龍神之子・2
「諦めなさい」
凛とした声が響いた。そこに立っていたのは巫女装束のお姉さん。今度は本物に見える。そのお姉さんが近付いてくると、私を掴んでいたお姉さんは『ヒィィ』と怯えたような悲鳴をあげながら走り去っていった。一体何だったんだろう。
むず痒い左腕で右手で埃を払うかのように動かすと、お姉さんが『待ってください』と穏やかな声音で私の行動にストップをかける。
「触ってはいけません。穢れが……え? 祓えてる。何故……」
「穢れ? 穢れってさっき痒かった所? 右手で払っただけだよ」
それだけの事なのに、祓えって何? 頭の中ははてなマークだらけで全く意味が分からない。
「きゃあぁ。申し訳ありません。龍神様たちとは思いもよらず、失礼な言葉を」
頭を擦り合わせそうな勢いで土下座をしてきたお姉さんに、私は慌てながら腰をおろし、お姉さんの顔を上げようと肩を軽く押しながら立って下さい、とお願いする。龍神様たちじゃなく、龍神様はメイちゃんだけです。私は至って普通の人間なんだって。何故か私までメイちゃんとワンセットで龍神扱いされているんだけど。
人間だと言っても信用してもらえそうにないなぁ…。
「私の兄弟子が龍神様を呼ぶ儀式をしていたのですが、失敗だったと先程話を聞きました」
「龍神……? メイちゃんの事?」
〈うむ。そなたの兄弟子の召喚だろうな、呼ばれた男の力、それに顔立ちもお主に似ている〉
「そうでしたか。申し訳ありません。一緒に来ていただいてもよろしいでしょうか?
ぜひ兄に会って欲しいのです」
〈よかろう〉
メイちゃんはお姉さんの言葉にあっさり同意した。ちょっと意外だったけど。メイちゃんが行くなら私も一緒に行くんだけどね。メイちゃんから離れたら、自力じゃ帰れない気がする。
状況も分からないし、メイちゃんは自分を呼んだ相手が気になってるのか、お姉さんの後ろについて歩くように私を引っ張る。副委員長のお勧めグッズをつけているし、持ち歩いてもいるから、前に比べたら全然安心出来るんだけどね。
出来るけど、ふとある事に気付いた。お腹がまったくすかない。食べても食べても足りなかった食欲。それが一切ないのがおかしい。
「ねーメイちゃん。どうしてお腹がすかないんだろう……?」
私に聞かれ、メイちゃんも首をひねる。これは多分首だと思うんだけどね。傾げた部分が。
〈うーむ。ひょっとしたら、だが、神力に満ちているのかもしれん。それを取り込んでいれば、腹がすく、という事はないかもしれん〉
「へぇ…」
食べれて幸せだけど、アレだけお腹がすくと味わいきれてない時があると思うんだよね。だから昔ぐらいで丁度良いと思うんだ。だから早く食べてメイちゃんに力を返そうって思ってたんだけど…。
〈ただ、我が呼ばれたという事自体、我の神力に頼りたいという事だ。今まで溜めてきた力を逆に使いかねん〉
メイちゃんの言葉に、何も言えずに押し黙ってしまう。かなりの量を食べているけど、まだ半分にも満たない力。それが減るのは阻止したい。
「メイちゃん。こういう場合はチート集団の力を借りよう。メイちゃんが身に着けてる宝石も、私がつけてる宝石にも力があるって言ってたから!」
その前に迎えに来てくれそうな気がする。今回は用心として色々とアイテム入りのバックを持ってこれて良かったと思う。後邦訳機変わりの腕輪は常備しているし。首輪をつけられたようなものだけど、今は凄く心強く思う。
それに、つけてなくても分かっちゃうしね。何故か私の居場所。行動パターンが読みやすいんだと委員長が言ってたっけ。
早いか遅いかだけなんだけど、どうせ見つけてもらうなら早い方がいいし。
お姉さんの後に続きながら、メイちゃんとそんな話をしてた。勿論、お姉さんには聞こえない声の大きさで。それ程早くもなく遅くもない丁度良いペースで歩いていたら、どうやら目的地にたどり着いたらしい。
広い。広い一軒家。2階建てなんかじゃなく平屋。いかにも金持ちといった感じの屋敷だ。東京ドームに行った事はないけど、そういうの何個分っていう敷地だと思う。
何かおどろおどろしてる空気が影になって見えた。ここも怖い所なんかじゃないかなぁ。多分だけどメイちゃんがここじゃない別の場所に出たって事は、ここの空気は悪いって事だと思うんだよね。
色々と守ってもらいつつだけど、それなりに経験を積んできたと思う私の意見としては、だけど。
「ねぇ、メイちゃん」
〈うむ〉
「空気が悪いね」
〈…うむ〉
メイちゃんも難しい表情をして屋敷を見てる。
「どうぞ、こちらです」
お姉さんは気付いていない。左手首の腕輪の一つが、ヤバイ光り方をしてる。紐に一つだけついた玉。それを何本もつけてある。全部副委員長が作ってくれたものだけど、これは確か投げてもいいものだったと思う。
「お姉さん。ちょっと待ってて下さいね。今、この中に入るのは危険です」
「え…?」
中を案内しようとしていたお姉さんを止め、左手を前に突き出す。
光っている腕輪を外し、それを力いっぱい屋根に向かって投げつけた。すると、まばゆい光が屋敷を包み込む。嫌な感じの靄が一瞬で浄化された。と思う。同時に、役目は終えたとばかりに戻ってくる私の腕輪。
……。戻ってくるんだ。使い捨てかと思ってた。
『ねぇ、メイちゃん』
《考えるな。我は、考えぬ》
すっかり忘れていたけど、メイちゃんの力を体内に宿している私は、メイちゃんと心話が出来るんだ。つい2人とも口に出しちゃうから全く活用はされていなかったけど、ここだとフル活用になりそうな気がする。
「…身体が……軽くなりました。龍神様方。今何をしたか聞かせてもらってもよろしいでしょうか?」
お姉さんの瞳が輝く。憶測だけど、この黒い靄には気付かずに過ごしていたのかなぁ。力をほぼ失っているメイちゃんと一般市民の私じゃ気付けないだろうけど、今はチート品を大盤振る舞いで身につけてるし、バックの中身は全てチートグッズだ。だから気付けたんだと思う。
その場にいなくても、チート能力爆発中。どれだけ凄いのかというより、凄すぎてついていけないから考える事はやめておく。だって考えてもわからないし。でもお礼は言っとこう。……お礼ぐらいしか言えないんだけど。
「黒い靄があったので、吹き飛ばしてみました」
チート品が浄化しましたよ。そんな事は言わないけど。多分浄化してくれたんだと思う。それと凄く今更な事だけど、お姉さんの名前も何も知らないんだよね。私も話してはないんだけど。
気分的にだったけど、本名は名乗らなかった。んー…何か嫌な感じがまだまだ続いているんだよね。チート品で浄化したはずなのに。
一瞬、お姉さんが下に下ろしていた右手の人差し指を、1秒程立てた。瞬く程の時間だけど。何かの合図なのかは分からないけど、距離は縮めない方が良さそう。
うーん。最近疑り深くなったのかなぁ。
穢れとか祓えてる、とか言った人が、自分達の家の瘴気にも気付けないのかなぁ、ってあやしく思ったり。屋敷全体が黒い靄で包まれていたのに、お姉さんは気付かずに入ろうとした。
「ごめんなさい。そういえば自己紹介がまだだったわね。
私は雪よ。改めてよろしくお願いします。龍神様方」
お姉さんはにっこりと笑い、雪と名乗った。それが真実か嘘かは私には分からない。分からない事は隅っこに保管して、心の中でメイちゃんに話しかける。
『メイちゃんはどう思う?』
《こやつの指の動きで、誰かが動いた。この屋敷自体完璧に祓った痕は今回の1回だけだ。他には中途半端なものばかりだのぉ…》
『うーん。迷うなぁ。お姉さんやここに住んでいる人が“悪い”とは思えないんだよなぁ』
でもこっちから見ると怪しくなっちゃうんだよね。さっきの暗号っぽい手の動きとか。だからこっちも混乱しちゃうんだよね。
多分そろそろ副委員長が気付いてくれると思うんだよね。そうしたらあっという間に解決しちゃえそうな気がする。気がするんだけどね……。
何か、来るのが遅いなぁ……。
他力本願だけど、そんな事を思ってた。