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夢の後に  作者: 中島 遼
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神社

 萌に誘われて、彼女の家の近くにある寂れた神社の石段に座った高津は溜息をついた。

「リソカリトにそんな意味があったなんて……」

「暁の家庭がそんな状態だったなんて……」

 萌と高津はお互いの情報を交換し合ったのだが、それはどちらもひどく彼らを考え込ませる内容だった。

「村山さんにも伝えなきゃな」

「うん」

 高津は萌を見て、そして仕方なしに言葉を出した。

「いつも俺ばっかり連絡してるから、今度は萌から電話しなよ」

 本当はそんなこと言いたくはなかったが、絶対に叶わないとわかっている思いに対して、時々彼は寛大にならねばと思うのだ。

(……っていうか)

 たまには萌にエネルギーを充填しておかないと、気づいたときには落ち込みのあまり黙って動かなくなってしまいそうな気がする。

「でもね、この話は電話よりも直接したほうがいいと思うんだけど」

 電話よりも逢いたい気分が上のようだ。

「じゃ、村山さんの都合、聞いておいてよ」

「圭ちゃんから電話しておいてくれない?」

「なんで?」

「うざいって思われたくない」

 高津は萌にばれないように息をそっと吐き出した。

「…………わかった」

 湿気の多い風が吹いたが、雑木林を抜ける間に少しさわやかな感じになるのかさほど暑さは感じない。

「ここ、いいな」

「でしょ?」

 人もあまり来ないし、木々も多くて一種のヒーリングスポットだ。

(……これがデートだったら、もっといいんだけど)

 そしたらもう少し近寄ったり、肩に触れたりとか、場合によってはキスなんかもできるのに……

 と、やましい気持が伝わったのか、萌が突然立ち上がって石段を下りた。

 隠しきれないような大きな溜息がどうしてかこぼれる。

(……馬鹿だな、俺も)

 やりきれない気持を吹っ切るように、高津は頭を切り換えた。

「それとね、萌にもう一つ伝えないといけないことがあるんだ」

「何?」

「……赤尾が俺たちに会いたいって」

「え?」

 何故か地面に屈み込んで草をむしっていた萌が顔を上げてこちらを見る。

「何故?」

「相談したいことがあるんだって」

「圭ちゃんに?」

「俺って訳じゃないと思う」

 萌は再び草をむしった。

 そして考え込む。

「じゃ、あたしも一緒に行く」

「え?」

 高津は眉をしかめた。

「罠かもしれないぜ?」

「本当に困ってたら?」

 その確率の方が高いような気がしないでもない。

「……だったら俺一人でもいいような」

「罠かも知れないじゃない」

「……だから迷うんだよな」

「迷う必要ないって。当たって相手を砕くだけでいいのよ」

 萌は立ち上がった。

「圭ちゃんにこんなこと言うのも何だけど、あたしたちは二人一緒の方がお互いの力を有効に使えると思う」

 それはそうかもしれない。

「ま、俺の力は逃げることにしか使えないしな」

「あたしがアクセル、圭ちゃんがブレーキ。車にはどちらも必要なの」

 高津は顔をしかめた。

「何それ、村山さんの受け売り?」

「ばれたか」

 口の中に苦い味が広がったような気がしたので、高津はポケットからハッカ味のタブレットを取りだした。

「あたしにもちょうだい」

 出された手を睨み付ける。

「……駄目だよ、草むしりして手が汚い」

「こんなぐらい平気よ、心配性なんだから」

 仕方なく萌の手のひらで綺麗そうに見える場所に一つ載せる。

「ありがと。……でね、赤尾の話に戻るけど、悩み事相談だったらどうする?」

「……聴いてやらない訳にはいかないだろうね。内容によってはひと肌ぬぐこともあるだろうし」

 萌はにっこりと笑った。

「圭ちゃんは優しいね」

「萌だってそうだろ」

「……あたしは聞くだけは聞くけど、内容によっては切り捨てるかもしれないわよ」

「君にはそんなことできないさ」

「どうだか」

 萌は微かに顔を曇らせたが、すぐにいつもの明るい表情に戻った。

「まあ、同じ姫の子孫同士、助け合わないといけないとも思うし」

「そのことなんだけど」

 高津はタブレットを口に入れる。

「前からちょっと気になってたことがあるんだ。それが萌の話を聞いて繋がったような気がする」

「何?」

「暁も夕貴も、夢の前からテレパシー能力を持ってたろ?」

「うん」

「俺も、まあそうとも言えるし」

「そういえば、夢を見る前から予知夢見てたみたいなことを言ってたね」

「村山さんもさ、詩織さんに聞いたら、高校時代、家で勉強しているとこ見たことなかったって。本人にやる気さえあったら、もっと凄い成績取れたんじゃないかって言ってた」

「それは単に昔から賢かったって言うだけの……」

 萌は言葉を止めて高津を見た。

「ひょっとして、最初から天才だった?」

「かもな」

 高津は座っている石段の二つ上段についていた肘を離した。

「ほら、前に黒い人が言った言葉、萌が教えてくれたろ?」

 そうして膝の前で手を組む。

「俺たち五人が揃うことって、絶対にあり得ないぐらい低い確率だったって」

「うん」

「もし、それが最初から備わってる力だったら?」

「え?」

 高津は少し横に詰めて、萌が座れるようにした。

「夢ではリソカリト、ってのは緑のお化けを守る集団にとっての異端者を指す意味で使われていた。だけどそれが、この土地にたまたまあった言葉が適当だったから使われただけだとしたら?」

「どういうこと?」

「本当のリソカリトと、夢で便宜的に呼ばれていたリソカリトは違うものかもしれないってことさ。村山さんも前に言ってた。今回のことがフランスで起こってたら、リソカリトじゃなくて魔女って呼ばれたんじゃないかなって」

「なるほど」

「だから、前川さんたちは感染発症しなかった方の魔女的リソカリトなんじゃないかな。で、暁たちや村山さんは漢字の離生何離人」

「圭ちゃんもね」

 萌は高津の横に座りながら、小さく溜息をついた。

「何だかちょっとショック。またあたしだけ仲間外れだ」

「どうして?」

「あたしは夢を見るまではごくフツーの高校生で、手から熱線出したりしなかったもの。みんなと違って姫とは関係ないのよ」

「他のリソカリトの人に比べたらかなり異常な力さ。きっと萌も姫の子孫で、眠ってた力が覚醒したんだと思うよ」

 姫、というのはあくまで伝説で、本当にいたかどうかも怪しいのだが、そこは女の子の夢を潰さないように高津は言葉を選ぶ。

「……いいのよ、なぐさめてくれなくても。ちょっと一体感が薄れちゃっただけだから」

「村山さんだって、夢を見るまでは八桁同士のかけ算を瞬時に暗算でなんてできなかったんだ。俺も敵意を色で見分けるなんてことできなかったし、全員、夢でスキルが上がったのは確かだよ」

「……そっちは病気で発症した魔女的リソカリトの力なんじゃないの?」

 高津は少し言葉に詰まった。

 そうでないという確証はどこにもない。

(……言わなきゃよかったかな?)

 それでなくても萌は夢の中でも自分だけお荷物だと思いこんで疎外感を思いきり抱えていたらしい。

 この話で再びその気持が甦ったのなら申し訳なかったと思う。

 でも、

「萌はなんだかいつも、コンプレックス強すぎだよ」

 大きな目を開けてこちらを見る萌を臆さず見つめる。

「自分を過小評価しすぎ」

 結構可愛いのに、自分は可愛くないと思いこんでるとこや、自分がいつも他人の足を引っ張っているのではないかという不安感。

「それと、その意味のわからない疎外感は何とかした方がいいと思う」

「え?」

「俺たち、こんなに繋がってるんだぜ? 今更何を疑ってるのさ」

 どうしてか萌は目を見開いたままこちらを見ている。

 その表情はひどく切ない。

(……言い過ぎた、かな?)

 大したことを言った訳ではないはずだが、自分は知らずに萌の心の奥をえぐってしまったのではなかろうか。

「ごめん」

 高津は慌てて謝った。

「何が?」

 かつて彼は、女の子はこういうときには涙を流すものだろうと漠然と信じていた。

 現実に以前付き合っていた子はすぐに泣いた。

 今みたいに少しきついことを言った場合はもちろん、彼が他の女子と喋ったとか、メールの返事をすぐに出さなかったということが全て泣く理由になった。

 最初はそれが可愛くて、別の生き物みたいに思えて新鮮だったが、やがて面倒くさくなった。

「なんか、勝手なこと言ったかなって」

「圭ちゃんの言うことはいつも概ね正しいと思うから、胸に刻んでおくね」

 だが、萌は泣かない。

 夢の中でも、ゲームの中でもあまり泣かない。たまに泣いたと思っても、人が死んだか九死に一生を得た時だ。

 最初はそれに感嘆したし、尊敬もした。

 だが、今ではそれが少し寂しい。

 そしていつも思ってしまう。

 村山相手なら、泣くのかも知れないと……

「……概ねって、どういうことかな?」

「ほとんど全部」

 可愛い笑顔にまた溜息がでる。

「ね、圭ちゃん」

「何?」

「あたし、ここの神さまの話、もっと知りたいって思う」

「…………え?」

 あまりの話の切り替えの早さに高津は口を一度開けて再び閉じた。

「リソカリトの話を、集めてみたいなって思って」

「……あ、うん……そうだね」

 高津は男女を超えて、別の生き物のように見える萌を眺める。

「神主さんは言ってた。姫の血の濃いとか薄いとかはあっても、この辺りの人は多かれ少なかれ姫の子孫って言っていいんじゃないかって」

「うん」

「だから、ルーツを調べたいんだ」

 高津は頷いた。

「手伝うよ」

「ありがと。でも、いつも圭ちゃんばっかり色々させてるから、無理しないでいいよ」

 びっくりするほど愛らしい笑顔に、高津は気弱な笑みを返す。

 そして村山に激しく嫉妬した。


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