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来訪者⑤

”稜線の彼方から延びる手によって、まもなく手折られようとしている花より。黄金色の谷風を待ち望んで。” ----なんだ、これ」


太陽はすっかり登りきっていて昼食まであまり時間がない。

ジュリアンの寝室で、アンは時計とにらめっこしながらジュリアンの着替えを手伝っているところだった。カウチに腰を降ろすジュリアンの足元に置かれた衣装籠かご

には、泥で汚れた乗馬グローブとソックスが入っている。次はシャツを取り換えなくてはならない。

一方のジュリアンは呑気のんきなもので、明け方自分宛に届いていた封書を開けてその内容を気だるげに読み上げていた。


「”今宵、声なき歌い手たちが羽毛の楽器を片手に・・・”えーと、”闇夜を闊歩かっぽ

する者の足跡そくせきを追う”・・・・・・。一体どういう意味なんだろう?まるで魔女の言葉みたいだ」


ジュリアンが眉間にしわを寄せるのも無理はないほどに舌がもつれるような回りくどい文章である。こんな謎解きのような書体が3枚にもわたつづられていた。


手紙の差出人は”モニオット姉妹”こと、アレクシアとフランシーヌである。

隣町に住む意地悪で高慢ちきな双子の姉妹で、その傍若無人ぼうじゃくぶじんぶりには彼女らの父親でさえ手に余るといわれている。被害をこうむったのはジュリアンとて例外ではない。幼少の頃、モニオット姉妹の歯に衣着せぬ物言いに枕を濡らした経験は一度や二度ではなかった。「世間知らず!意気地なし!女男!」-----そんな侮辱と甲高い笑い声が脳裏に思い起こされる。


ジュリアンは悪夢を振り払うように勢いよく頭を振った。そんな様子を気遣うように見上げたアンの瞳とかち合う。モニオット姉妹もアンも同じ年齢の女なのに、なぜこんなにも違うのか不思議でならない。そんな優しきアンは、ふと思い出して今朝の出来事を伝えた。


「お手紙を持ってきてくださった方は、それは文学サロンへの招待状だとおっしゃっていたそうです。お嬢様方は、ぜひ坊ちゃんにも来ていただきたいと」


ジュリアンにとって青天の霹靂である。一度は押しやった悪夢が嵐のように舞い戻ってきた。高ぶった感情がそのまま怒声になって吐き出される。


「冗談じゃない!魔女のサロンなんか絶対に行くもんか!」


怒声に驚いたアンの指が滑ってシャツのボタンを外し損ねた。ジュリアンは構わずに乱暴に残りのボタンを外すと、荒々しくベッドの上にシャツを放り投げた。乾きかけた泥がベッドのシーツにぱらぱらと散らばる。アンはなだめるように彼の膝に手を置いた。


「まあ、そんな酷いことをおっしゃってはいけません。お嬢様方は坊ちゃんの来訪を心待ちにしていますもの。きっと悲しまれますわ」


「悲しみやしないさ、いっつも僕のことをいじめるんだ。僕のことが大嫌いなんだよ」


「いいえ、それは違います」


膝に置かれた手に力が籠もった。手のひらの熱が、キュロットの厚い生地を通してジュリアンの膝にぬくもりを与えてゆく。

俯いたアンが、慎重に言葉を選ぶようにぽつりぽつりと漏らした。


「お嬢様方が坊ちゃんのことを大嫌いだなんて、そんな筈がありません。坊ちゃん、どうかもっと広い見解をお持ちくださいませ。普通はわざわざ、嫌いな方に手の込んだお手紙を綴ったり、大事なサロンにお招きしたりなさいませんわ。

出過ぎたことを申し上げているのはわかっています。わたしは卑しい立場ですから、お嬢様方のお気持ちを代弁するなんておこがましいことはできません。けれど、お気持ちを察して差し上げることくらいはできます」


「モニオットの気持ち?」


アンは頷き、口を開きかけた。が、その唇からはジュリアンが期待したような答えは聞けなかった。


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