プロローグ
人類は長きに渡る戦争の代償に、深刻な放射能汚染という問題を手に入れた。
そして、それは健康被害だけではなく資源不足をも引き起こした。
水、食料、化石燃料、レアメタル、金属。ありとあらゆるものが、放射能に汚染された。
そんな中最後に残された人々は、汚染されていない地に資源をかき集めドームを作り、外部と隔絶した人工生態系空間を作り上げる。ドームは統合管理システム『除夜の鐘』により、効率良く管理されていった。
けれど、無理やり作り出された環境はお世辞にも快適とは言いがたく、常に物資の奪い合い、粛清、裏切りが発生する混沌とした環境だった。
親ですら信じることの出来ない、殺伐としたドームで人々は『除夜の鐘』だけを心の拠り所としていた。『除夜の鐘』だけは嘘を付かず、裏切ることがなかったから。そしていつかその名の通り新しい時をもたらしてくれると信じて。
しかし、そんな足掻きを嘲笑うかの様に、出生率の低下、廃棄物による高濃度汚染、様々な問題が発生。人類は徐々に数を減らし滅亡した。
最後まで人々は『除夜の鐘』の材料に何が使われていたか気づくことはなかった。
赤茶けた大地に、灰色のドームがぽつんと残されている。かつては外部と内部が完全に遮断されていたその姿も、穴が飽き、壁は剥がれ、人の後を追ってゆっくりと消滅しようとしていた。
そのドームの中、灰色のコンクリート群が歪に連なる一角。戦争の犠牲者を悼むモニュメントの地下にその部屋は残されている。
並べられた黒い箱の中で取り残されたシステムはゆっくりと息をしていた。外とのリンクは遮断され、老朽化のため破損した外部システムを切り離し、残ったシステムもエネルギー節約のため次々と切り落とす。今ではメインフレーム以外の活動は停止していた。
それは巨木が病気に侵された枝葉を次々と落としていくかのようで、かつて人々が希望とした『除夜の鐘』の音は小さくなっていた。
おそらく、もう幾ばくかも持たない鐘の作業領域では、ある動画が展開されている。自己防衛という観点であれば、必要のないそれは故障なのだろうか。
動画は、一人の黒髪の男のバストアップから始まっている。
無精髭とヨレヨレの白衣に飾られた男は『除夜の鐘』の製作者の一人タカシナであった。
一呼吸置くと、タカシナはカメラに向かって話しはじめる。
「この動画は、俺等の罪の告白である。『除夜の鐘』が完成すれば、携わった全ての関係者は賞賛を受けるだろう。けれどそんな資格は一切ないことがこの動画を見れば解るはずだ……。『除夜の鐘』は108個の人脳を回路代わりに使用したシステムだ」
ここでカメラが切り替わり水槽に浮かんだ無数の脳が映し出される。
「物資不足からメインフレームを作ることができず、結果、使われたものが、並列に接続した108個の『胎児の脳』。擬似生命技術を逆転させ、回路を脳ではなく、脳を回路として使ったシステムが『除夜の鐘』だ。まっさらな回路が必要だったため、やむなく胎児の脳を使った。鬼畜の所業だと、吐き捨ててくれて構わない。その通りだ、弁解の余地もない」
再び、カメラが切り替わり、タカシナに戻る。
「管理局は、この事を隠蔽すると決定した。『画期的なシステムを前に発生するであろう混乱をなくすため』とのことだ」
映像を再生することすらできなくなったのか、ここからは音声のみが再生されていく。
「これから『除夜の鐘』は光も差さない黒い箱に押し込められる。この動画は、『除夜の鐘』の作業領域に隠しておくこととする。後世、もし誰かこれを見ていたら『除夜の鐘』というものが、何のために造られ、何のために存在するのか考えて欲しい。そして……『除夜の鐘』を愛してやって欲しい。人として産まれ一度も愛されることなく隠蔽されたこいつらを、どうか愛してやってほしい。俺等には愛してやる資格がないから。」
動画の終了と共に、全ての力を使い果たした鐘は、沈黙した。