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夢の後に  作者: 中島 遼
11/61

招待1

 朝一番、時間が取れないかという高津からの電話があった。

「……ごめん、そうだな、七月の末か、八月初めなら予定、取れるかも知れない。空いたら連絡するよ」

「随分、先だね」

「……済まないな」

「村山さんも驚くようなニュース、萌が聞いてきたから直接話したくて」

「悪いニュースか?」

「いや、そんなんじゃない、安心して」

「ありがとう……じゃ、直接会える日まで悪いけど取っておいてくれ」

「わかった。朝早くからごめんよ」

「いや、こっちこそ、メールの返事を返さなくてごめん」

 少しの沈黙。

「……あの、村山さん」

「何?」

「あか……、」

 何か言いかけた高津はそこで言葉を止めた。

「いや、長くなるといけないから、またにするよ」

「赤尾が何か言ってきた?」

「えっ!」

 図星だったようなので彼は微笑む。

「俺で良かったら電話しておくよ。そろそろ向こうから何か言ってくる頃だと思ってたんだ」

「村山さんには何も隠せないな」

 溜息が聞こえる。

「俺と萌で会おうって言ってたんだけど」

「可能であれば、俺から話をさせてもらえれば嬉しいけど」

「でも、村山さんは忙しいんだしさ……」

 高津は多少の抵抗を見せ、少し言葉を繰り出してきたが、最後は小さくため息をついて村山に同意した。

「……わかった、任せるよ」

「ありがとう」

 村山の心配は暁だった。

 瀬尾たちがこちらに帰ってきたことによって再び兄妹は危険な状態となっている。

 夕貴は瀬尾が始終一緒なのでまだ問題はないが、暁は小学校の行き帰りに一人の時間があるので更に不安だ。

 せめて、小学校に近いところに引っ越しをしてもらい、そして暁の通学時間に目となる人物が複数いるとさらに嬉しい。

 後藤と前川は、罪をあがなうというつもりでこちらに連絡を取ってきているので、既にこの件についての依頼はした。

 彼らも彼らなりに、他のメンバーで信用できそうな男を誘って、償い代わりの労働を買って出ようとしている。

 それについて、赤尾は不安に思っていることだろう。

 彼の下にいたと思っていた人間がぱらぱらと離れていくのだ。小心者の彼はきっと耐えられないに違いない。

(……だから)

 赤尾のプライドを維持したまま、こっちのグループに取り込むような方法を村山は算段していた。

「またその首尾については教えてよ?」

「ああ」

「じゃ、また電話するよ。もう家を出る時間だろ?」

「済まないな」

「仕事頑張ってね」

 村山の現在の状態を知ってか知らずか、多少残酷な響きのある言葉を残して高津は電話を切った。

 一つ息をつき、村山も電話を置く。

 そうして顔を上げると、会社に出かける直前の詩織と目があった。

「ほんと、忙しそうね」

「まあな」

「疲れてるんじゃない?」

「それほどでもないよ」

「……昨日も遅くまでパソコンしてたわね?」

 感情が顔にでないように自制する。

「だからこそ、疲れてないって言えるだろ? 夜、遊べるほどなんだから」

 詩織は仕方なさそうに頷いた。

「ま、そうとも言えるけど」

 そして不安そうにこちらを見る。

「……あのね、今日は私、早く帰れると思うから」

 村山は軽く首を横に振る。

「無理しなくていいよ」

「……じゃ、行ってくるね」

 詩織はぎこちない笑顔を向け、部屋を出て行った。

 その背中を見送りながら、村山はコーヒーを一口飲む。

 何度も彼宛に届いていた招待状が再び届いたのは三日前。

 強引な待ち合わせ日時指定については今回も彼は無視したが、送りつけられたという事実に対しては積極的に応じた。

 だが、送り主を逆探知するための網を幾重にもかけておいたにもかかわらず、敵は逃げた。

 それは村山の技量不足というよりは、あまりに破廉恥な行為に手を出すことを躊躇したためだが、悔しいことに変わりはない。

(それに……)

 そんなことよりもさらに彼を悔しがらせる事が別にあった。

 村山は、昨夜のことを思い出して唇を噛む。

 彼がパソコンをいじっている最中、何となく感じた違和感。

 何がおかしいというのでもない。慣れ親しんだ自分の部屋に、誰かが入って微妙に物を触って去ったような感触が、彼の心をざわめかしたのだ。

「まさか……」

 嫌な予感を禁じ得ず、自分でも馬鹿げたことだと思いながらも彼は自分が行った行為以外の変化をチェックした。

 パソコンに命令して、妙な物がないかを探させてから二時間。

 ノックの音がさっきから耳の奥に届いていたことに気づいて後ろを振り向く。

「どうぞ」

 ドアが開くとともに、詩織が姿を現した。

「……今日も遅いの?」

「もうやめるよ。明日は病棟勤務だから、ちょっと気が緩んでのんびりしているだけ」

「……ほどほどにね」

「ああ、お休み。俺もすぐに寝るから」

 村山はディスプレイに視線を戻した。

 解析の終わったパソコンは、プログラムファイルはもちろん、どこにも怪しいものはいないと告げている。

「……いつもそう言って、二時を回っても起きてるじゃない」

(……俺の思い過ごしか)

 思いながらも、何かしら不安に思った彼は念のために別の観点から、再度ファイルを一つずつ開いて確認を始めた。

 通常検索で引っかからないような細工がされている可能性もあったからだ。

「本当に無理しないで、大事にしてよ」

「ああ、わかってる」

 言いながら画面を注視していた村山は、驚くべき物を発見して息を止めた。

(……同じバッチファイルが二枚。日付も同じ?)

 滅多に使わない、メーカーお仕着せのつまらないファイルだ。これを村山が間違ってコピーしたとは考えにくい。

 誰かがここに何かを仕掛け、村山にばれないように通常のファイルの振りをさせてここに仕舞っているとしか考えられないが、

(だったら何故、さっきからの検索で引っかからなかった?)

 彼は目を皿のようにして、高速スクロールさせた画面の文字を追った。

(……しかも、どうやって)

 何か彼が受け取ったメールに細工があったのか?

 それとも、まさか家に忍び込んで……

「な、何だとっ!」

「……涼ちゃん? どうしたの?」

 詩織の言葉にも応えず、彼は怒りに震えて画面を見つめた。

 最後の一行に付け加えられた言葉を除いては、このファイルに異常はない。

 ならば、その最後の行、/* ご苦労様 */という言葉が書き込まれた理由は、単純に彼を愚弄するためだけのものだ。

「悪いが先に寝てくれ……しばらくかかる」

 やっとの思いでそれだけを口にして、彼はそのファイルを終了した。

(……いつの間に侵入したんだろう)

 しかも敵は、それをわざわざ村山に教えて平然としている。

 今すぐにモデムを切りたいという衝動に駆られたが、彼はかろうじてそれを我慢した。

(……まさか、俺のためだけにウィルスを作ってくれたのかい?)

 市販のファイアーウォールは日々更新されている。

 それ以外にも彼の思いつく範疇での防御用ソフトを作って走らせているので、新種のものでなければ駆除できるはずだ。

 再度彼はコンピューターの中をくまなく探し、もう一種類、同じようなファイルを発見した。

 その行の最後は、/* 英莉子より */という言葉が付加されている。

(ちくしょう)

 やっきになった彼は次に原因追及に挑み、結局明け方四時頃になって、ようやく彼らが彼のパソコンを支配下に置いている訳でなく、彼がそのアプリケーションを持っていることを見越して、そのバッチファイルだけをパソコンにコピーさせたということが判明した。

 それは村山に送りつけてきたメールの開封で行った訳でなく、彼がよく利用する医学書専門通信販売サイトのメルマガに仕込まれていたのだ。

 しかも、どうやって知ったのか、罠が仕込まれていたのは彼が興味を引かれてクリックする英文雑誌や医学書だったのだ。

 解析すると、たったそれだけのいたずらを仕込むために、彼らがどれだけ前から手を替え品を替え、時には数の力を頼んで攻撃したかがわかる。

 招待状に彼が呼応して戦ったことすら、またその布石となっていた。

 もちろん、害のないいたずらだったからこそ、今まで彼も気づかなかった訳だが、

「馬鹿にしやがって」

 思わず唇を噛む。

「……みてろよ、いつまでも俺がやられっぱなしだと思うなよ」

 しかし、そう言いながらも村山は、これまで味わったことのない奇妙な興奮に自分が包まれていることに気がついて当惑した。

 それは、彼が持ったためしのない闘争心であり、甘美な魅力に満ちていて……

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