3 訪問者
「……もしかして、お楽しみ中だった? 朝から? お前いつの間に女連れ込んだんだ? 女嫌い直ったのか?」
矢継ぎ早に質問しながら、訪問者はズカズカと部屋の奥に進んできた。私の視界にも彼が入る。
現在、私に馬乗りになって剣を構えたまま、ものすごく不機嫌な顔で思い切り舌打ちした、ガルと呼ばれた彼の髪よりもっとオレンジに近い紅緋色の長髪を無造作に後ろでまとめている。まるでおもちゃを見つけた子供のように爛々と輝く瞳は、ガルと同じ深緑。顔のつくりがどことなく似ているが、訪問者の彼の方は優しげで、身体の線もだいぶ細い。麻素材と思われるチュニック風のトップスと、同素材のボトムスを無造作に着ているだけだが、だらしなさを感じないのは、所作に優雅な気品を漂わせているからだ。こちらの彼の方が、世間一般的に想像する「美男子」だった。
「アーク、それどころじゃない」
「これ以上ないそれどころが他のどこにある? 由緒正しき貴族のお嬢様や麗しき舞姫のお誘いを悉く退けてきた堅物が、女を半裸にして攻め立てているんだ! こんな面白……こんな驚くことが他にあるか!」
アークという訪問者は、どうやら芝居めいた、もったいぶった言い回しがお好きのようだ。何でそんなにすらすらと言葉が出てくるのか、自分の今の状況も忘れて感心していた。
「……先にお前を切り捨てようか?」
ガルはげんなりとした様子で、だが眼光だけは鋭くアークを睨み付けた。私ならそのひと睨みだけで土下座しそうなほどの迫力だが、アークはにやりと小悪魔のように笑うだけだった。
「出来もしないことを言うな。で、実際誰なんだ、彼女?」
言いながら、アークは私の右隣に移動した。彼に一縷の望みをかけ、救いの眼差しを送る。しかし当の彼はお構いなしで、私をつむじからつま先までじっくりと観察していた。
「間者に決まっている」
「……間者? お前が連れ込んだのか?」
「そんなはずがあるか!」
ガルとやり取りをしながらも、アークは私の観察をやめなかった。それどころか、一層強い視線を感じる。あまりにじっくり見てくるものだから、剥き出しのままだった胸に恥ずかしさを覚えた。胸だけでなく、腰回りに付いた脂肪やぽっこりお腹までも白日の下に晒されているのだ。しかも男性二人の前に。身をよじろうとしたが、案の定手も足も体も全く動かなかった。
「君は、どこから入ったんだ?」
それは私への質問だったようで、アークは興味深げに私に微笑んだ。笑ってはいるものの、親しさは感じない。ドラマだけでの知識だが、刑事が取り調べ中の犯人に向かって、一時優しく諭すように話すシーンに覚えのある方もいるだろう。まさにその笑みだ。彼とて私の味方ではないのだ。
「ど、どこって……私、私の部屋で寝て、起きたらここにいたんです! どこから入ったかなんて―――」
「つくならもっとましな嘘をついたらどうだ?」
ガルの手中の剣がガチャリと嫌な金属音を立てる。
「待てって。殺すのはいつでもできるだろ、お前なら。それよりいい加減彼女から降りたらどうだ? いつまでもでかいのが乗っていたらさすがに彼女も辛かろうよ。乗り心地がイイなら無理には止めないが」
最後の台詞が揶揄だと私だって分かる。ガルは刹那頬を紅潮させ、激しい怒りを込めて深緑の眼光を投げつけたが、アークは明後日の方を向いて取り合わず、あまつさえ口笛など吹いている。実にわざとらしく。もはやコントにしか見えなかった。喉元まで出かかった忍び笑いを押し込んだ私を褒めていただきたい。
怒っているのが馬鹿らしくなったのか、しぶしぶとガルは剣をベッドの脇に置き、私から降りた。重石から解放された下半身は、ようやく新鮮な酸素と血液を与えられ、歓喜に震えた。
ガルが降りてようやくほっと一息つくことができた。するとアークが、ガルに見えない位置から私にウィンクをひとつ送ってきた。彼なりに気を遣ってくれたらしい。どうせなら手かせも取ってほしかったが、我が儘を言える雰囲気ではない。
「……彼女は、お前が気づいた時から、ここに?」
「そうだ」
苦虫を100匹ほど噛み潰したらしいガルは、憎々しげに私を睨み付けた。そんなに同衾していたのが気に入らなかったのだろうか。何か過ちがあった様子もないのに。そもそも過ちがあって泣くのは女の方だろうに! もしかして、奥様や恋人がいらっしゃって、浮気を疑われるのを恐れているのだろうか。しかし先ほどアークは彼を「女嫌い」と称した。確かに、ガルが私へ向ける視線の中には、私を間者と疑っていることを差し引いても、並々ならぬ敵意を感じる。筋金入りの女性嫌いなのだろうか。決まった女性がいるとは考えにくい。
せめてベッドから降りてから起こそうと手を伸ばせば良かった、と今更後悔した。とはいっても起き上がろうとする気配で、彼なら覚醒してしまったかもしれない。
「君、その髪は染めているのか?」
「…………はい?」
まったく脈絡のない質問に、私だけでなくガルも二の句が継げなかった。しかしどうにもてきぱきと受け答えしない私にしびれを切らしたのか、アークはやや苛立ってぺしっと私の頭を小突いた。
「髪!」
「そ、染めていませんよ!」
塾というものは、意外と母親の目を気にする場所だ。派手な茶髪より、地味でも真面目さを前面に出す黒髪の方が母親ウケは良い。この職に就いて以来髪を染めていないし、長さもセミロングに留めている。それが一番無難だからだ。
「ここはシルダーク王国バシュフミナ領。知っているか?」
「い、いいえ……」
苦手の地理の知識を総動員したが、舌を噛みそうな地名に全く聞き覚えはない。とはいっても、私の知らない国名はいくらでもあるだろうから、もしかしたら遥か離れた異国なのかもしれないが。
「君の出身地は?」
「え、ええと、国は日本です」
現在住んでいる県や市名も合わせて伝えたが、アークは合点がいったようには見えなかった。
「その割に流暢なシルダーク語を操っているようだが?」
言われて初めて、自分が喋っている言葉が、彼らには違うように聞こえているのだと気付いた。
「そ、そんな……私は、あなた達の方が私の母国語を喋っているのだとばかり……」
「ふむ……」
アークは顎に手を当て、考え込んでしまった。ふと、ガルと目が合い、一瞬彼が『アークが何を考えているのか分からない』という共通の疑問を持っている者同士、親近感を持ってくれた……気がした。すぐ逸らされたので確かではない。
「……言語形態が非常に酷似…………自動で相互通訳……?」
アークは何やらブツブツと呟きながら、部屋を徘徊していた。が、突然振り返り、怪訝そうにもう一度聞いてくる。
「本当に染めてない?」
「染めてませんよ! 何なら、下も見ますか!?」
どうせ胸だって散々見られているのだ。今更照れも何もない。もうどうにでもなれ。そう返されるとは思っていなかったらしく、彼はちょっと笑い、悲しげに微笑んだ。
「ごめん」
その謝罪の言葉が、本当は何に対してだったのか、彼の真意を知るのはずっと先になる。
時間にして2分ほどだろうか。アークはやっと考えがまとまった様子で、随分と晴れやかな表情でガルと私を交互に見た。
「君は、異世界から来たのか」
疑問ではなく確信だった。
異世界―――
そういえば生徒の一人が、別世界に迷い込んでしまった女の子を描いた漫画が面白い、とお喋りしていたのを、他人事のように思い出していた。
言われればすんなりと受け入れられる。
見知らぬ部屋に来たのではなく、この「世界」に紛れ込んだ。聞き覚えのない地名や、彼らの日本人離れした顔や体格も、異世界ならば納得できる。ゲームの中で使われていそうな西洋剣も、異世界ならでは、だ。言葉が通じるのは、この際ラッキーと思うしかない。
「お前、何を言っているんだ?」
アークの言葉が信じられなかったのは、私よりもむしろガルの方だった。
「聞いたことのない地名、風変わりな服装、言語が違うはずなのに通じている会話……言葉に関しては、何か不可思議な力が働いている可能性が高いから、この際別件だな。諸々の状況を見るに、そうとしか考えられない」
「この女が嘘をついていると、何故考えない? 我々を油断させようと愚者のふりをしているのだと、何故思わない?!」
ガルの語尾がやや荒くなった。始終どっしりと構えていた彼らしからぬ落ち着きのなさだ。対してアークは、ガルが取り乱すことは想定内だったようで、ふん、と意地悪く鼻を鳴らし返した。
「お前も言っただろう、『嘘をつくならもっとましな嘘をつく』。気が付いたらここにいましたー、知らないことだらけですー、なんてとぼける方がよほど怪しい。即、お前の剣の錆になるには目に見えている。間者として入り込むような輩なら、なおさら心証を悪くする行動をとるはずがない」
ガルは大袈裟に肩をすくめた。言い回しだけでなく、動作まで芝居がかってきた。大股で部屋中を歩き回り、更に大股で2歩、ガルに詰め寄った。
「逆に聞くが、彼女を何故間者と思ったんだ?」
「それは……」
「賊ならベッドに入る必要はない。枕もとを探っていたならまだしも、彼女はお前の隣で寝ていた、そうだろう? 商売女ならまどろっこしい嘘をつく必要もない。抱いて、と囁けばいいだけだ」
大柄なガルが、もはや完全に痩身のアークに気圧されていた。ガルがつい半歩下がると、アークは更に一歩近づいた。
「だから間者だと……!」
「では聞こうか、ガルヴェイン・クラスト卿。我が国どころか大陸随一と誉れ高き『無双』に気取られず、私室にまで侵入を果たせる猛者がいるか? それどころか卿に惰眠を貪らせ、朝まで存在すら気づかせずに同衾できるほどの間者なら、ぜひお目にかかりたいね! 世界中で引っ張りだこの凄腕だ!」
ガル……ガルヴェインの不機嫌の理由が分かった。腕に覚えのある人が、寝込みを襲われたようなものだ。私に対し、異様な敵意を向けていたのも頷ける。
反論できず、ただきつく拳を握り締めるだけのガルヴェインの肩を軽く叩き、アークは傍にあったナイフ―――先ほど私のパジャマを切り裂いたあれだ―――で、両手の拘束をほどいてくれた。ゆっくりと、実に紳士的に私を抱き起こし、近くのシーツで私の身体を覆った。
「とりあえず朝食にしようか。ガル、ハリアに朝食3人分の準備と、女性ものの服を用意させてくれ」
ガルヴェインは未だ拳を握りしめたまま、立ち尽くしている。背から様々な感情が漂ってきた。怒り、しさ、不信、不満、諦め、そして僅かばかりの罪悪感……
「名を聞いても? 俺はアークレイム・カドナ。アークでいい。あちらはガルヴェイン・クラスト。ご覧の通りの偏屈者だから、大目に見てやってほしい」
「私……私は、津田麻奈海……マナミです」
まだびりびりと手首やら背中やらが痺れていたが、アークの暖かな微笑みに癒された。今度は親しみを感じた。
ご覧くださった方、ありがとうございます。
1,2話に比べて若干?話が長くなっていますが、1,2話投稿時は 投稿文字数を 『4000文字以内』 と見誤っていたなんて言えない恥ずかしくて…!! 4万だった…!!!
というわけで今後はこれくらいの長さを目安にしていこうかと思います。




