの?」

「全然」

 萌は首を振った。

「役行者の話しかなかった」

「ま、そうだろうな」

「え?」

 ポテトをつまもうとしていた萌は一瞬手を止める。

「そうなの?」

「ほら、覚えてないかな、二年ほど前に郷土資料館が改装工事で新しくなっただろ?」

「そうだっけ」

 というより、郷土資料館の存在そのものが記憶の中で曖昧だ。

「その時にそういうのは全部あそこに集められたはずだ」

 萌は目を丸くした。

「すごい、そんなことよく知ってるね」

「俺の親が教育委員会だから、そういう話、よく聞くんだ」

「何で教育委員会だとそういう話を聞くの?」

「文化財とかそういうのは、教育委員会で管理するらしいんだ。ユネスコの世界遺産のローカルバージョンだよ」

「なるほど」

 わかりやすい例えだ。

「でもそんなことぐらい、図書館の人も教えてくれたっていいのにな」

 実は何となく恥ずかしくて司書には聞かずに自分たちで探した。

 萌はハンバーガーをかぶってごまかす。

「で、場所わかる?」

 郷土資料館のことだろう。

「わかんない」

「城跡公園の一番奥だよ。あんなとこに建てるから、目立たないし誰もこないんだよな」

 ふと見ると、高津はもうセットを食べ終わっていたので萌も慌てて食事を済ます。

 男子生徒は気さくな感じで喋っていたが、食べるスピードは速くて、ポテトのLサイズもコーラも瞬く間になくなる。

 ひょっとしたら萌の食べるスピードに合わせてくれたのかもしれない。

「じゃ、そろそろ部活行こっか」

 キリのいいところで萌が高津に視線を送ると、男二人は立ち上がった。

「高津、お前、そう言えば自転車じゃなかったっけ」

「学校に置いてきたんだ」

「そりゃご苦労だな」

 三人は店を出て、バスに乗って学校に向かう。

(……ってことは、この人も部活があるのかな?)

 聞いてみようかと思ったが、呼びかけのための固有名詞がわからず、萌は黙った。

 幸い、彼は高津と会話をし始めたので、萌は少しほっとして後に続く。

 バスから降りてもそれは変わらなかった。

「じゃね」

「おう」

 最初は高津、次に男子生徒が手を振って萌の視野から消えていく。

「……郷土資料館、か」

 何だか確かにいろんなものがありそうな気がする。

(……今日は無理だろうから、明日行ってみよう)

 萌はふと空を見上げた。

 確かに、人の輪が広がると視野も広がる。

(大事なことなのかもしれない……けど、やっぱり面倒くさい)

 萌は微かにため息をついた。

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