龍神之子・3
雪さんに招かれて、足を踏み入れた屋敷はさっきやったばかりの浄化が効いたのか、光がキラキラとしていて眩いばかりに綺麗になっていた。穢れというものが、私が嫌と思ったモノと同じなら、ここは祓われているという事になるんだとは思うんだけどね。
「……」
どうして雪さんは、ここの靄に気付かなかったんだろう。本当に気付いていないんだろうか? それとも誰かが気がつかなくした?
頭の中では様々な意見が飛び交っているんだけど、私の頭脳じゃこれが限界。考えすぎて頭がクラクラとするし。あー……何か異様に疲れた。
ちょっと眠りたいかも……。そう私が思うのと同時に、身体は力を失い、重力に逆らう事なくその場に崩れ落ちそうになったけど、根性で耐えた。ここで倒れるのは危険。そんな事は私にだってわかる。
チート集団じゃなくて、あくまでちょっと食べる事が好きなだけの女の子です。こんな事態には何故か慣れつつあるけど、何にも出来ないからね!
今はメイちゃんの力が私の中にあるから、勘違いされているけど。私が出来るのは話を聞く事。料理を作る事。食べる事。主にこのぐらいしか出来ない。
最近ずっと副委員長と一緒に居たから、メイちゃんと2人っきりだと妙に心細い。メイちゃんも同じ気持ちなのか、頷いてくれた。
頼りになる、というか、頼りきっていたんだよね。それに今更だけど反省しつつ、私は屋敷の中を横目で確認しながら、廊下をメイちゃんと雪さんと歩いていく。
何か、やっぱりここは好きじゃない。何が嫌なのかわからないけど、兎に角嫌としか言えない。それがむず痒くて、何とも言い難い。やっぱ今度勉強しよう。メイちゃんからもどんな世界があるのかを聞いて、どうすればいいか考えよう。
固く心に誓いながら、雪さんに案内されるがままに歩いていく。
「ただいま戻りました」
襖越しに声をかける雪さん。
「入れ」
それに答える誰か。低い声だから、お父さんとかかな。
許可をもらって雪さんが襖を開けると、そこに居たのは多分雪さんの家族。しかも勢ぞろい。
鼻の下から立派なお髭を生やしたお父さん。その横にお母さん。机を挟んだ所にお兄さんと弟さんかな。
……。
………。
…………。
上座に座っている、顔色が変なおじいちゃんは何だろう。
緑色なのは特撮ですか? どっきり??
おじいちゃんから目を逸らせずに見ていたら、そのおじいちゃんが笑った。にたぁって……。口、大きいね。耳の辺りまで裂けてるように口が開く。丈夫そうな歯を持っているおじいしゃんだね。人の腕なんか軽く噛み砕けそうな気がする。
「龍神様。よくおいで下さいました。おじい様も喜んでおります」
お父さんが、上座に座っているおじいちゃんに声をかける。
気付いていないのか、元々こうなのか。判断に迷う。
「(メイちゃん)」
〈(うむ。上座のな……)〉
どうやらメイちゃんも気になるらしい。うん。アレは気になるよね。内心頷いていたら、屋敷が一瞬であの変な靄に包まれる。思わず口元を手で押さえた。
「(メイちゃんッッ)」
〈(うむ。逃げるぞ)〉
雪さんたちには悪いけど、ここは危険地帯です。元々考えていなかったけど、作戦をたてなきゃ無理っぽいので、戦線離脱させてもらいます。
緑化委員に作ってもらった、逃げる専用の道具の一つである煙り玉・改を畳へと投げつけた。
初めは煙だけだったけど、改の方は安全な場所へのテレポート機能をつけてもらった。メイちゃんをしっかりと抱きしめながら、テレポートした場所を見回す。安全に見えるけど、怖いから委員長の作ってくれた結界セットを地面へと埋めていく。
半径5m程の半ドーム型の結界が出来上がる。そういうのが見えない私の為に。私だけが見えるように作ってくれた。
「ふぅ……これで暫くは安全なはず」
副委員長に言われた通り、透明の石を中心辺りに埋める。結界を強化するアイテムだって言ってた。
〈あやつらもいたせりつくせりだのぉ〉
「そうだね。1人だけチートじゃないから、色々作ってくれるのかも」
チート率99.9%。脅威でしかないけど、割合皆仲良しに見える。あの学校の関係者しか楽しめないから、結果的に仲良くなるらしい。
一般人には出来ない事が多すぎて、結局は退屈でチート同士で固まるみたいなんだけどね。
〈わしが関わらんでも、あの食欲は十分そのチートになるんじゃないかのぉ〉
「ん? 家族皆あんな感じだよ」
〈……それもすごいのぉ〉
「それよりメイちゃん。段々暗くなってきたね」
空がどんよりとし、暗く沈んでいく。いつも感じる黄昏時とは違う、何かが降りてくるような……。
〈この結界があれば大丈夫じゃろう〉
「うん」
元勇者の恩恵なのかどうなのか、上空から降ってくるモノが見える。沢山の真っ黒な塊。模様も何もない。それが雪のように降り積もっていく。
下の方から段々と地面に溶け込んでいきながら、黒を広げていってる。どうしyおう。これはヤバイ。雪さんの家がおかしいとかいうレベルじゃない。
〈ハル。てぃーせっとと書かれた箱が入っておるが〉
「! そっか。そろそろ普通にお腹がすいたね! お菓子か夕飯か……。夕飯の方を食べよっか」
リュックの中から、手の平サイズの箱を取り出す。それにはテーブルセットと書いてある。その箱を開けると、テーブルと椅子が結界に収まる丁度良いサイズでセッティングされ、更に別の箱を開けると、その上に料理が並ぶ。
「お腹がすいたら戦は出来ない! さぁ、食べよう!!」
山ほど並べられた料理の数々。今回は中華で、デザートに桃のお饅頭もある。
「いただきます」
〈今のハルが食べ始めると、ものすごい勢いで我に力が戻ってくるのぉ〉
アレだけ食べてもそこまでいっぱいにならないのに、今日はちゃんと溜まっている感じがする。これだけ結界の外の空気が淀んでいても、お腹はすくもんだね。
ひょっとして、ここで副委員長がいれておいてくれた食事を沢山食べれば、メイちゃんの力の回復は地球よりもずっと早いんじゃないかな。そんな事が脳裏を過ぎった。
〈しかし……遅いのぉ〉
「ん?」
〈迎えがじゃ。ハルが飛ばされたら、直ぐに迎えに来ると思ったが、それにしては遅いのぉ〉
「そういえば……というか、やっぱ遅いよね」
今回は居所がわかるようなものも沢山持っているのに。うーん。最近、やっぱり副委員長にべったりで頼りすぎてる。
でも、副委員長なら見つけてくれるって思ってるから、こうして落ち着いていられるんだよね。こんな事態に陥っても……。