永い夜
その夜は光り輝く夜だった。しとしと降る雨の中、蛍光灯の光がぼんやりと白く道路を照らしている。蛍光灯の光はそこに白いわっかをつくり、公園の安っぽいパステルカラーをメタリックに光らせていた。蛍光灯の光で雨の白い粒が見える。不自然に人工的な、厚みの無い夜だ。静かに、さらさらと雨が降り続けている。僕は近くで買った缶ジュースを片手に、かさをさして歩いていた。薄っぺらで明るい光に、僕の頭も空っぽになっていた。すがすがしい軽さだった。公園を通り過ぎて、田んぼの近くを通ったとき、電柱の下にしゃがんで、かさもささずにうずくまっている女がいた。紺のスカートにクリーム色の毛糸のカーディガンで、そのカーディガンも濡れるに任せていた。ぱっと見たとき、人間だととっさに認識できなかった。蛍光灯に照らされて、白と紺のコントラストの大きな塊に見えた。女はまだ若いようだ。長い黒い髪が濡れて、カーディガンにへばりついている。蛍光灯の無機質な明かりに、髪には光の輪ができている。彼女は顔を手で覆って、しゃくりあげるように泣いている。僕は声をかけようかどうしようかためらっていた。あんまり雨がじわじわと彼女を濡らすので、それに見とれていたのかもしれない。「・・・辛くて・・しくて・・」しゃくりあげの合間合間から、彼女の声が聞こえて来た。一生懸命声にした、という感じの、震えた、小さな声だった。「どうかなされたんですか?」僕は思い切って聞いて見た。答えを待つ間に、ヴォーンと車が行きすぎた。一瞬の間を置いて、また雨の音が戻ってくる。サーっという雨の音しか聞こえない。雨は彼女の髪を濡らし、髪の毛の一部は彼女のあごに張り付いていた。そこから雨のしずくが伝い、彼女の陶器のように白く形のいいあごの先からしずくがぽたぽたと落ち、カーディガンに灰色のしみをつくっていた。彼女は震えながら喋り始めた。ときおりしゃくりあげて声を詰まらせながら、雨にうたれた小鳥のように震えた声で彼女は続けた。「私はどこから来てどこへ行くのか、どうしてここにいるのか分からないのです。何も分からないのです。いつからここにいるのか。いつまでここにいればいいのか。いつまでこの孤独が続くのか。いつまで経っても世界は広く、私はいつも悲しいのです。この夜だって、いつ明けてくれるとも分からない。」この女は頭がおかしいのだろうか、と不安になった。しかし、すぐに思いなおした。考えて見れば僕もいつも彼女と同じ気持ちだったのだ。彼女になんと声をかけてあげればいいのか分からなかったので、さしていたかさを彼女の上にさしてあげた。もう彼女には濡れてほしくなかったから。「あなた一人ではありませんよ。」そんな言葉をのみこんだ。彼女はお礼を言わなかった。ただしゃくりあげて震えていた。かさを失うと、とたんに霧のような雨が僕の顔にまとわりついて、体が不快に濡れていった。