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28 分かつまで


※直接的ではありませんが、匂わせる程度の性交渉の描写があります。

 苦手な方はご注意ください。


 時が過ぎるのは本当に早い。

 あれから既に何日経っているのか、すぐには思い出せなくなっていた。




 ガルヴェインと思いを確かめ合った……と思われるあの日から数日が経過した頃、レギアスの処刑が決まったとアークから聞かされた。かつて彼に貶められた者たちは、辛抱強く糾弾の機をうかがっていた。次々と余罪が浮かび上がり、『黒の竜の従者』への不敬も含め、もはや誰であろうと助けることは不可能だった。

 レギアスが刑に処された同じ頃、彼の屋敷で彼の妻の遺体が発見された。服毒自殺を図ったと見られる妻の亡骸は、秘密裏に埋葬された。


 彼女も彼女なりに彼を愛していたのではないだろうか。

 今となっては確かめるすべもない。


 アークが無理をさせたのが原因なのか、元々病が進行していたのかは分からないが、ライナルト王の病状は悪化の一途をたどっていた。死の淵にある王は、サラフィナを次期国王へと定めた。

 もはや誰も異論を唱える者はなかった。

 しかしサラフィナだけは私の元へやってきて、自分が王冠を被るその日は父が死ぬ日なのだと泣いた。私はサラフィナを抱きしめてやることしか出来なかった。




 さて。私はこの上なく緊張していた。

 正式にサラフィナへの王位継承を決定づける為に、『王位継承権授与式』なるものを開催しなければならないのだ。本来なら即位式に次ぐ大規模な祭りで、多くの民に次期国王をお披露目する大事な式典なのだそうだ。が、ライナルト王の病状がよろしくないことを考慮し、規模を縮小し、民へのお披露目も執り行わないことになった。つまり王にとって信頼のおける家臣のみへ参加を許す、いわゆる内輪向けパーティなのだが、何故か黒の竜の従者様へ拝顔の栄に浴する場ともなってしまった。

 そんな重要な場に出たくない、という私の意志はまったく無視され、あれよあれよと飾り立てられ、今現在くだんの王位継承権授与式の開始を控室で待っている、という逃げられない状況に陥っていた。

 私が着せられている衣装は、かつて神がお召しになっていた服を模倣したもので、地球で言うならギリシア神話に出てきそうなドレープたっぷりの白いドレスだった。正直生地は薄いし、二の腕はばっちり露出しているし、よりによって何でこんなデザインなんだと文句のひとつやふたつやみっつも言いたくなる。何より重臣と呼ばれる貴族たちと次々と挨拶を交わさなければならないのが苦痛だった。

 ミスが出来ない重圧から、指先にすら血の気が感じられないほどガチガチに緊張していたので、急に響いたノック音におののいてしまった。

「は、はいィィ?」

 裏返ってしまった声に噴き出しながら入ってきたのはガルヴェインだった。

 顔を見て安心したのも束の間、私は囚われてしまった。


 小規模で内輪向けとはいえ正式な厳かな式典なので、当然参加者は全員正装だ。私でさえ『神』の衣装を身に付けているのだから、当然ガルヴェインもそうだった。

 銀に輝く鎧をまとい、整えられた髪と同じ真紅のマントをなびかせている。腰には装身具とはいえ剣が下げられていた。 

 そういえば彼が武装した所を見たことがなかった。昔絵本の中で見た憧れの騎士様がそこにいた。


 私があまりにまじまじと見つめていたので、ガルヴェインは照れくさそうに皮肉めいた笑みを浮かべた。

「何だ、惚れ直したか?」

「うん……」

 正直に述べたのに、今度はガルヴェインが目を見開いた。さっと頬に赤が差している。照れるなら最初から言わないでほしい。

「ところでどうしたの? もう時間?」

「いや、まだだが……様子を見に来た」

 彼の訪問で少し気がほぐれた。来てくれたことも嬉しいし、会えたことも嬉しい。緩い笑みを向ける。ガルヴェインは私の全身を上から下まで見渡しているようだった。

「ど……どこか変?」

「いや……しかし少し殺風景だな」

 この神の服とやら、色は白一色だし装飾品もない。髪は編み込まれアップにされているが髪飾りすらない。化粧は施されてはいるものの、シンプルな装いに合うようにごく控え目だった。確かに物寂しいな、とは思っていたが、侍女が「厳かの方が良いのです」と言い切ったので、そういうものなのかと深く考えないようにしていた。

「やっぱり? ちょっと飾りっ気がなさすぎるよね?」

「あまり派手ではない方が良いのだろうが……これくらいならばどうだ?」

 と、彼は少しかがみ、私の首にペンダントを通した。


 すっかり忘れていた記憶が甦る。ピュオルの城下町を回った際に一目惚れした、ティアドロップ型のペンダントだった。

「これ……!」

 深海色の宝石とガルヴェインとを交互に見やる。

「それが欲しかったのだろう? 今まで協力してもらった礼と言うにはおこがましいが……もらってくれるか?」

「だ、だって、どうして? どうしてこれが欲しいって分かったの?」

「お前、それを凝視していただろう。鈍い俺でも気付く」

 彼の人称がすっかりくだけていることより、ずっと以前から私を気にかけてくれていたことの方がずっと嬉しかった。その時は単に協力者への感謝の念だったかもしれない。それでも、私を見ていてくれたことが何よりの喜びなのだ。

「嬉しい……! 一生の宝物にする!」

「……大袈裟だな」

「大袈裟じゃないよ! ガルヴェインがくれたんだよ? 命より大切だよ!」

 ペンダントをぎゅっと握りしめる。涙ぐんだ私に気付き、ガルヴェインはその手で私の頬を包んだ。

「泣くな。せっかくの化粧が落ちるだろう?」

「だ、だって、ガルヴェインのせいじゃ―――」

 言いかけた言葉ごと、彼の唇に飲み込まれた。


 一瞬触れた柔らかく温かな感触が何か、なんてさすがの私にだって分かる。あわあわと呆然とした私に、ガルヴェインは極めて美しく微笑んだ。

「泣き止んだか?」

「…………」

 ばかやろう、と怒鳴りつけてやれば良かったのだろうか。余裕綽々な彼が腹立たしくもあり、素直に飛び上がって喜びたい気持ちもある。何も返せないでいると、彼はすっと真顔になった。

「……程なく、サラフィナ殿下が名実ともに王位継承者となる」

「う、うん」

「そうなれば、マナミの『黒の竜の従者』としての務めは終了する。もしかしたら明日にでも、元の世界へ戻されるかもしれない」

「―――!」

 私は、肝心なことを忘れていた。

 突然連れてこられたこの世界から、突然消えることもあるのだ。

 戻ることを願った日々と、戻ったら色々と面倒だと軽く考えていた日々とでは、今はまったく違っていた。帰りたくない、離れたくない。

「今、次の瞬間にも、俺の手から消えてしまうかもしれない。だが、お前があちらへ戻るその時まで、俺にお前の生涯を守らせてはくれないか?」

 ガルヴェインの真摯な眼差しが胸を射抜く。言葉の意味も重みも分からないほど愚かではない。文字通り、彼は私にすべてを捧げる気なのだ。

「だめ、だめ……」

「駄目? 何故?」

 彼は私の腰に手を回し、自身に引き寄せた。逃さない、と瞳が強く揺らめく。

「だって、ずっと、一生戻らなかったらどうするの?」

「好都合だ。俺の命がある限り、お前だけの騎士であり続けることが出来る」

 下手に愛を囁かれるよりずっと熱く私の魂を揺さぶった。私を包むこの人の手を振りほどくことなど出来ようか。

「マナミ……あなたの騎士として終生お仕えすることを、お許しくださいますか?」

 私が頷くと、それを合図として再度唇が降ってきた。彼の首に手を回して応えると、より深く口付けられた。

 控え目にドアが叩かれるまで、私たちは互いに寄り添っていた。




 式は滞りなく進んだ。荘厳な雰囲気の中、ライナルト王は泰然として玉座にあり、サラフィナは凛としたまま王より継承権を賜った。

 黒の竜の従者へ膝を折った重臣たちを、正直よく覚えていない。熱に浮かされたように思考がぼんやりとして、機械的に適当なねぎらいの言葉と微笑みを向けていただけのような気がする。

 厳粛な空気のまま式は終了し、意識が戻ってきた時私は既に部屋にいた。すっかり薄暗くなっていた室内を緩やかに見渡し、そこがクラシックな高級家財に囲まれたシルダーク城の一室であることに安堵の息を漏らした。

 良かった、まだ、いる。


 扉が慌ただしく2,3度ノックされ、返事をする間もなく開かれた。銀の甲冑を脱いで平服に着替えたガルヴェインが滑り込んできた。入室の許可を得る前に勝手に入ってくるなんて珍しいな、とぼんやり考えていたら強く抱きしめられた。

 いるな、と彼が言った気がする。

 いるわ、と答えた気がする。


 性急に口付けられ、その唇が首元を辿り、さらりとドレスを脱がされても、それがごく自然のように思えた。わずかな間でも触れ合っていないとそのまま消えてしまいそうで怖くて彼に身を寄せると、あまり煽るな、と苦しそうに咎められた。


 ―――このまま夜が明けなければいい

 ―――どうか私を戻さないで

 ―――どうか彼から離さないで


 彼の熱に翻弄されながら、ずっと黒の竜に願っていた。







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