1-4.獣使いの苦手なもの
ようやく立ち直ったトリ・トレは、お茶を淹れると二人に渡す。
座っている位置は変わらず、寝台にトリ・トレと、ジョヤ。椅子にヴァルシュが座っている。
人の寝台でお茶を飲む行為に、いつもなら断りを入れるトリ・トレが、何も言わないのは疲れている証拠なのだろう。
しばらく続いた沈黙を破ったのはヴァルシュだった。
「なあ、嬢ちゃん。これから俺達はギルドに行くんで、ここで待っていてくれないか?」
「分かりました。一つだけ、ギルドとは何でしょうか?」
お茶が熱かったのか、舌に残る不快感に気を取られながらも、ジョヤは尋ねる。
「俺とトリ・トレはハンターという仕事をしている。魔獣を倒したり、ちょっとした頼まれ事をしたりとかな。仕事は分かるか?」
「今朝教えてもらった事から想像すると、お金を対価に何かをやるということで合っていますか? マスターと呼ばれる方はこの建物に人を泊めたり、料理を出したりしたりするのが仕事ですね?」
ヴァルシュも一口お茶をコクリと飲む。
「そうだ、ギルドはハンターの仕事の結果を確認して金を支払う組織だ。今朝、魔獣を倒しただろう? その報告に行こうと思ってな」
「魔獣は倒したら消えてしまいましたよね? どのようにギルドは仕事の結果を確認するのでしょうか?」
その言葉に、ヴァルシュは寝台の下に置いてあった革袋から、握りこぶし大の青い透明な球を取り出す。その中には、二つの光が浮かんでいる。一つは蚊程の大きさで、あと一つはそれより一回り大きい。
「魔獣を倒すとこの中に光が生まれる。ギルドの担当者がこれを確認後、特殊な道具を使って開放する」
再び、球を革袋に戻す。ふと、何も言わなければジョヤがその場で大人しく待っているだろうという事を想像し、言葉を付け加える。
「部屋の中でなら自由にしていていいぞ」
「分かりました」
廊下に出たトリ・トレは、ヴァルシュに聞く。
「いつもだったら、もうちょっと貯めこんでから行くでしょう? これは、ジョヤちゃんの事を報告しちゃっていいって事?」
「ああ、これ以上報告を遅らせても状況は変わらないだろう。報告しない訳には行かないのだろう?」
「まあ、そうなんだけどね……。ジョヤちゃんにこの事は言わないの?」
「報告の結果次第だな……」
トリ・トレはやや憮然とした表情で、相槌を打つ。
残されたジョヤは、外部フレームの可動範囲を確認する。今まで、マントが脱げそうになる度に、ヴァルシュが抑えるため、マントが脱げてはいけないと判断し、確認することができなかった。
腕を曲げ、伸ばし、足を曲げ、伸ばし。その度に際どい所まで服がめくれ上がる。この場にヴァルシュが居たなら即刻やめさせているだろう。
フレームの可動限界まで動かすと不快感が走り、意図せず顔のフレームが歪む。なぜだろう? と、何度も限界まで曲げてみる。程なくして、フレームに負担がかかると発生する反応だと悟り、取り止める。
ジョヤが行動原理として参考にしている娯楽情報は『嘘』が多い。ジョヤは、首を真後ろにまで曲げることは『嘘』もしくは、このフレームでは『不可能』だと断定した。可動範囲を超えると『壊れる』ということは『真実』だと判断する。そしてこの不快感は『痛み』であることも。
次に歩行動作の確認を行う。外部フレームのマニュアルがないため、一つづつ動作を確認していく。
宿から出たヴァルシュとトリ・トレは、舗装されていない、白い砂利道を歩いていた。道の両隣は民家が並んでおり、大分西へ傾いた太陽が長い影を作っている。
「ねぇ、あの話し、本当だと思う?」
具体的な名称を出さないように注意しながら、トリ・トレはヴァルシュに問う。
わかり易い言葉を選んで、できる限り正しく伝えようと苦心しているであろうジョヤに、あの場で面と向かって嘘でしょ? と言う事は出来なかった。魔力や、予言、異常な程の頭の良さなど、ジョヤの特異性を差し引いても、ジョヤの話しを、頭から信じてあげることの出来ない自分に、頭、硬くなったかなぁとトリ・トレはため息をつく。
「嬢ちゃんの雰囲気から、嘘をついているっていう事は考えづらいと思うが……いかんせん、証拠がないからな」
少し考え込んだヴァルシュは肯定でも、否定でもない言葉を返す。トリ・トレは、その言葉に納得出来ずに反論する。
「あの子なら、私達を騙すことすら訳ないと思うわよ? 雰囲気だけで決め付けるのは早計じゃない? 悪い子じゃないとしても、例えば、帰りたくないから嘘をついたとか」
「それこそないだろ、嬢ちゃんの頭の良さなら、もう少しもっともらしい嘘をつくだろうよ。帰りたくないのだったら、記憶がありませんとか、親に捨てられて行くところがありません、とか。俺らに疑問を抱かせるような嘘はつかないだろう。だから、少なくとも、嬢ちゃん自身は嘘をついていないと思う」
「じゃあ、ヴァルシュは信じるっていうの?」
いまいち煮え切らないヴァルシュの態度に、言葉がきつくなる。
「そうは言っていない。記憶の混濁や、何か致命的な勘違いとかで嘘ではないにしても、真実ではない可能性はある。現状は、保留だ。疑ってかかるのも気分が悪い。それにしても、やけに突っかかってくるなどうしたんだ?」
「だって……あの話しが本当だったら、あの子本当に神様みたいじゃない」
小声で呟いたトリ・トレの言葉の後は、沈黙が続き、結論は出ないまま目的の建物へ到着した。
殆どの民家が、木造で一階建てなのに対し、煉瓦でできた、二階建てのこの建物はよく目立つ。この建物は役所と、教会と、ギルドを内包している。人口の少ない村ではままあることだ。
ドアを開けると左手に木でできたカウンターが設けられており、二人はカウンターに近づくとそこにいる女性に声を掛ける。手短に討伐の精算を行い、通信機を使うことに断りを入れると、カウンターの隣にある部屋へ移動する。
2人入ると手狭に感じる広さの部屋。性質上防音となっており窓はない。その壁に、真鍮色の一部欠けた金属に囲われた、鈍い赤い色の卵が掛かっている。通信用の魔具だ。その欠けた部分に、トリ・トレが取り出した金属片を差し込む。鈍い赤い色だったものが鮮やかな色になり、しばらくすると透明になる。
ザッとノイズの様な音に続き、低い男性の声が聞こえてくる。
『あーあー、こちら、魔獣使いギルド、どうぞ』
「げっ、その声は師匠!?」
『あぁん? なんつった?聞こえてるぞ。一応確認するが駆け出し、お前だな?』
「ごめんなさい!ごめんなさい!トリ・トレです。あ~えっとですね……隣に一応ヴァルシュが居ることを報告します」
柄の悪い言葉に、ヴァルシュは声の主に検討を付ける。トリ・トレの魔獣使いの師匠、グラッパ・トレだろう。赤い逆毛の男が目に浮かぶ。相変わらず、トリ・トレは師匠に頭が上がらないらしい。
『あ゛? なんでそこにヴァルシュの糞野郎がいんだよ?』
「ごめんなさい、ごめんなさい」
声が一気に不機嫌になる。昔の事をまだ根に持っているのかと、ヴァルシュは来なければ良かったと一瞬後悔する。が、このままでは埒が明かないと口を挟む。未だに続く罵詈雑言に、あーとかうーとか言っているトリ・トレでは、まともに会話が出来ないだろう。
「割り込むぞ、糞野郎で済まなかったなグラッパ・トレ。人を待たせてるので手短に言う。お前等が探している神様が見つかった。俺が保護している」
『糞が……。結局、神ってのはなんだったんだ?』
「人間だ、トリ・トレ曰く、魔法士50人分の魔力を持った」
『おい、駆け出し!』
「は、はい!」
『里まで、そいつを連れてこい』
「え? ええ~?」
やはりか、半ば予想はしていたが、こうも一方的に決められるのは好きじゃない。
「おい、グラッパ・トレ。 今は、『俺が』保護している。里は命令する立場にないだろう?」
『ちっ……。駆け出し、何でこいつより早く保護しなかった!』
「ごめんなさい~」
トリ・トレは既に半泣きになっている。
『……五千万でどうだ?』
「グラッパ・トレ、本気で言っているのか?」
トリ・トレは一瞬桁が間違えているのだろうと思った。五千万とは、五片獣討伐と同じ報酬だ。五年に一回程度で現れるそれは、軍が動く。それに動じないヴァルシュも、本当に私が知っているヴァルシュだろうかと、頭の上を飛び交う会話に気が遠くなりそうだった。三年前、師匠からの紹介でコンビを組まされた当時から、剣の腕が立つハンターという認識しかなかったが、何かすごい思い違いをしていたんではないだろうか?
『……わかった。今から言うことは他言無用だ。いいな? 駆け出し、誰も聞いていないことを確認しろ』
今までの経験から、こうなったヴァルシュが折れないことを悟ったグラッパは、頭を抱えながら、トリ・トレにそう伝える。
防音になってはいるが、念のためドアの外を確認する。カウンターの女性は受付時間が終わったのか、そこには居なかった。ドアを閉め、再度鍵を掛ける。
『予言には前半部分と後半部分がある、前半部分は、三級秘匿扱い、一定職位以上の魔獣使いのみに伝えられている。内容は既に知っているようだがな? 駆け出し、外部の人間に喋ったことは黙っておいてやる』
「げっ、やば」
ヴァルシュは予想通りと、ジョヤに内容を話さなかった事に、こっそり安堵する。口止めもせずに話す内容ではないなと思っていたが、やはり情報規制が掛かっていたか。魔獣使いとしての腕はいいが、こういう所で抜けてるのが、駆け出しと呼ばれる由縁だろうと納得する。だが、なんだかんだいっても、グラッパ・トレはトリ・トレに甘い。口には出さないが。
『で、後半は二級秘匿扱い、必要な人間にしか伝えられない。俺様の責任で二人に伝える。口外したらどうなるか、覚悟しろよ?』
「は、はひ」
『秘匿内容は二つだ、後半部分があるという事と、内容についてだ。後半があるという事も秘匿になる』
ゴクリとトリ・トレが喉を鳴らす。
『後半部分の内容はこうだ、落ちた神は、魔花と魔獣を統べる神となるだろう。里は早急に神を保護したいと考えている。悪いようにはしない』
「……グラッパ・トレ、この事を知っているのは?」
『予言した本人と、八長老、俺様のみ』
「神様本人に秘匿内容を伝えた上で、判断をしたい」
『ちっ……まあ、しゃーねぇ』
「明日、昼過ぎに返答する」
『了解』
想像以上の出来事が続き、トリ・トレは魂が抜けた様な表情でフラフラと建物を出る。ヴァルシュの表情も固く、来た時以上に重い空気を纏い帰路に着く。