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服を着て歩くだけで募る精神的ダメージ。
凄いよ。凄過ぎるよ。
だって周りがレア感たっぷりな装備を身に纏った絢爛豪華な人たちと、コスプレな私。いつもは周りに紛れて目立たない私なのに、逆にこのシンプルなコスプレが視線を集めるっていうかねっ。
普段は感じる事のない人たちの視線に、流石の私もタジタジですよ。まったく。そんな私の心境を考慮してか、異世界ツアーは後日のんびりするという事で、早々と森へと入ってくれた一行。
「後日? あぁ。扉を閉めた後にね」
そしたら、普通の村娘みたいな格好で出歩こう。そんな事を思ってたら、隣を歩いてる委員長が「ん?」なんて不思議そうな眼差しを向けてきた。
「違うよーはるちゃん。一回地球に帰って、誤差を確認した後に改めてだよ」
「……行き来自由なんだー。へぇー。そっかー」
「勿論だよ。何かさー、転移は難しいとか修行が必要だとか言ってたんだけどね。このぐらいじゃ必要ないのにねぇ」
「………へぇ」
付き合いがそれなりに長くなっちゃった私が保証しよう。
これは委員長たちの素だ。悪気なんかまったくない本音だ。彼らにとっては出来るのが当たり前で、こっちが感じてるチート、なんて表現には首を傾げる。
チートも何も、彼らにとってはソレが当たり前だからねー。
というか、私が取りあえずこの世界の絵本を読んでる間に、この人たちは何をやってたんだろうねー。絵本? 遊びじゃなくて勉強だけどね。
単語を学ぶ為に、分かりやすい絵本って形をとったけど三日じゃあんまり身に付かなかった気がしないでもない!
結局、美術部員の作ってくれた翻訳機大活躍…はしてないけどね。あんまり話さないし。
ホントこの人たちってチートだよねー。次元を跨いでもチートはチートなんだと実感する中で、緑化委員はオレンジのリボンを家宝にする言葉が効いたのか、先頭をきって歩いてる。
その隣には、煌びやかな銀の刀身と、柄には龍が巻きついた剣を手に持つ剣道部員。お祭り部員は何故か枝から枝へと飛び移り、目に付いた何かに呪文を放ってるらしい。
大所帯一行の周りが光り輝いているのはきっと、お祭り部員の魔法というヤツなんだろうけど…。
スライムってグロイよねー。
斃すと宝石みたいなの落とすんだー。
あ、こっちは動物型。
動物型は見たくないなぁ、なんて視線を逸らそうとしたら、中間辺りにいた保健委員が何故か前まで歩き、綺麗な銀水晶のついた杖を翳した。
その効果なのかどうなのか。彼女が瞳を開けたと同時に辺りに小さなふわふわの羽根が舞い上がる。
舞い上がった羽根一つ一つか光を放ち、動物型の魔物を包み込んだ。
「あれ何やってるの?」
確か彼女は僧侶だったっけ。
あまりに職業が多すぎて把握しきれないんだよねー。
「あれは癒し効果だね。核が汚染されてるから動物が魔物化するとかでさー」
「へぇ…という事は?」
「この辺り一帯を浄化すれば魔物は動物に戻るか蒸発するから、安全になるって事」
「……辺り一帯?」
「ほら、済んだ」
確かにものすごい広範囲に羽根が散らばってるよね。うん。そういうのって多分ものすっごく体力とか精神力とか使うと思うんだけど、保健委員は全然平気そうだ。
寧ろ後十数回は軽いですよ。なんて素敵に笑う彼女の底は知れなかった。
流石大人しめでもチート集団の一員。
常識の範囲外の存在らしい。今更だけど。
「ぅわー…すごいね」
辺り一帯キラキラ。しかし似合うなぁ、こいつ等。キラキラの背景に負けない所か勝ってるね。
「浄化完了です」
キランキランとした輝かしい背景を背に、保健委員がにこやかに微笑む。うむ。癒し系の笑みだ。
副委員長とはまた違う微笑みだよねぇ。
しかし、その杖重そうだよねー……そのずっしりとしてそうな銀水晶。鳳凰を形とっているのか、片羽根ずつを羽ばたかせ水晶を包み込んでいる。しかも杖の土台部分の棒状のものは長い。委員長の身長ぐらいあるのかな。
直径は3cm程。天辺は鳳凰だけど、なんでだろう。重そうだよね、あれ。
あんな細腕で軽やかに杖を振り回す僧侶。ううん、シスターって言い方の方がいいかな。あの格好だと。
「はるちゃんどうしたの??」
「うぅん。突っ込んではいけない事を確認してただけー」
委員長から不思議そうに言われたけど、解決できない謎でいいんだと思う。そっと胸にシスターの七不思議をしまい込みながら、特攻隊として向かわせてる緑化委員に漸く視線を向けた。
「………」
保健委員の浄化の後か、皆剣は鞘に収めてる。
でも何かあれ?と思う話しをしてるんだけど、ちょっと聞こえにくいから近付こっかなー。
「異世界ツアーの王道だから地道に歩いてきたけど、浄化も済んだし行くかぁ」
これはお祭り部員。いつのまにか枝の上から降りてきたらしい。
「そうだな。情報は読み取ったか?」
「もっちろん。汚染の元さえ辿っちゃえば魔王の位置なんて今更。っつーか、祭りは誰も見てない場所でやるもんじゃないって。早く城まで行っちゃおうぜ」
「あぁ。早く鍛錬に戻りたいしな」
「魔王は俺たちで抑えるとして、リョウには安全に扉を閉めてもらわないとな」
「あー。確かに。はむちゃんに何かあったら作らせたチョコは誰にやりゃいいのかわかんねーしなぁ」
……。
今、はむちゃんって言ったよね?
お祭り部員が間違いなくはむちゃんって言ったよね??
「あ…俺もはむさんにあげるマシュマロが教室だな」
っつーか剣道部員までハムスター扱い!?
はむさんってまだちゃんの方がマシじゃない??
「リョウ。俺に捕まれ」
「ぅ、ぎゃっ」
呼び方に憤ってたら緑化委員に捕まれ、抱き上げられた。まったく嬉しくないお姫様抱っこ!!
「行くぞ」
「ほへ?」
その瞬間、目まぐるしい程景色が変わった。
というかチート集団よ。
楽だけどもう少し王道ルートを楽しもうって気はないのかと思ったけど、こんな晒し者認定衣装は嫌だから──…まぁ、いっか。
そんなわけで、目まぐるしく変わる景色が突然真っ黒に変わり、次の瞬間には白い風景になったかと思ったら、それに色が付いて城に変わった。
元々負を司ってるからか、色彩は地味。
黒とか灰色とかそんな感じ。空模様も暗雲立ち込めて、いかにもって感じ。
「すごいねー。景色捻りなし。お約束って感じの城だよねー」
「あらら本当だわ。異世界の魔王城っていうから目新しいかと思ったんですけどねぇ」
「どうするー?」
「ふふ。ぶっ飛ばしましょう。遼さんの可愛らしい衣装には可愛い背景の方が似合いますわねぇ」
何かね。緑化委員に抱っこされてる間に物騒な会話が展開されてんなーって思ったんだよ。思ったんだけど、つっこむには距離があってね。
早まらないでっ、とばかりに手を伸ばしてみたんだけど、それより副委員長の動きの方が早かった。
副委員長の杖は保健委員の杖よりもシンプルだった。
真っ白の細長い杖の先がくるり、と丸くなって、そこに大小様々な輪が取り付けられてる。その輪も真っ白。けれどよく見ると、小さな宝石が埋め込まれているのがわかる。色は様々。
長さは2mぐらいあるのかなー。
そんな杖の感想を言ってみたけど、副委員長が杖を一閃させると、驚きの光景が広がりだした。
あぁ。まだ驚くんだねー。もう一生分驚いたと思ってたんだけどねー。
副委員長が杖を一閃させたら空間が切れてね。その切れた空間からなんていうか阿鼻叫喚の図が広がったっていうか。
あ、阿鼻叫喚っていうのは私たちじゃないからね。
何となく人の形っぽい魔物の人たちが悲鳴をあげながら散らばっていく。
理由はわかるけどね。
怖いと思うよ、あれは。
ゲームなんかで見かける召喚獣ってやつ?
あの大きなヤツはバハムートで、他にも白龍や黒龍やもっと大きな龍とかもいる。龍以外にも、火や氷や風や土を纏ったのも出てきたり。
あ、なんか水溜り──じゃなくて、海が登場した。そこから出てくるのはセイレーン? 派手だねー。登場シーンは。
妖怪もいたりとか? 和洋折衷半端ないね!
「リョウ、行くぞ!」
「お?」
何故かここで私の手を取り駆け出す緑化委員。
何だ? 何の漫画に感化された??
「抜け駆けはんたーい」
お前もか委員長。というか両手を持たれたら走りにくいから!
半ば引きずられるように足を動かしてたら、いつのまにか身体が浮き上がってた。どうやら二人の魔法ってヤツらしい。
そのままふわりふわりと城の天辺まで行くと、そこに黒い渦が出来てた。何もない空間に渦と扉がぽっかりと浮かんでる光景。
異様だよねー。
まぁ、もっと異様なのは下の方で繰り広げられてる光景なんだろうけど。
「はるちゃん」
「リョウ」
「あー…はいはい。閉めてきますよっと」
本当に近づけないらしい二人から離れ、私は普通に渦へと近付く。後ろをちらっと見れば、引っ張られるのを踏ん張って防ぐ二人。
「……チートにも出来ない事ってあるんだー」
まったく嬉しくないけど。
二人からの心配だっていう視線を背中に浴びながら、私はゆっくりと両手を伸ばし、あっさりと何の障害もなくその扉を閉めた。
「そういえば、扉の番人らしい魔王ってどうしてんだろ」
まったく邪魔されないんだけど、と疑問に思えば、下のほうから何故かお祭りの時に流れるような音が聞こえてくる。
……お祭り部員のバックコーラスだ。
あぁ、うん。今頃魔王討ち取ったりー。なんて叫ぶお祭り部員が簡単に想像出来ちゃうよ。
扉を閉めた事によってなのか、渦は完全になくなって、扉の空気に溶けるように消えていく。
「お疲れ様ー」
「お疲れ」
渦がなくなればやっぱり引っ張る力は消えるのか、二人に出迎えられつつまったく感慨深くないハイタッチを一回ずつ。
「じゃ、帰ろっかー。俺さー、はるちゃんに生菓子の詰め合わせ持ってきたんだよねー。流石にちょっと心配でさ」
「…俺もだな。俺は和だが」
「大丈夫。俺は洋菓子だから」
「……帰宅理由って、それ?」
あえて答えず、にこっと笑う委員長。
胡散臭い。心底うさんくせー…。
「じゃー皆各自転移魔法発動で帰ってねー。集合場所は教室でー」
大雑把な委員長の言葉に答えるように、何か色とりどりな光柱が天を穿つ様にあがってく。よくわからないけど、どうやら転移という魔法らしい。
いつもだったら人の心の声にも答える委員長だけど、胡散臭いは無視したまま、またもや二人に両手を取られた。この後は二人から光柱が上がって、またまた景色が変わってく。
景色が黒から白に変わって、それに色がついて、気が付けば慣れ親しんだ教室。
「はるちゃんお帰りー」
「リョウ、お帰り」
「遼さんお帰りなさい」
「皆もお帰りー。お疲れ様ー」
というか、時計を確認すれば日付も時間も召喚された時のまま。
流石異世界ファンタジー。
「……っていうか、この衣装のまま!?」
というか、煌びやかな異様な集団になってるんだけど、そろそろ朝礼じゃないのかなーって晒し者決定??
ぎゃーーー。それは嫌ーーー。
心底叫ぶ私の耳に、チート集団は碌でもない事を言い出してね。
「折角だから、朝礼で異世界召喚発表しよっかー」
「そうですわねー」
「リョウの晴れ舞台だしな」
「っつーか召喚理由とこんな衣装は汚点だーーー!!!」
私がチート集団を阻止できたのかどうなのか。
それは私の名誉の為に黙秘を貫きたいと思うんだけどね。
けれど後日。
すっかり魔法を使えるチート集団が増えたとかなんとか。
まぁ、いいんだけどね。
勇者っていっても地味だから選ばれた勇者だし。
魔法なんて使えなくても困らないもんねー。
……けっ。
あんな衣装で発表されて晒し者にされたら、流石の私も荒みますよーだ。
「ふふ。遼さんったら膨れた頬が可愛い。そんな可愛い遼さんには、はい、あーん」
「あーん……って美味っ。新作チョコ!!」
「こちらは生チョコですわよー。はい、どうぞー」
「ありがとー流石副委員長っ。美味しいーー!!」
……決して、チョコに誤魔化されたわけじゃないのだ。
うんうん。
それに美味しいものに罪はないしね!!