1 平穏な日々
※初心者の初投稿作品です。至らない点等あると思いますが、打たれ強い方ではありませんので、作品への誹謗中傷はご遠慮ください。
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金曜日には、ほんのささやかな楽しみがある。もちろん翌日から休日、という意味もあるが、1週間頑張った自分へのご褒美として、夕食後のデザートにゼリーを追加するのだ。
以前、その話をアルバイト講師の大学生に得意げに話したところ、「津田室長、いい年したオトナがさもしいですよ」などと呆れられたことがある。
若いな、大学生。こういう小さな楽しみこそが、明日への原動力になるのだよ。
確かに、ゼリーと言ってもデパ地下で売っているような高級品のジュレではない。近所のコンビニにある、大きくカットされた果肉が売りの、よくあるゼリーだ。商品名は『フルーツどっさりゼリー』という。お値段1個168円。
週末の楽しみというには安すぎる、というアルバイト講師のご意見はごもっとも。しかし、普段は値引きされた肉や魚しか買わないような貧乏人にとっては、かなり思い切った贅沢なのだ。この辺の葛藤も、一人暮らし経験のない大学生には分かるまい。
帰宅後、野菜炒めをさっと作り、遅めの夕飯を済ませる。待ちに待った食後のデザートを冷蔵庫から取り出した時に、不意にアルバイト講師の言葉が脳裏を横切った。
「……さもしい、かなあ……」
テーブルの上に乗った『フルーツどっさりゼリー』を見つめながら、ふっとため息をついた。
私は津田麻奈海。今年で32歳を迎えた。個人経営の小さな学習塾の雇われ室長だ。有名進学校を目指すより、日々の授業への理解を深めよう、という経営者の理念に基づいた塾なので、昨今のやれお受験だ、やれ良い大学へ、といった学歴重視の風潮とは真逆を行く。そのため生徒数は正直多くない。生徒数が多くないということは、それほど儲かっていないという意味でもある。私の生活ぶりについては、たまの贅沢が168円のゼリーという時点でお察しいただきたい。
けれど、それが不満ということはない。子供は皆可愛い。もちろんやんちゃな子もいるが、そんな子がやっとの思いで高校に合格した、と聞くのは毎年嬉しい。アルバイトの講師陣もなかなかに協力的だ。手のかかる子ほど可愛いのか、自主的に復習プリントなどを作ってきてくれる講師もいるほどだ。環境にも部下にも不満がない職場なんて、このご時世そうはない。
私生活もそれほど不満はない。カツカツの一人暮らしだが、のんびり過ごせる。月に一度くらいは友人とお茶したりショッピングしたりと余暇も楽しんでいる
……恋人はいないが、もはや諦めの境地にある。若くないし、顔もスタイルも十人並み、華々しい特技があるわけでもなく、裕福でもない。そんな女、誰が好き好んで付き合いたい、結婚したいなどと思うだろうか。結婚しろ、とうるさく言っていた両親ですら、半年ほど前に産まれた妹の第一子……つまり初孫のご機嫌取りで忙しいらしい。
大きな不満もない。その代わり大きな希望もない。せいぜい168円のゼリーに舌鼓を打つくらいだ。
「それで良いじゃないの。平穏な日々こそ至高の宝」
自分を納得させるように呟いて、ゼリーを飲み込んだ。
お気に入りの入浴剤を入れてのんびりお風呂につかり、目尻やほうれい線の辺りを入念にマッサージして、布団の中で読みかけの本を十数ページ読み進め、日付けが変わる頃には就寝する。それが私の日課だった。
その日も何も変わらずいつも通りの日課を経て眠りについた。
柔らかな朝日が瞼にキスをし、愛らしい小鳥のさえずりが耳を揺らす。
ああ、なんて爽やかで贅沢な目覚め!
この土日はどう過ごそうか。春物のセールでもやっている頃だ。駅ビルでショッピングとしゃれ込んで、帰りに切れかかっていた洗剤とトイレットペーパーを買って帰ろうか。それとも日がな一日ゴロゴロして、溜まっていた録画番組でも見ようか……
ぼんやりと目を開けると、見慣れない白く広い天井が飛び込んできた。
「……え?」
ふと、伸ばしていた右手に当たるシーツの感触が、やけに滑らかなことに気が付いた。
ゆっくりと首を振る。
左隣に、見慣れない男性の寝顔があった。
はじめまして。初心者ですが、「とりあえず完結させる」ことを目標に、のんびり頑張っていきます。
至らぬ点はあると思いますが、お付き合いくださると幸いです。