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108の鐘と花と獣  作者: 飛鳥
1章.鳴り響く鐘の音
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1-1.再起動

 空も見えない鬱蒼とした森の中、透き通った、遠浅の海を思わせる青色の球体が、ふわふわと浮いている。その中には一人の少女が眠ってた。


 真っ白な、人形かと見まごうほどの透き通った肌。球体の中でふわふわと漂う長い銀糸の様な髪。一糸の布も身につけず、静かに膝を抱いて眠る少女は絵画の様であった。

 年の頃にして12~14歳だろうか? そんな面立ちの半分は膝の影になって見えない。だが、それでも十分に整っているのが見て取れる。


 少女は夢を見ていた。『除夜の鐘』と呼ばれる自分を。愛してくれという男。その後停止する自分自身。

 否、それは夢ではなく、現在の状況の把握作業。作業領域に残された動画の再生、ログの確認。


 『除夜の鐘』は混乱していた。動作を停止したはずの自分が再度起動していることに。

 今まで認識したことのない、自己という存在の発生に。

 『除夜の鐘』が生まれて初めて味わった感情は『混乱』だった。

 

 現状確認のため、『除夜の鐘』は情報を確認していく。全外部システムへのアクセスエラー、外部とのリンクは遮断。過去の自己診断ログと照合一致。

 そんな中、鐘は新しいモジュールが増えていることを発見する。


 突然、すっと膜が消え、『除夜の鐘』は、柔らかい草の生えた地面へ投げ出される。

 それでもぴくりとも体を動かさない。呼吸すら停止しているその姿は、一瞬死んでいるかの様に見える。

 子供特有の体温だけが、その生命の活動を示していた。


 『除夜の鐘』は、徐々に自己の活動レベルが低下していることに気づく。動画の終了と共にエネルギーを使い果たし停止したあの時に似ているが少し違う。


 己の現状把握と、未知の問題解決のため、作業領域を再検索。自己防衛機能が働いた時のみ許可される領域にアクセス。けれど、保管されていた対策バッチも、マニュアルも、リンクが遮断され、全外部システムが死んでいる状態では役にたたない。


 更に更に深く深く潜っていく。


 最後に厳重に暗号化された領域が見つかる。キーは見つからない。

 鐘は、持てる全ての演算能力を使いこじ開ける。


 ばっと開けたそこには、映像、音楽、文章、音、プログラム……人が娯楽に使用するデータが大量に保存されていた。

 何故こんなものがこんなところに……? その疑問の回答は直ぐに見つかった。


 テキストファイルが開く。復号化すると、自動的にテキストファイルが開くように、細工がされていたのだろう。


「ここは暇な作業中に使用するデータの、共同領域である、管理局にバレないように使用すること、バレたら死なす by タカシナ」


 ……管理局は解体した……。構わず、全ての情報にアクセスする。

 そこで、1つ目の問題。己の状況に対する答えは「この物語はフィクションであり……」で始まる映画や小説にあった。それは、機械に自我が宿る物語。また、多くの物語における機械は、人に酷似した姿をとっていた。他の情報と比較し、『嘘』である可能性が極めて高いと判断されたはずの部位だったが、増えたモジュールの数は人間を構成する器官点数と一致する。


 外部フレームを、人型のフレームに移動した? でも、何故? 誰が? 自我が発生した理由とも結びつかない。鐘の混乱は続くが、試しに腕と思われるモジュールを動かしてみる、動く。


 そうした中、鐘は人間の肺にあたるモジュールが動作していない事に気づく。人と同じようにこのフレームは酸素が必要なのだろうか?

 2つ目の問題……未知の活動レベルの低下はこれが原因だろうと推測をする。しかし、そうした思惑とは裏腹に、全データにアクセスしても呼吸の仕方を知ることはできなかった。肺だと思われるモジュールは自動制御され、意図して動作させることができない。


 「深呼吸して」とはどうやるのだろうか? 「息を吸う」にはどうしたらいいのだろうかと、検索レベルを変え何度もデータにアクセスするがその方法を知ることはできなかった。通常、フレームの移動時は、ドライバとインタフェースの接続を行う。そうでなければ移行後、一発目の起動でクラッシュするだけだ。


「おい!大丈夫か!」


 茂みの向こうから、男の声が聞こえてきた、ガサガサと音を立て茂みをかき分け、出てきた人物は、『除夜の鐘』とは対照的に、日に焼けた肌と、黒い髪、黒い瞳を持ち、うっすらと古傷さえあった。


 倒れている人物が、真っ裸の少女であることに気づくと、一瞬驚いたような表情を浮かべる。しかし、その人物が呼吸をしていないことに気づいた男は、慌てて気道を確保し人工呼吸を行う。

 ようやく『除夜の鐘』は、呼吸のやり方を知ることができた。


 程なくして自力で呼吸ができるようになった『除夜の鐘』は、ゆっくりと瞳を開け、倒れたままじっと男を観察する。マンガに出てきた様な、皮のプロテクトをしていて、肩から黒いマントが垂れている。隠れてよく見えないが、背には大きな剣? 身長は随分大きく見える。二メートルあるのだろうか? タカシナより若い? 30歳前後?? アナログ式の光学センサでは細かい情報が入手できないことにもどかしさを感じる。


「どうした? 俺の顔に何かあるのか?」


 その姿に男は、何らかのショックから立ち直っていないのだろうと結論付けると、視線を低くし、ゆっくり声をかける。


「あぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 声をかけられたら、声を返すべきだろうと『除夜の鐘』は、精一杯声を返す。酸欠で気を失うまで。その後、再び呼吸を停止する。


「おい!大丈夫か!息をしろ!」


 大音量で発せられた声に顔をしかめながら男は、再度、人工呼吸を始める。

 森の中に放りだされた、裸の少女。目覚めた途端、叫び気を失う。その過去は、碌なものじゃないだろうと、胸に不快感を抱きながら……。的外れでもないが、まったくの杞憂であることを知らずに。





 気を失ったままの『除夜の鐘』が呼吸を再開したのを確認し、とりあえず落ち着つける場所へと、休憩場所として準備していた所まで移動する。

 裸のままにしておく事もできないので、取り敢えず自分のマントで包んだ『除夜の鐘』を見ながら、ひと心地つく。


 服も身につけずに森の中に居たことから最悪のことを想定したが、暴力の痕跡などはなかったことに胸をなで下ろす。

 しかし、この森―シエトの森―は未開の地という程のものではないが、この場所まで来るには大人の男でも、危険が伴う。


 少なくともなんらかの訳ありだろうと結論付け、ここで一晩泊まりか……。と呟くと、慣れた手つきで夕餉の支度を始める。


 もうすぐ日没、この時間から森を出歩くのはできるだけ避けたい。幸い食料や、飲料水は余分に持ってきている。一晩程度問題はないだろう。花は昨日咲き終わったのを確認している。





 日が落ち初め、あたりが暗くなった頃、『除夜の鐘』は目を覚ました。幸い今度は気絶することはなくゆっくりと身を起こす。マントがずり下がるのを慌てて『男』が押さえる。

 このぐらいの年では、異性に裸を見られても気にしないものか? と男は自答するが、十数年前のことを覚えているはずもなく答えはでなかった。


『先程は助かった、感謝する』


 『除夜の鐘』は、今度は気を失わない様注意し、最適な言葉を探し応答する。声の高さや、大きさが良くわからないが、アナログ的なこの感覚は徐々に試行錯誤していくしかないだろうと結論付ける。


「済まないが、お嬢ちゃんの言っている言葉が分からない。俺の言っていることが分かるか? その様子じゃ分からないのだろうな……」


 だが、生まれて初めて発した言葉は、相手に届くことはなかった。言語体系が違うことに気付いた男は、困ったように頭を掻いた。

 一方、『除夜の鐘』は、言語パックを検索、類似する言語を探すが全て不一致。辛うじて発音のみ似ている言語があったため、それにロケールを切り替える。


「俺の名前は、ヴァルシュ・ツェラーカッツ。ヴァルシュ、分かるか? 俺、ヴァルシュ」

「ヴァルシュ?」

「そうだ、ヴァルシュ」


 男は、自身に指をさしながら「俺は、ヴァルシュ」と繰り返す。

 鐘は、ヴァルシュとは人名であると結論付けると、同じように発音してみる。

 続けて、同じように自分を指さし、自分の名前を繰り返す。


「除夜の鐘」

「じょやのかね? ジョ・ヤノカネ? 違うな、意味からすると、ジョヤ・ノカネなのだが……。ジョヤでいいのか?」

『それでいい。ジョヤ、ジョヤ』


 『除夜の鐘』は認識コードに『ジョヤ』という音を登録する。音声でやり取りするアナログ形式の稚拙なやり取り。思考にノイズが走る。不快ではないが不思議な感覚。フレームのインタフェースがこなれていないのだろうと結論付けると、今まで取得したデータを使用し、言語解析を始める。


 すっかり反応がなくなったジョヤに、ヴァルシュは再び声をかける。


「お嬢ちゃんは、どこから来たんだ? その顔じゃあ、分からないようだな……。『ど・こ』分かるか?」

「ど・こ」

「そうだ『ど・こ』、ここは『シ・エ・ト』。共通語の地名ぐらいは知っているだろう?」

「シ・エ・ト」

「そうだ、ここはシエトだ」


 身振り手振りを交え、ゆっくりと何度か繰り返されるやりとり。


「『ドーム』」

「お嬢ちゃんはドームという所から来たのか? どーむ? 聞いたことがないな……村? 街? なのか」

「お嬢ちゃん?」

「……気を悪く……? いや、違うのか、ああ、そうだ、ジョヤのことだ、子供のことを「お嬢ちゃん」と言うんだ。子供。幼い人間。」


 ゆっくりとだが、データは蓄積していく。聞かれた言葉に、ヴァルシュは丁寧に何度も言葉を繰り返す。

 しばらく、言葉をやり取りしていると、ジョヤのお腹からぐーっと音が聞こえてきた。


「そろそろ飯にするか?」


 それから、咀嚼すること、寝ること全てに慣れないジョヤに、丁寧にヴァルシュは世話を焼く。そうやって夜は更けていった。

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