龍神之子・1
「相変わらず無駄に広い部屋だよね」
起きた直後に毎回思う事。色々な事があって今は女子寮に少しの間お世話になっているんだけど、この部屋には絶対に慣れる事はないんだろうなぁ。
「メイちゃんおはよー」
〈うむ〉
眠たそうな目を擦りながら、一緒に洗面所に行って顔を洗う。人用の洗面台の横にはメイちゃん用の洗面台がある。凄いね。流石家柄ですらチート。やる事に中途半端はない。
メイちゃん用のタオルを渡すと顔を埋めるメイちゃん。
〈ハル。タオルを両手に持ってくれるか?〉
「うん。いいよー」
これは日課なので、いつものように両方の手の平の上にタオルを乗せる。そうすると、顔以外で濡れた身体を拭きだす。メイちゃんは小さいので、タオル一枚で十分拭ける。
〈うむ。助かった。すまぬな〉
「どういたしまして。今日は晴れかなぁ」
ふと、洗面所の窓から見える空には雲ひとつ見えない綺麗な空。
〈そうだの。これでいくと晴れ……うむ?〉
「どうしたの? あれ? 尻尾が光ってるよ」
2人(龍)で窓の外を見ていたら、突然メイちゃんの尻尾が光りだした。これは、あまり良くない事態を招きそうな気がする。
メイちゃんを右腕で絡め取るように抱っこし、部屋まで走って戻る。何箇所かに全く同じ物が入った鞄が何箇所かに置いてある。今度は洗面所にも置いておこう。段々メイちゃんの光りが広がっている。これは本当にまずい。濡れた状態でベッドにダイブし、その横に置いてあった鞄を左手で掴み取る。
ソレとメイちゃんの光りが全身に回るのはほぼ同時だった。
メイちゃんの身体が透けていくのと同じように、私の身体も透き通っていく。
何とか間に合った。セーフ。この鞄は副委員長たちが用意してくれたもしもの時用の便利グッズだったりする。
これとメイちゃんは絶対に離さないぞ!と力を込めて、移動が終わるのをひたすら待つ。
手足の感覚が薄れてきた頃、漸く何処かにたどり着いたらしい。メイちゃんも鞄も抱きしめているから問題なし。周りをぐるっと見てみたら榊を持った巫女の格好をした女性が一人。しきりに何かを言っていて、メイちゃんは頷いているけど私には何を言っているか全く分からない。
鞄の中から翻訳機能のついた腕輪をつける。それと同時に巫女さんが何を言っているかわかった。どうやら、龍神のメイちゃんに必死に話しかけてた。
お姉さん──おばさんと読んだらいけないと脳裏が警報を鳴らす──はメイちゃんを抱っこしている私に視線を向けた。
「貴方様は龍神様の御子様なのですね」
「……ん?
お子様? 誰が誰の子供?
「そのお力。身に宿る龍の氣。眩い光りがお体を包んでおります」
「……」
チラッとメイちゃんを見る。メイちゃんもチラリと私を見る。最後には2人してお姉さんの格好を見る。何度見ても巫女さんの服。純和装。元々メイちゃんの身体が光っていた時点でかなりの覚悟はしていたんだけどね。ここまでくると何か色々な事に慣れてしまった。
「少し待っていて下さい。出来れば目を閉じてて下さいね」
小さい身長。威厳のない普通の顔。あるのはメイちゃんに返さなきゃいけない玉の力。私の中にあって勘違いされちゃってるけど、ここで訂正するのは面倒だし難しい。
なんたって相手が思い込んでいるから、こっちが何を言っても聞いてくれない。このお姉さんもそのパターンだね。だって、メイちゃんの力が私の中にとある事情だけど、あるのは事実だし。
なんとなくこういう事態に慣れつつある事を自覚しながら、副委員長が用意してくれた防犯グッズを目立たないようにどっさりとつける。目立たないようにとは言ったけど、小指にピンキーリングをつけると見えなくなるんだけどね。
副委員長に言われた通り全て身につけ、メイちゃんのものも確認する。皆、力が落ちちゃってるメイちゃんにも作ってくれたんだよね。
メイちゃんの腕にも腕輪をつけ、お互い確認しあう。
伸縮自在の腕輪だから、メイちゃんがつけていても大丈夫。リュックを背負って最後の確認。
「開けてもいいよー」
最終確認をした後、お姉さんに声をかけると、何故かものすごく距離をとられる。そんなに壁にへばりつかなくてもいいのに。異世界の人ってやっぱよくわからないや。
とりあえずだけど副委員長に言われた通り、右手の小指に指輪をつけ、腕輪は3ミリ程度のものが10本。靴の裏にはスライムみたいのを貼り付けてみたら、靴の裏と同化した。
全くわからない。流石科学&魔法合同製作倶楽部が作っただけの事はある。他にも山ほどあるけど、これだけは身につけておいてと言われたものはつけたはず。
腕輪がジャラジャラと鳴っているのは相手には聞こえないらしい。
10本の腕輪には何十個もの宝石が埋め込まれていて、色々な効果があるらしい。
神々しすぎて近付けません!と叫ぶお姉さん。メイちゃんと一緒にどれが原因だろうねー。と話し合う。腕輪は見えなくなっているだけで、既に効果を放っているのかもしれない。
「どれだと思う?」
〈我にはこれかの。妙にピカピカと光っておるの〉
「そうなんだ。全部同じに見える」
〈これに触って、少し押さえて欲しいといえば、出力を抑えてくれるんじゃないかの〉
「うん。やってみる」
メイちゃんの言う通りやってみたら、収まってくれたらしい。
お姉さんが漸く近付いてきてくれた。
「大丈夫ですか?」
口元に布を当てながら近づいてくれたお姉さんだったけど、まだまぶしい存在を見るような眼差しを向けてくる。
今まで、こんなふうに見られた事ないよね。
ありえない勘違いをされちゃっているけど、どうしよう。
メイちゃんの娘と勘違いされてるよね。娘ってありえないんだけどね。
「どうしよう、メイちゃん」
お姉さんの姿は純和風なんだけど、私が言葉がわからない時点でここは日本じゃない。日本の昔かと思ったけど。
けれど、周りを見渡せば、懐かしの田舎の風景が目の前に広がっていた。
メイちゃんとこそこそと話していたら、お姉さんがこちらをガン見してくる。自宅に招待したいと、腕にすがるようにしながら、しきりに同じ言葉を繰り返す。どうしよう。会った直後と今の態度が違いすぎて怖い。
お姉さんの眼が怖い。多分、私がお姉さんを拒絶してしまえば、腕輪の力でお姉さんは近づけなくなるんだろうけどね。
だから極力そうは思わないように努力はしているものの、掴まれている腕が段々と気持ち悪くなってきた。何でだろう。お姉さんの家には絶対に巻き込まれたくないよ。
メイちゃんも同じらしく、私の襟を銜えて後ろへと引っ張ってくれる。こんなに拒絶されているのに、どうしてお姉さんは私たちを連れて行こうと頑張っているんだろう。
気持ち悪いけど、その事も不思議で仕方ない。




