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12 ピュオル領


 少し対人恐怖症に陥っていたかもしれない。




 コルラの町以来、人目を避けるようになった。私はフードをかぶって髪を隠し、日が暮れたら野宿することにした。

 品種改良の件で気分は浮上したと思ったのだが、街道ですれ違う人と目が合うたびに、優しそうな笑顔の裏側に、どんな欲望が渦巻いているのかと疑ってしまい足取りが重くなった。もちろん自意識過剰なのは分かっているが、理性で抑え込もうとしても感情が暴走してしまうのだ。

 「……自分がこんなに打たれ弱いとは思っていなかった……」

 たき火の揺らめく火を見つめながら、ぼんやりと呟いた。返事を求めたわけではないので微かな声だったが、荷を整えながらもガルヴェインは聞いていたらしい。

「人の醜い所を見れば、誰だってそうなる」

 道中、何度も気にするな、と慰めてくれた。その気持ちが嬉しいだけに、いつまでもウダウダ悩んでいる自分に余計に腹が立った。

 森を往こうか、と提案してくれたが、むしろ早く到着して、閉鎖された空間に閉じ込めてほしいくらいだった。必然的に足は早まり、疲労は蓄積されたが3日目の朝にはピュオル領の城下町へと到着した。


 ピュオルの町は大きく、活気に溢れていた。マルシェのように様々な店が並び、威勢の良い声があちこちに響いていた。朝という時間帯も手伝い、通りには多くの人が買い物にいそしんでいた。店頭に飾られた新鮮な野菜やセンスの良いアクセサリー、値引き交渉をしている客と店主のやり取りなどを見て、久しぶりに頬が緩んだ。

 ピュオル公との面会がスムーズに行くとは思っていなかったが、とりあえずダメ元でご挨拶に伺うことにした。賑やかな市場を抜け城の門まで進むと、門番の兵に紛れ一人の青年が立っていた。

 青年、と思っていいのだろうか。中性的で端正な顔をしているので、女性と言われても問題はなさそうだ。青のチュニックシャツが細身の体を包み、肩まで伸びた薄い茶の髪が風に揺れていた。青年は私たちを待ち構えていたようで、手を上げて会釈をしてきた。

「黒の竜の従者様ですね?」

「そうです」

 優しげな声だが声は低い。男性のものだ。遠くで見ても綺麗と思ったその顔は、整い過ぎて人形のようだった。

「お初にお目にかかります。ピュオル公ご嫡男クローバー様にお仕えしております、ジュスと申します。以後、お見知りおきの程お願い申し上げます」

 丁寧な物腰と物言いに、私も畏まってお辞儀を返した。ジュスという青年は、私への挨拶の後隣のガルヴェインに微笑んだ。

「クラスト卿、お久しぶりでございます」

「ご無沙汰しております。ピュオル公に拝謁を賜りたい」

「ええ、そろそろいらっしゃる頃と思いお待ちしておりました。こちらへ」

 そのまま、何事もなく城へ招かれてしまった。うまくいきすぎているのではないかと身構えたが、ガルヴェインは先導するジュスに続いていくので、私も慌てて後を追った。


 通されたのは応接間だった。応接間といって想像するような「ソファー」というものはこちらの世界には存在しないようだった。代わりに豪華な椅子が2脚ある。貧相な想像力で恐縮だが、王様が座りそうなどっしりとしたあの椅子だ。椅子の間に小さなサイドテーブルがあり、そこに水差しとコップが2つ置いてあった。すっかり疑心暗鬼になってしまった私は、この水差しの中に毒でも入っているのではないかと勘繰ってしまった。

 ガルヴェインは私に座るよう背を押したが、自分は立っていた。

「……座らないんですか?」

「座るのは身分が上の者だけだ」

 なるほど、だから椅子が2脚なのだ。お客様と城の主人、その二人だけが座ることを許されるのだ。一人だけ休んでしまって悪いとは思ったが、一応黒の竜の従者である以上、偉いと思わせなくてはならない。お言葉に甘えて腰を下ろした。

 しばらく誰も来なかったので、先ほどの青年を思い出していた。そういえば妙にガルヴェインと親しげだった。

「あの、ジュスって人、お知り合い?」

「ああ……優男に見えて相当の手練れだ。何度か手合わせしている」

「へえ。手合わせって、一度見てみたい!」

 彼が自分の武に関して語るのは初めてだったので、つい食いついてしまった。

「あまり面白いものではない」

 無碍にしつつ、どこか嬉しそうだった。機会があったら見学を申し出てみよう。案外快諾してくれるかもしれない。

 実現しそうな未来にニンマリほくそ笑んでいると、ドアが勢いよく開いた。ガルヴェインは気配でも感じ取っていたのか平然と一歩引いたが、私には突然のことだったので椅子から半身が飛び上るほど驚いた。

「へー、黒の竜の従者なんていうからどんな感じかと思ったら、普通だな」

 入ってきたのは少年だった。年は10歳前後だろうか。サラフィナよりは若干幼く見える。透き通るような綺麗な銀の髪にまず目を奪われ、失礼な発言にむっとしてアメジストの瞳を睨んだとき、少年特有の生意気そうな光を見つけてげんなりした。この手のいたずらっ子の顔など、見飽きるほど相手してきた。

「ええ、普通ですよ。でも、部屋にノックもせず入る人よりは常識はありますよ」

 わざとらしく胸をそらせて厭味ったらしく鼻など鳴らしてやった。挑発に乗ったようで、少年は好戦的な目を向けてきた。

「お前、生意気だな。名を聞いてやってもいいぞ?」

「あーら、紳士たるもの、まずは先に名を名乗るのが礼儀ですわよ、坊や」

「な、なんだと!」

 今にも飛びかからんと血気に逸る少年を、後から入室してきたジュスが制した。

「あなたの負けのようですよ。失礼致しました、従者様。主の無礼を何卒お許しください」

「お前が謝る必要ないだろ! くそっ、後で覚えてろよ! おれはクローバー・フリーズ。領主オリエル・フリーズの長男だ。ほらっ名乗ったぞ! さっさとお前も名乗れ!」

 素直なんだか負けず嫌いなんだかお子様なんだか、全部なのか。これだから子供は可愛くてたまらない。

「ありがとう、クローバー。私はマナミ。どうぞよろしくね」

 にっこりと笑いかけると、クローバーは勝気な瞳で見返してきた。少年の中では、私は良きライバルにでも認定されたらしい。

 二人の訪問は、ピュオル公との面会を知らせに来たものかと思ったが、どうも違うらしい。

「申し訳ございません、従者様。お着きが予定よりも早かったので、公の都合がつかないのです。しばしお時間を頂けますか?」

「もちろんです。突然訪問したのですし、お待ち致します」

 むしろ即会ってくれる方が驚きだった。先ほど門の前で、ジュスは私たちが来るのを分かっていて待っていた。事前に連絡があったのかもしれない。……私が惰眠を貪っていた3日間の間に、バシュフミナ公が動いていたのでは、と思う。得意気なアークの顔がくっきり脳裏に浮かんだ。

「待ってる間、仕方ないからおれが話相手になってやるよ。ジュスとガルヴェインはもう下がっていい」

 クローバーはいつの間にやら用意されていたもう一つの椅子に腰かけ、水をコップに注いでいた。

「恐れ入ります、クローバー様。私は黒の竜の従者様の傍を離れるわけには参りません」

 ガルヴェインは背を正し畏まる。コルラの町での一件が響いているのだろう。ガルヴェインは僅かな時も私から離れなかった。いくら少年といえど、私も面識の浅い人と二人きり、というのは避けたかった。ところがクローバー少年はお気に召さなかったようで、コップをミニテーブルにドン、と叩きつけた。

「おれに口答えするのか! 反逆者ごときが生意気な口をきくな!」

 ガルヴェインの目に、深い、漆黒の闇が浮かんだ。


 それが何を指すのかなんて分からない。ただ、『それ』がガルヴェインの触れてはならない傷だということはすぐに分かった。

 気がついた時には、クローバーの銀の髪めがけて、大きなげんこつを思い切り落としていた。


 ごちん、とそれはそれは見事な打撃音が響いた。

「いっ……!」

「なんてこと言うの! 人の上に立つ人が、人を傷つけることを言っちゃ駄目でしょう!」

 手を出してしまった。だが後悔はない。今の言葉が普通の人にすら禁句だってことくらい私にも分かる。

 今の日本では体罰はご法度だが、言葉だけでは分からないのが子供というもので、つい手が出てしまうこともあった。もちろん手加減してお尻を叩く程度で、大抵の子供は理不尽な暴力でない限りケロッとしているものだった。たまに私のその対応に文句を言ってくる親もいたが、そういう方とはどうせ今後お付き合いなど出来ない、どうぞ当塾を辞めてください、と啖呵を切ったことを思い出していた。ええそう、これで逆に怒ってくるような親ならこっちから願い下げだ。ピュオル公が何だ! 私は思うがままにやるぞ!

「じ、従者様……」

 人形のような薄っぺらい困り顔で、ジュスが私を咎めるように一歩前に出てきた。眉だけ下げて作られた困惑の表情が、ひどく私の癇に障った。

「あなたも何で注意しないの! お仕えしている主が良くない行為をしているなら、それを正すのが侍従の務めでしょうが! まして相手が子供なら、なおさら大人が教えてあげなきゃ、誰がこの子を導くの!」

 落ち着いて考えれば八つ当たりも甚だしいのだが、どうせ追い出されるなら言いたいことを全部言ってやれ、と半ばやけくそになっていた。


 「ほほ、耳が痛いの」

 興奮していたこともあり、ドアが開いて人が来ていたことにまったく気がつかなかった。気がついていなかったのは涙目のクローバーも同じことで、新たな訪問者を見つけるなりそこに飛び込んでいった。

「母上!」

 ガルヴェインとジュスが同時に膝を折る。

「お待たせ致した、黒の竜の従者殿。我が領地にようこそ。領主オリエルと申す」

 クローバーはついに母の胸で泣き出してしまい、遠慮なく高級そうな紅のドレスを涙で濡らしている。息子の背を撫でる手には母の愛を感じさせながら、息子にも受け継がせた紫水晶の瞳には、強い意志がはっきりと浮かんでいる。


 これは一筋縄ではいきそうにない。直感が警告を告げた。





ご覧くださりありがとうございます。

お気に入り登録数も増えてきて、本当にありがたい思いでいっぱいです。




子供への体罰のくだりは私個人の考えですので、体罰を推奨するものではありません。

頭を叩くのは良くないと思っておりますので、あくまでも演出の一つととらえてください。

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