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ヒリアル

作者: 色堂


「はいはい」

「ナツキのばかやろう」

「え、何だよ、いきなり過ぎるよ」

「別に、ただ言いたかっただけ」


 突然かかってきた電話で突然ばかやろうなんて言われて、上手く反応出来る人はまずいないと思う。というかむしろこの反応が欲しかった。え、なにどうしたの、と電話の向こうで穏やかに笑う声につられて、わたしも笑った。

 わたしはナツキが電話に出てくれる時の第一声である、「はいはい」が好きだ。気まぐれに電話をかけるわたしを待っててくれているような気がして。安らげる居場所を与えてくれている気がして。ナツキ、という可愛い名前に似合わないぐらいの低くて落ち着いた声が聞きたくなるから、わたしはしばしば夜中に電話をかける。


「さっきね、ドラマ見て泣いた」

「ほう」

「主人公の恋人死んじゃったの」

「あらら、それは悲しいな」

「それで電話したの」

「俺の安否確認してくれてるんだ?」

 可笑しそうに笑いを含んだナツキの質問に、ばーか、とわたしは笑う。それを聞いたナツキも、嘘だよ、とケラケラと楽しそうに笑った。

 同い年で遠くに住んでいるナツキとわたしは、実はまだ会ったことがない。いわゆるネット友達というやつで、でも電話やメールをし始めてからもうすでに二年が過ぎたために、本名とか顔とか住んでる場所とかは勿論、お互いの状況や友達まで知る仲になっていた。何回か泣き付いたこともあるし、真剣な相談も受ける程だ。顔が見えない分、涙を見られない分、わたし達は心を許しやすくなっているのかもしれない。嘘は簡単に付けるはずなのだけれど、長い時間の経過と彼のリアルでのブログが、わたしを信じさせてしまう。

 わたしは特にネット住人、というわけではないのだけれど、ちょうど大学が始まる前の春休みにナツキと出会ったのだった。初めはどうでもいいと思っていたナツキが、ここまで近い関係になるなんて、人生はわからないものだな、といつも思う。わたしはベッドに寝転がりながら携帯電話を右耳に当てたままで、目を閉じる。電話を繋ぎっぱなしで眠りに落ちてしまった時のことを思い出した。あまり仲良くない人との電話での沈黙は、息が詰まる程に苦しい。沈黙は流れを止めることなくゆっくりと、確実にわたしの心を侵食してゆくから、わたしは息継ぎも忘れてあることないこと関係なく、とにかく喋り続けなければならないような気になって余計に空回る。しかし、一定以上の気の許せる関係になるとその沈黙も、ひどく優しくわたしを撫でて、心を解いてくれるのだ。心地良い空気の流れに身を任せて、わたしはただぼうっと天井に設置されている電気の紐がぶらぶらと揺れるのを見つめた。


「あ、ねえナツキ」

「ん?」

「新しいブログ見たよ」

「ブログ?」

「新しい女友達出来たんだって?」


 ナツキはずっと男子校とかそれに似た環境育ちだったから、女の子の友達が極端に少ないようだった。相談まで出来る仲の良い女の子っていうはどうやらわたしだけのようで(実際のことは分からないとしても)、少なからずの優越感を感じたりした。

 ナツキは、最近ネット上で出来た女友達と仲良くしているようだった。よく考えてみれば、わたしもその一人で、同じような経緯で仲良くなったのだけれど、顔も声も知らないその女の子がナツキのブログに女の子っぽさ満載のコメントをしているのを見て、少しだけムッとした。


「え? ああ、そうなんだよ、俺あいつに紹介されて、新しくブログ始めたんだよね」

「へえ」

 女の子と仲良くなれて良かったじゃん、と言って、笑い飛ばしたかったのだけれど、ナツキまで上手く笑い声が届いたかどうかは自信がない。お前も女の子だろ、といつもと変わらない落ち着いた口調で優しくナツキが言うから、わたしは何も言えなくなる。口元だけが、ナツキに分からないようにへの字に曲がった。

 どうして自分がこんなにもむしゃくしゃしているのかが分からない。いや違う、このむしゃくしゃの理由が分からないんじゃない。分かっているのだ。だけど、会ったこともないナツキに対してこんな気持ちを持つことは、おかしいと思うから。わたしのナツキに対する「すき」は、恋愛対象の「好き」ではないのに。

 良かったね、を連呼するわたしに、電話の中にいるナツキはふふ、と笑った。柔らかな鼻息が、受話器に当たる音がする。

「何、お前妬いてんの?」

「えー、何それ」

 不覚にもキュンと鳴いた心臓に気付かない振りをして、わたしはくすくすと笑う。わたしは恋愛言葉に弱すぎる。

 わたしの笑い声を聞くと、だよなあ、とナツキはするりと言葉を返す。一瞬のうちに雰囲気が元に戻ってしまって、わたしがそう仕向けたのだけれど、早過ぎる展開に戸惑った。男の子が、乙女心は分からないとよく嘆くのは、こういうことがあるからなのかなあ。

「さあ、どうだろうね」

 わたしは否定しない。でも肯定もしなかった。だって急に現れた面倒臭い自分のことが、まだ理解出来ていない。


「あ、そうだ、お前さ」

「なに?」

「来年の夏休みさ、こっち来ない?」

「……は?」


 ナツキの思わぬ提案に、間抜けた声が出て恥ずかしいと思った。機械を通したナツキのカラッと渇いた声は、何を考えているのか汲み取ることが出来ない。わたしが言葉を探していると、「お前が来たくなかったらいいんだけど」と、ナツキは少し小さくなった。その遠慮がちの声が可愛く見えたから。


「行く」


 わたしの気持ちは分からない。だってまだ会ってもいない。

 顔を見て話をしたい、同じ景色を見てみたい。どんな瞳をしているのかな、どんな風に笑うのかな。――ナツキのことを、ちゃんと知りたい。


「おう、まあまだ先だけどな」

 携帯電話を通じて伝わるナツキの温かい空気を(まと)って、眠りに着いた。



終。



自ネタシリーズ。出来るだけ推敲しましたが、わかりにくいところがあるかもしれません。

シリアス続きの連載の息抜きに。

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