1-2.花と獣と獣使い
薄っすらと夜が明けた。パチパチという火の音が耳につく。
休眠モードから起動したジョヤは、辺りを見渡す。
「起きたか?」
既に起きていたらしいヴァルシュは、火の勢いを強めるため、薪を追加する。
もしかしたら、一晩中起きていたのかもしれない。
「今日は、シエトの村まで行く」
「ジョヤも一緒にシエト…村? 行く?」
「シエトの村だ。村、人住む所、場所、嬢ちゃんも一緒だ」
昨晩から何度もやり取りされる言葉。
子供は物覚えが早いとは言うが、この嬢ちゃんは、別格だな……。
昨日はまるで生まれたての子供の様に、共通語どころか、食事、睡眠、排泄すら不便な様子であった。
にも関わらず、一度どころか、教えてもいない言葉を推測して読み取り、一度覚えた事は間違える事がない。このアンバランスな子供に何があったのだろうか……。
最初に想像した以上に、やっかいな事になりそうだとヴァルシュは覚悟を決める。
昨日に比べ、格段に食べるのが上手くなったジョヤが、朝食を食べ終えると、ヴァルシュはジョヤを抱え上げる。
「悪いが、余分な服も靴も持っていないんだ。それに嬢ちゃんの足だと、恐らく今日中に森を抜けることができない」
一旦そこで言葉を区切ると、ゆっくり強調して言葉を続ける。
「何かあったら下ろすから、その場でじっとしているんだぞ? わかるか?」
「下ろす、じっとする、わからない。やってヴァルシュ」
何度か動作を繰り返し、ジョヤが理解したことを確認して、再度抱え上げる。
バランスが取りにくいのか、初めはフラフラするジョヤに合わせてゆっくり歩いていくが、次第にペースをあげていく。
「ヴァルシュは、どこから来たのか?」
「俺か? 俺の来た場所か……生まれた場所、分かるか? それはガルドという街で、ここからずっと北の方……北はあっちだ。そこから来た。職業柄、帰るのは年に一~二回になるがな」
「職業?」
「仕事……お金を貰うための……難しいな。……嬢ちゃん。申し訳ないが、じっとしていてくれ」
「うん、わかった」
ヴァルシュは木の根元にジョヤを下ろし、空いた両手を使い、背中に背負っていた大きな剣を抜く。油断なく、だが自然な動きで、横たわる倒木に近づくと、その影から飛び出してきた動物を両断する。
塗りつぶしたかの様に、真っ黒な動物はしばらくするとすっと空に溶けるように消えていった。
ヴァルシュは、消えていった地面にしゃがみ込むと、両手で地面に触り、次に手のひらを合わせる仕草をする。
「一片獣か。偉いな、約束通りじっとしていたな」
剣を仕舞い、ジョヤに近づき頭を撫でる。
「先ほどの、あれが俺の仕事だ。仕事という言葉自体はそのうち覚えてくれ」
「あれ、なに」
ジョヤは、動物が消えていった地面を指さす。
「あれは、魔獣。人を襲うから、ああして処理するんだが、魔獣を見たのは初めてなのか……? 魔花は知っているか?」
「じゅしゅ?」
暫く考え込んだヴァルシュは、この際だからと詳しく説明することにした。
「魔獣は、魔花から生まれる。魔花ってのは普通の花ではなくて、空に浮かぶ花だ。濃い桃色の透き通った花だ。見てる分には綺麗なんだけどな」
近くに咲いていた花と、空を指さしながら、説明する。
「魔花は、花びらが多いほど強い魔獣を生む。さっきのは、花びら一枚、一片花から生まれた魔獣だから、一片獣。片の数え方は、一片、二片、三片、四片、五片と続く。六枚目だけ呼び方が特殊で、無欠という。魔花だと、無欠花、魔獣だと、無欠獣」
花びらをむしり、地面に置いていく。その隣に、石を魔獣に見立て並べる。
「魔花を見てない。一片獣だと分かるのはなぜか?」
「魔獣は、大きさで強さが決まる。ばらつきがあるから一概には言えないが、あのぐらいの大きさだったら一片獣だ」
並べた石の隣に、絵を書いて大きさを説明していく。
「一片獣は、大人の片腕を伸ばした大きさ。二片獣は大人と同じ。三片獣は馬ぐらい。四片獣は、家と同じ。五片獣は、教会ぐらいか? 無欠獣は、誰も見たことないから分からない」
「ジョヤ……名前、同じ?」
「そう同じだ。欠けていない、完璧って意味の古語だ。魔獣や、魔花ってのは古語の名残だ」
「無欠? 完璧? 凄い」
「……本人が良ければいいが……。もしも、俺がいない間に空に花が咲いたら逃げろ。 魔花が咲いて閉じ終わったら、魔獣が生まれる。それまでに逃げろ。いいな?」
その後、何度か休憩を挟みながらも、何事もなく、昼前に目的地に到着した。
「この白い門から向こうが、シエトの村だ。白い門の間から入るのが一応礼儀になってる。門が結界となって、一片獣は村に入れない」
門といっても太く真っ白な石の柱が二本立っているだけで、力の弱い一片獣のみしか防げない。それでも、この地で住む人々にとって大切な結界だ。
門をくぐってしばらく行くと、ぽつ、ぽつっと畑が見えてきた。更に進むと家、柵、家畜と、生活感溢れる景色が広がる。その景色に、ジョヤは酸欠に似たような感覚を覚える。息、できてる……でもなんで? 故障? ジョヤは、郷愁という感情の名をまだ知らなかった。
ジョヤはマントを巻いて素肌は殆ど見えない。とは言え、その下は真っ裸だ。そんなジョヤ抱えている姿を村人に見られたらどんな噂が立つやら。人目を避けるように村の中を進むとヴァルシュは、レンガで造られた店のドアを開ける。
カランコロンと鳴るドアベルの向こうには、カウンターと、10名程が座れるテーブル、奥に木製のしっかりとしたドアが見える。予想通り、時間帯が早いせいで客は誰もいない。
カウンターに座る初老の、だがガタイのいい男は顔をあげる。
「おぅ、おかえり。ヴァルシュ……その子は?」
「森の中で拾った。マスター誰か、口の固い女手を頼めないか?」
「その子の世話か? ふむ、昨日からトリ・トレが来とるから、彼女に頼むといいじゃろう。村の者はちょっとばかし口が軽いからのぅ」
「トリ・トレが? やけに来るのが早いな……?」
「理由は聞いとらん。直接本人にでも聞いてみるといい、今なら部屋にいるじゃろう」
「ありがとよ、行方不明の子供とかそんな話しがあったら後で教えてくれないか? これ追加の宿代、こいつの分だ」
カウンターに少し多めの硬貨を置くと、テーブルの奥にある木製のドアに向かって歩いて行く。
ドアを開けると、廊下が左右に伸び、左と右一つづつドアがある。迷わず右手のドアをノックする。
「トリ・トレ、いるか? 俺だ、ヴァルシュだ。少し頼みたいことがある」
「ヴァルシュ? ちょうど良かった、私も用事が。鍵、空いてるから入ってきて」
ドアを開けると、大人一人が寝れる寝台と、両手を広げられる程度のスペースが広がってた。
その寝台に腰掛けて、槍の手入れをしている女性が一人。
20代前半。ショートボブの髪の毛は、赤く、活発そうな彼女の雰囲気に良く似合っている。
黒を基調とした、ノースリーブのタートルネックには、赤いラインが入っており、同系色のキュロットスカートから伸びる、健康そうな足は、焦げ茶色のロングブーツに収まっている。
トリ・トレは槍から目線を上げ、ジョヤを見ると、びくっと驚いた様な表情を浮かべた。
「あ~、ヴァルシュの用事の前に、ちょーっと悪いけど、二人で話しできないかな?」
「ああ、分かった。嬢ちゃん、悪いがここで少し待っていてくれないか? 椅子借りるぞ?」
ヴァルシュは抱いていたジョヤを、ゆっくり椅子に下ろすと、訝しげに思いながらも、トリ・トレの後に続き、今しがたくぐったドアを再びくぐる。
ドアが閉まったのを確認すると、トリ・トレはその場にへたり込む。
「大丈夫か……?」
「腰が抜けた~」
いきなりへたり込んだトリ・トレは、さめざめと涙を流す。
「さっきはごめんなさい。突然だったから驚いちゃって……」
立てるようになったトリ・トレの誰にも聞かれたくないという言葉に、左手の部屋―ヴァルシュの部屋―へ移動する。
「ジョヤに何かあるのか?」
「無欠って名前なんだ? まさにというか、皮肉というか。あれにはトリ・トレ様も驚いちゃったわね」
そう茶化して言うトリ・トレの腕は鳥肌が立ち、手のひらには尋常じゃない汗をかいていた。トリ・トレは女で若い。だからといって決して弱くはない。その力量に見合った経験も踏んでいる。
「どこから話したらいいものか、私達、魔獣使いは、魔獣の大きさや、魔花を見なくても、魔力を見て片の数が分かるってのは知っているわよね?」
「ああ、知っている」
「実は、あまり知られてないけど魔獣使いは、人の魔力も見えるのよ。ジョヤちゃんだっけ? あの子の魔力は、一度だけ王都で見た魔法士50人分? もっとかも、大きすぎて分からないけど」
「それは……すごいな」
魔法士は一人で一部隊の働きをすると言われている。単純計算だと、一人で戦局を変えられる魔力だ。
「で、話しは変わるけど、里の巫女がね、シエトに神が落ちるって予言したのよ。それで一番近くに居た私が様子を見に来ることになったってわけ。待ち合わせより1日早いのはそういうこと」
面倒くさそうにトリ・トレはため息を付く。
「神ね……、あの嬢ちゃんが凄いというのは分かったが、神というのはちょっと言い過ぎじゃないのか?」
「里の長たちは、いつも大げさだから、私もそう思ってたんだけど。理屈はどうであれ、魔獣使いだったら、あれを見ちゃうと神だと思うわよ、絶対」
「それで? 見つけた神様を里はどうするんだ? 崇め奉るのか? 生贄でも捧げるのか?」
「知らないわ! 私が言われているのは、確認と報告だけ。長たちの様子だと、そんな悪いことにならないと思うわよ? 本当よ!」
剣呑な目付きのヴァルシュに、トリ・トレは、顔の隣で開いた両手を横に振り、必死で何も知らない事をアピールする。
「ふむ……。報告を少し待ってもらうことできるか? もちろん依頼料は払う」
「それぐらいならいいって別に、里の仕事って殆どただに近いもんだし、若いってだけでこき使うし? ヴァルシュの方がよっぽど人の使い方わかってるちゅーの。それより、依頼料といっちゃなんだけど、あの子の服、私に見立てさせてくれない? あんな格好じゃ可哀想よ? 綺麗な子なのに」
トリ・トレは壁の先にいるであろうジョヤを思い出しながら、脳内で着せ替えを始める。
「ああ、元々お願いするつもりだったからそれで良ければ……。だが、大丈夫なのか? 俺には魔獣使いの感覚は分からないが」
「大丈夫よ、さっきは突然だったから驚いちゃったけど、ヴァルシュが丁寧に扱ってるってことは悪い子じゃないんでしょ?」
それならと、ヴァルシュは、拾った経緯を説明しながら、後で食堂で待ち合わせするという約束を取り付ける。




