誤解召喚・3
迷わず異世界へ通じる薄暗い穴に三人で飛び込んで数分。随分と長い間落ちている気がするけど、方向はバッチリ間違ってない。
マナを確認すれば、しっかりと落下先を見つめたまま微笑を浮かべたりなんかしててさ。知らないヤツが見れば、綺麗とか美しいとか? 取り合えずマナの見た目を褒め称えるような言葉は尽きる事がないかな。
けど、俺やヒコが見れば、相当きてるなーっていうレベル。
お気に入りの存在を自分の許可も無く勝手に連れ去った事にも怒ってるし、はるちゃんが楽しみにしていた牛丼を食べさせなかった事にも腹をたててるのかな。
はるちゃんが幸せそうに食べてるのを見るのが好きみたいだし。
見てたら、マナが落下中だけど邪魔な布を取り払い、小さくだけど何かを唱えてる事に気付いた。
余程の事が無い限り、俺たちは呪文というものを必要としない。思い浮かべてそれを実行に移そうとするだけ。それだけで魔法という理に干渉できるからね。
それでも、言葉にしようとする場合は、目的をより明確にする為に。
言葉と声によって導き出される不可思議な力を、より安定させる効果があると俺は思ってるけどさ。
まぁ、そんなわけでマナが今やってる事は、目的を明確に。更に研ぎ澄ませる為にだろうけど…。
はるちゃんが見たら、すとっぷーー!何て言いそうだよねー。俺はまったく止める気なんてないけどさぁ。はるちゃんが気にする範囲に突入したら、多分止めるんじゃないかなー。
マナは見るからに魔法系だけど、ヒコと俺は決めてない。なんとなく剣を使ったり、何となく攻撃系。分類的には黒の魔法っていうらしいけどね。その黒系を使うけどさ。そんなヒコは今回、マナに倣って呪文の詠唱を開始してた。
ただの言葉の羅列だけど、その意味を理解すればヒコも止まる気がまったくないって事がわかる。さて、俺はどうするか。
止めないし、俺も暴走もしそうだからお互い様だし。
系統は何でいこっかなー、なんて、着々と準備を進める二人を見ながら、無意識に口角が上がって笑みを形作ってた。
うんうん。本当に面白いよ。
何でかな?
はるちゃんが手厚く保護されてる気がまったくしなくてさー。
思わず、腹の奥底から笑いが出ちゃったね。
本当にさ、面白くて、ね。
落ちて落ちて、突然俺たちの身体を光が覆った。
目が眩むような眩過ぎる光。マナが素早く、闇で目を保護してくれた。ゴーグルのように目元を覆った闇の光。全てを呑みこむ様な光もそれに阻まれ、俺たちはしっかりと状況を確認しながら風で身体を包み込む。
ドンッ、という音は、風と地面がぶつかった音。
流石、呼ばれていない俺たちが、召喚ルートに無理やり侵入した衝撃は半端じゃないねー。無意味だけど。たったこれだけの拒絶で、俺たちを拒めるわけがない。
突然降って沸いたように現れた俺たちに、鎧に身を包んだ騎士っぽい人たちが一斉に剣先を向けてくる。
あー。駄目駄目。隙、だらけ。
なんで距離をあけて、剣を構えてるんだろうね。
ヒコもマナもその光景を呆れたように見ながら、はるちゃんを召喚した元凶に視線を移した。
見たまんま。国王と魔法使いっぽい格好のお兄さん。どうやらこの二人がはるちゃんをこの世界に連れてきたらしい。
けど、やっぱりというか予感通りというか、はるちゃんの気配を城から感じ取る事が出来ず、無意識に眉間に皺が寄る。
そんな俺の横で、ブンッ、と音をたててマナが杖の先を国王に突きつけて微笑む。
慈愛を讃えたような聖女の笑みで殺気を身体に纏わせ、マナは突きつけていた杖を国王の喉へと微かに当てた。
シャラン、と杖の先に付けられた輪が鳴る。
色とりどりの宝石が付けられた杖は、その一振りで様々なモノを召喚する。あれは見てて楽しかったなぁ。
「ぉお……おおお!!!」
けれど、ここでちょっと予想外の反応って言うのかなー。国王が、いきなり歓喜の声を上げたしたんだよね。マナもヒコも怪訝そうに眉を顰めたけど、明らかに国王の視線はシンプルながらも威圧感さえ放つマナの杖に注がれてる。
辺りをさっと見回せば、見てるのは国王だけじゃない。魔法使いも騎士も、マナの杖を凝視したまま歓喜に身体を震わせてるよねー。
「これぞまさしく勇者一行の召喚師の杖! この光り輝く魔力は間違いない!! この間の偽者などとはまったく違う輝き!!!」
「「「………」」」
興奮状態で色々と暴露している国王を、俺たちは冷めた眼差しで見てたんだけどさ、もうちょっと調子にのってもっともっと暴露してくれないかなー、なんてヒコと視線を合わせてみた。
「(とりだすぞ)」
「(オッケー)」
勿論アイコンタクト。
俺とヒコは腕輪から武器を取り出し、それを天に翳すようにしながら国王に見せ付けて見た。
すると、国王や周りの反応は予想通りだったもので、結構呆れちゃったね。
「ぉぉおおおお!! 勇者殿。あの異世界のように我等の国も救ってくれ!!! 我等の国も魔の扉が異空間より現れ大変なのだッ」
興奮しすぎて血管が切れちゃうんじゃない?っていうぐらいのテンションのあがり方。というかさ、このままいくと俺たちが聞きたくない事まで喋っちゃいそうだよねー。
聞きたくないって事は勿論はるちゃんの悪口ね。偽者、だけでもカチンってかなりというかすごく腹がたったのにさ、この後何か言われたら本当に容赦なんか出来ないよ。
とりあえず感極まった目の前の国王と、周りの騎士とか魔法使いとか黙らせようかなぁ…なんて考えたのが悪かったのかな。
俺よりもヒコよりも先に、ブチッ、という音が響いたかと思うと、マナが突きつけていた杖を横に一閃した後に天へと翳した。
あぁ……うん。ブチ切れたね。
予想通りっていうか、なんていうか。
マナの攻撃に巻き込まれたら、俺やヒコでも結構なダメージを食らうから、ステップを踏むように何歩分か後ろへと下がる。
その時間はたかが一秒程。けど、マナにとってみたらその一秒は十分すぎる程有効活用出来たらしく、唱えていた呪文を次々と解き放っていく。
だから今まで無言だったんだけどね。
「ふふ。うふふふふふ。可愛い遼さんの食事の邪魔をしただけでは飽き足らず、本物の勇者に向かって偽者と暴言を吐きましたのね。
あら。あらら。偽者、だけじゃないんですのね。遼さんに言ったのは…」
マナの威圧感に完全に呑みこまれて、国王たちは顔を青ざめさせながら身体を寄せ合うようにして俺たちを見てる。
ここまでくると、会話なんか成立しないよね。
なんか前にも見たような光景だけど、俺の気のせいじゃないよねー。
「さぁ……私の怒りをその身に浴びていただきましょう。ねぇ……覚悟はよろしいでしょうか?」
こんな時のマナの笑みは、正直凶器だと思うねー。
だってさ、笑みだけ見てたらまさしく聖女だよ。何回も言うけどさ。
でも、今のマナは表情だけそれで、背景はまさしく鬼が島の大鬼って所かな?
「ナオ。ここはマナに任せて、俺たちは痕跡を辿るぞ。リョウの痕跡が消える前に……あぁ、くそ。マナに持っていかれたな」
ぼけっとしながらマナを見てたら、今度はヒコに持ってかれた。ヒコはここでお仕置きをしたかったんだろうけど、マナに持ってかれちゃったから悔しそうだけどね。
まぁ、はるちゃん探しは最重要なんだけどさ。
だからお仕置きよりも優先度は上なんだけど、やっぱりあの会話は面白くなかったんだよなぁ。
で、俺はその最重要な事もヒコにもってかれてさ。はるちゃんさえ見つかればいいんだけど──なんだろうなー。
今回、俺って結構鈍くさい?