生物捕獲・1
前は、寮の部屋よりも実家に帰ってる方が多かった。
寮の場合、自分が使える部屋は2。共同スペースと、その隣の私室。共同スペースは二人で使うんだけど、俺の場合はヒコとある意味同室。折角寮暮らしをするんだから、一人部屋じゃない部屋を作ろう。が始まりだったっけか。
全員で使える共同空間は勿論完備されてる。寮というより、何処かのマンションと言われた方が納得するような充実ぶり。
このぐらいやってもらわないと、誰も寮に部屋はもたないんだけどねー。
まぁ、最近は寮で寝泊りする事が増えたかな。
ヒコと話す事も増えたし。
その分ヒコが溺愛するリー君と遊ぶ事も増えたんだけど……未だに、はるちゃん=リー君というヒコの思考がわからない。
多分、小さい。くるくる動く。頬張るというキーワードだけではるちゃん=リー君という図式が成り立っているとは思うしね。
「ふわ…」
欠伸を噛み殺しながら、共同スペースに置いてあるハムスター用品のカタログに手をのばす。これは何冊目かな。っていうのは愚問だね。
テーブルの上に置きっぱなしはヒコにしては珍しいけど、昨日は珍しく……でもないけど、確かリー君の新居について真剣に悩んでいたっけ。
ヒコの宝物であろうカタログを棚の上に置いた後、カーテンを開けて外を眺める。今日もいい天気。少し暑いぐらいかもしれないなー。
そうなると、はるちゃん用のお菓子は冷たいものもいいかもしれない。
「何にしようかなー」
定番のチョコは勿論持っていくけど。
ヒコとは被らないようにしないと……あれ?
「……?」
目を擦りながら、もう一度庭に視線を落としてみる。
「………あれれ?」
何度擦っても、庭にぽてっと落ちている物体は変わらない。
動いて、多少位置は変わってるだろうけど。
「何をやってるんだ?」
「…おはよー」
「おはよう。じゃなく」
「あー。うん。ヒコ、あれ見て」
「……?」
怪訝そうなヒコ。でも、アレを見たらきっと全てを納得してくれるだろうと思うんだよね。最近、はるちゃんのおかげで色々と異世界的な事は慣れてきたんだけど、流石に地球でこういう経験をするとは思わなかったなぁ。
しみじみと庭の物体を見ている俺の耳に届いたのは、ヒコの何とも言い難い声。
「毛がないな」
「大体はないよね」
…ヒコも結構ボケてきたよなぁ。
「毛があったら可愛い、か?」
「そう?」
何でもリー君に結びつけるのは止めた方がいいと思うなぁ。
それに、あれは毛がない方が可愛い? かっこいいになるのかな。いいと思うんだけどねー。
とりあえず拾って、教室に持ってきてみた庭のソレ。
ソレを興味深げに、マナが観察するようにジィっと見ていた。
「ナオさん」
「ん? なーにー」
言いたい事はわかるけど、俺もこれに関しては庭に落ちてただけだから。ただ、はるちゃんに見せたら喜ぶかなっていう程度。
そんな俺の考えがわかったのか、マナは俺に問う事はせずにソレに向かって口を開いた。どうやら、知性があると判断したらしい。
「私は真那佳と申します。貴方のお名前は?」
にっこりと微笑みながら、優雅に尋ねる。風が吹けば折れてしまいそうな程儚い笑みなのに、何故か俺には嵐が来ても傷一つつかない頑丈な鋼鉄の笑みに見えてしまう。
庭のソレも俺と同じなのか、一瞬不思議そうに首を傾げながら、素直に口を開いた。どうやら、マナは逆らってはいけない存在だと判断したらしい。賢明だよ、とは言わない。流石に俺もマナの機嫌を損ねるのは本意じゃないしねー。
ヒコはヒコで、マナとソレの会話を聞き漏らすまいと集中してるし。
あれって、はるちゃんに危害を加えそうかどうかを判断してるんだよね。俺も人の事は言えないけど、過保護だよね。
『…我は、龍じゃ』
「「「………」」」
多少小ぶりというか、手の平サイズだけど、見たまんまだよね。俺たちの視線に気づいたのか、龍が居心地悪そうに身を捩りながら、慌てたように言葉を続ける。
『我の本来の姿はこのような小ぶりなものではないのじゃ!』
「ふふ。では、何故手の平サイズになったのかしら?」
間髪入れずにマナが尋ねる。
本当のサイズはもっと大きいって事は……まぁ、俺たちならいけるか。
『うぅ……』
龍が答えにくそうに言葉を詰まらせたけど、そこで引くマナでもないし、俺たちでもないよね。
「何故、ですか?」
笑みを濃くするマナに、寒気が背筋を走り抜けた。傍で見ている俺でもこれだから、直接向けられた龍にとってみたら恐怖を感じるかもしれない。
『うぅぅ』
案の定既に半泣き。
小さな生き物が好きなヒコは、そろそろ救出しようか悩んでいるみたいだけど、もうちょっと待ってよとばかりに右腕を軽く動かし、ヒコを牽制しておく。
「…わかった」
俺の意図に気づいたのか、ヒコが頷く。龍が盛大に泣き出したら動くだろうけど、とりあえずは待ってくれるらしい。
『我は…大切なものを無くしたのじゃ。あれがなければ、我は元の姿には戻れんのじゃ』
「あぁ。龍の宝玉というものですね。あらら。見た目通りどじっ子さんですのね」
『うっ』
マナの言葉に盛大にダメージを負った龍は、机の上に丸まりながら泣き出した。こうして見るとヒコじゃないけど、可愛いよね。小さな感じがいいのかな。
「宝玉を無くしたのか……マナ、どれぐらいで見つけられる?」
泣いている龍を横目に、ヒコがマナに尋ねる。
探索系なら俺たちよりマナだよねー。ヒコの言葉に、泣いていた龍の瞳が一瞬で輝くけど、マナは考えるように頬に手をあてて首を傾げた。それにまたへこむ龍。
「……マナ」
へこむ龍の姿が気に入ったのか、マナはあえて焦らしているみたいだけど、ちょっと可哀想かな。哀愁漂う背中が何とも言えないっていうか。
俺とヒコの後押しもあってか、マナは困ったように笑みを浮かべた。
「靄がかかった様になっていて見つけにくいですわね。少し時間をいただいても良いでしょうか?」
「へぇ……」
マナにしては珍しい。
そう思ったら、自然と声が漏れてた。
「おそらく、本来ならばもう見つかってるんですけど、所々に同じような気配のものがあって、真偽を確かめるのに時間がかかりそう、と言えばいいのかしら?」
「…同じようなもの?」
「えぇ。散らばった、と表現してもいいと思いますわねぇ」
『……』
マナの言葉に思い当たった事があったのか、龍は無言のまま俺たちを見上げてきた。
『我に心当たりがある。地球ではお目にかかれぬような濃い気配を感じここまで来たが、こに敷地内に入った瞬間弾かれたような気がしたのじゃ。
その時、散らばったような感覚が突き抜けていったんじゃが、多分力の破片が世界中に飛び散ったのかもしれん』
「「「……」」」
龍の言葉に、今度は俺たちが無言になった。
心当たりっていうかさー。それって、誰かが張ってみた結界に引っかかったんだよねー。多分っていうか絶対にさ。