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来訪者②

「相変わらず素敵な方ね。なんて勇ましい瞳をしていらっしゃるのかしら・・・・・・」


ジラルドの後ろ姿を見送りつつ、ひとりが夢見心地で熱いため息を吐く。すると女たち皆が口を揃えて同意を述べた。


「ええ、本当に。まるで戦場へおもむく騎士のような、決意を秘めた眼差しをされているわよね。それに、近頃ますます男っ振りが増したわ。

といっても、描くのが風景画ばかりではアカデミーも評価しにくいのでしょうけど」


「いつものように、暫く此方に滞在なさるのでしょうね。もし、彼がスケッチしているのを見かけたら、私が差し入れに行くわよ」


「ミンネルの風景画を描いた絵画はごまんとあるけれど、ジラルド氏の《夕陽に染まるミンネル》が断トツの一番よね。

それにしてもアカデミーもかたくな過ぎるわ。いくら新鋭の風景画家が気に入らないからって、あれほど才能に溢れる方を拒み続けるなんて」


「いっそのこと、個人のアトリエを開いたらいいんじゃないのかしら。そうすればアカデミーも口出しできやしないもの」


「それがいいわ。ランバン様もご協力なさるはず」


「そうね、ランバン様はジラルド氏のパトロンだもの。そうなったら素敵だわ」



女たちのおしゃべりが、洪水のように溢れ出す。


このミンネルという土地に来訪者が訪れるのは、なにも珍しいことではない。美しい自然や長い歴史に魅せられて、巡礼者や旅人、文化人など数多くの人間が年中訪れている。

博識な領主ランバンの人柄や、令息ジュリアンの美しい容姿も、ミンネルの評判に一役買っているといっても過言ではない。


旅人は見慣れているとはいっても、ジラルドのような若きスターは若い女たちにとって恰好の話の種だった。



「もしかしたらジュリアン様も、丘から降りていらっしゃるかもしれないわね」


「そういえば、この頃ジュリアン坊ちゃんも一層美男子に成長されたわ」


噂話がジュリアンにまで及んだところで、しべむしっていた老婆がとうとう呆れて終止符を打った。


「これこれ、御嬢さんがた。足も一緒に動かしなされ」


女たちは顔を見合わせてくすくすと笑いあって、また足踏みと共に歌い始めた。






          †          †         †





ジラルドは丘の麓に到着したところで漸く一息着いた。旅道具や画材諸々の荷物を足元に置いて大きく伸びをする。疲労困憊である。


そして、丘の上方に聳え立つ白い城壁を仰ぐと、


「なぜだろう……。ここに来ると、普段よりも深く呼吸ができる気がするな」


ため息と共にそう漏らし、長旅で疲れきった顔に晴れ晴れとした表情を浮かべた。


彼がミンネルを訪れるのは久々のことであった。都会はなにかと忙しい。

しかし、この地に来るとアカデミーとの確執なんて、些末でとるに足らない事に思えてくるから不思議である。

このときばかりは煩雑で嫌気の指す人間関係や、製作のプレッシャーからもすっかり解放されるのだ。



(さて、満足するのはまだ早いぞ。この丘を登ってランバン氏とそのご子息にお会いするのだ)


ジラルド氏が意気込んで再び歩みを進めるとすぐに、遥か前方に何らかの気配を感じた。微かに何かが聞こえた気がしたのだ。


ほどなくして、そのジラルドの憶測は正しいことが分かった。

丘の上から牝馬の嘶きが響き、ジラルドの耳に届いた。耳を澄ませると、蹄が地面を蹴る規則的な音が徐々に近づいてくる。

やがて毛並みのよい馬がジラルドの目の前に姿を表した。


ジラルドはゆっくりと帽子を脱いでうやうやしく馬上を見上げた。

乗り手を見上げた彼の表情は先ほど水場の女たちに見せたものとは全く異なり、視線には尊敬と親愛の情が籠っている。



「お久しぶりでございます。ジュリアン殿」



視線の先、馬の主は湖のように透き通った瞳に再会の喜びを示して答えると、小柄なからだを滑らせてゆるやかに地上に降り立った。


「お久しぶりですね、ジラルド様。いらっしゃるのを心待ちにして居りました」


「有難うございます」


「ルシエルエテールからの長旅では、さぞお疲れでしょう」


白い小さな手を差し伸べて、一回りも年上のジラルドを労う。この、大人に近づきつつある少年、彼こそがミンネル領の次期領主ジュリアン=ド=ランバンである。


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