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訪問者③

ジラルド氏は、差し出されたジュリアンの手を握り返した。大きさも骨格も異なる2枚の手のひらが重なる。

そして、おかしなことに、彼らの間にしばし沈黙がおりた。それは奇妙な間であった。

そのまま微動だにしない両者だったが、ジュリアンの口元が笑いを堪えるように震え出すと、それを見たジラルド氏が破顔してとがめた。


「あ、駄目じゃないか!せっかく上手く化けていたのに。勿体ないなぁ」


ジュリアンは無邪気にジラルドの脇腹を小突いた。


「ジラルドさんだって、目がずっと笑ってたよ。ひどいや、人を馬鹿にして」


そう言って小さな眉間をひそめ、いかにも機嫌を損ねたかのようにしかめっ面をして見せる。しかしすぐに口角を吊り上げて笑顔を見せた。


「いやいや、随分と様になったものだなぁと感心していたんだよ。少なくとも、さっきまで私の目の前に居たのは麗しの”若旦那さま”だったからね」


「ほらやっぱり! 馬鹿にしてるじゃないか!」


ジュリアンが明るい笑い声をあげた。

はたから見ればまるで兄弟のような微笑ましいやりとりである。既に”若旦那様”の仮面を脱ぎ捨てたジュリアンの笑顔は、普通の少年となんら変わらない。純真無垢で、天真爛漫てんしんらんまんな少年だ。

この「湖の精霊」とまで称される美少年の、さきほどのような品の良い微笑みも結構なものだが、こちらの子供らしい屈託のない大笑いのほうがよっぽど好感が持てる。


「さて、君とのおしゃべりはとても楽しいけれど、今は屋敷まで丘を登らなくちゃ。もちろん君の乗ってきた馬で私の荷物を運んでくれるんだろう?」


「仕方がないなぁ、放っておいたら昼食に間に合わなくなっちゃうからね」


「ハハハ!ありがとう。本当に助かるよ」


ジラルドの荷物は、通常の旅支度の量をはるかに上回っていた。海沿いの首都から内陸の辺境ミンネルまでの長旅に備えた荷に加えて、商売道具であるキャンバスや絵の具なども必要だったからである。そのため、荷を括り付けるのに少々時間がかかった。


ジュリアンは重い絵の具箱を馬の鞍に引っ掛けるのに手こずり、何度も背伸びした。しかも彼はジラルドの手助けを拒んだので、しばらくの間待たなければなかったのだ。



彼が荷を括り付ける間、馬は身じろぎもせずおとなしく立っていた。良くしつけられており、幼い馬主のことを信頼しているようだ。


「しばらくの間に馬術が上達したようだね」


褒められてまんざらでもない様子で頷いたあと、ジュリアンは軽く肩をすくめた。ませた仕草で苦笑を浮かべている。


「まぁね。……まったく、最近は父さんが教育熱心で困るよ。毎日毎日、勉強とお稽古で息が詰まるんだ」


「そう」


「あの人ね、僕がこんな風にジラルドさんとお話ししてるって、これっぽっちも気づいてないんだ」


不意にジュリアンが父をそしった。

何気ない風を装っているが、語気が荒々しさは隠しきれていなかった。



「そうかね」

と、ジラルドは曖昧に相槌を打った。


ここ数年のうち、ジラルドは少年が抱く父親への反抗心を確かに感じ取っていた。少年は、父親からの愛情の欠乏を責めているのだろうか。こんな風変わりな画家と親密にする息子に気づかない、父親ランバンのことを。


(果たして本当にそれだけだろうか・・・・・・)


ジラルドはランバン氏というパトロンを得たのを契機に頻繁にミンネルを訪れるようになった。当初はジュリアンの事など気にも留めずただ仕事のために訪れていたが、ひと度ジュリアンと言葉を交わしてから親しくなるまでに大した時間はかからなかった。


実を言えば、そのような関係に持ち込んだのはジラルド氏のほうである。もしも、立場の違うこの2人の、馴れ馴れしい姿が見られたら、村の人々やランバン氏に眉を顰められ、瞬く間に悪評が広まるだろう。そうなればジラルドはパトロンを失い、画家人生は一巻の終わりになる。


だが、そのリスクを重々承知したうえで、ジラルドはジュリアンに気安く接した。そうするだけの価値をこの少年に見出していたのだ。



(貴族のお坊ちゃんとは思えぬ気骨がある子だ。きっと大成するに違いない)



そんなジラルドの期待を裏付けるように、ジュリアンは会うたび逞しく成長してきている。


(父親への反抗心と反骨精神が良い方向に転べば良いのだが。)


ジラルドは、馬の手綱を引くジュリアンの小さな背中を見下ろしながら、この少年に待ち受ける未来が自分と同じ苦境にならないよう願った。


パトロン=芸術家らの活動を支援する資産家、企業のこと。

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