③リカの語る未来(後)
「具体的には、私たちに何をしてほしいのかしら」
私がそう書き込むと、少し間をおいてリカの声が返ってきた。
『えっとね。まず一つは、“ゲームオーバーのルート”がある人たちと関わって、
バッドエンドにならないように誘導してほしいってこと』
『もう一つは、聖女様がちゃんと成長できるように、“成長用アイテム”を集めてほしいことかな。
アイテムは種類も多いし、普通に買える物も多いから、それは後で状況に合わせて順番に教えるよ』
『とりあえず、君が“優先的に”仲良くなってほしい相手は三人』
「三人?」
私はペンを持ち直し、意識を集中させる。
『一人目。“死神”と呼ばれる公爵家の嫡男――セルヴァン=ノクティル』
『二人目。大商人の息子で、やり手の経営者――エリオ』
『三人目。“炎の才”を持つ冷徹な男、レオルド=ヴァルデン』
「……ちょっと待って」
思わず、素の声が出た。
ペン先が止まり、紙の上にインクの線が震える。
「レオって……私の弟じゃないの?」
広間の視線が、一斉にこちらへ向く。
父も、ハンネスも、魔術師も、全員が一瞬だけ固まった。
『あー、そうそう。そうだったね』
リカは、悪びれもなく続けた。
『君の弟レオルドも含めて、その三人と仲良くなってほしいんだ』
私は無意識にこめかみを押さえる。
(よりによって、レオ……)
「ヴァルデン家の子どもが、揃って聖女の危険因子とはな。物騒な話だ」
父が、どこか皮肉っぽく言う。
「魔王を、聖女を使わずに倒す方法はないのか」
『うーん……聖女様の結界がないと、魔王はかなり強いよ』
リカの声が、少しだけ真面目になる。
『“倒すだけ”なら、がんばればギリギリいけるかもしれないけど……
その後に“また復活しちゃう”可能性が高いの』
『完全に復活させないための“封印”が必要で、その封印条件を満たせるのが、“育った聖女様”だけなんだ』
私は眉を寄せながら、そのままを書き写す。
(討伐と封印は別。しかも封印は聖女限定……厄介ね)
父は短く考え、すぐ次の案を出した。
「ならば、腕利きの冒険者や騎士を聖女の周囲に集めればよかろう。
戦闘は彼らに任せ、最後の封印だけ聖女に行わせれば済む」
もっともな提案に、リカは即座に否定を返す。
『それがね……そう簡単にはいかないんだよ』
『“聖女様の結界がちゃんと機能するのは、心を通わせた相手だけ”って設定でさ。
聖女様と本当に信頼関係を築いた仲間じゃないと、結界の中にいても加護がちゃんと乗らないの』
私は、ペンを走らせながら目を細める。
『聖女様“ボッチルート”、つまりまともな仲間がいない状態だとね』
リカは苦笑まじりに続ける。
『仲間の代わりに衛兵が加勢してくれるんだけど、正直ほとんど戦力にならないの。 回復も結界も活かしきれないし、火力も足りないし……。
私が初めてプレイしたときは、いい感じに聖女様を育てたつもりだったのに、このルートでボコボコにされてね……』
『だから結論としては、“聖女様には学園でちゃんとした人間関係を作ってもらって、
一緒に戦えるメンバーを揃える必要がある”ってこと』
「つまり――」
私は父のほうを向き、簡潔にまとめる。
「魔王を封印するには、聖女様の力だけでは足りず、
“聖女様と心を通わせた仲間”が実質的な戦力になる。
学園生活は、その“人材の確保と育成”の場にもなる、ということですわね」
父は紙を黙って読み、短く頷いた。
「聖女を頼らぬ道は、事実上閉ざされている、というわけだな」
すぐに、リカの言葉が重なる。
『そういうこと。それにね――
レオルドやセルヴァンみたいな“戦闘面でめちゃくちゃ頼れる仲間”、
エリオみたいに“育成や補給で超使えるサポート役”ほど、厄介なマイナス要素も持ってるの』
『だから、彼らと“間違った関わり方”をすると、世界ごと巻き込んでバッドエンド』
『でも、正しく関われば、“かなり良い未来”まで最短距離で進める』
私はそのままを書き写しながら、疑問をぶつけた。
「……そこまでリスクが高い相手と、わざわざ仲良くなる必要が、本当にあるのかしら」
リカは少しだけ声を落とす。
『正直に言うと。さっき挙げた三人――レオルド、セルヴァン、エリオのうち、
“誰かひとり”でも仲間になってくれないと、魔王に勝つのはかなり厳しいと思う』
『全員と縁を切っちゃうと、その後のメンバーだけじゃ戦力が足りない可能性が高い』
『私が聖女様の行動を直接操作できたら、また違ったんだろうけどね』
(“操作できたら”って、物騒なことを平然と言うのね)
内心でつっこみつつ、次の問いを投げる。
「彼らを“安全側”に導くとして――
具体的に、私たちは何をするべきなのかしら。
それから、貴女の存在を彼らに明かしてもいいの?」
リカは、そこだけははっきり否定した。
『私のことは、できるだけ“ここにいる人だけ”の秘密にしておいてほしい』
『詳しくは説明できないんだけど、私みたいな存在があれこれ干渉してるってバレると、
それはそれで世界に悪い影響が出そうな感じがするんだよね。
なんとなく、だけど、危ない匂いがする』
(つまり、リカ自身も“何か”から制限を受けている、ということね)
気になるが、今は掘り下げない方が良さそうだ。
『やってほしいことは、そんなに難しくないよ。
まずは普通に、“友達”になってほしい』
『セルヴァンやエリオとは、利害も含めた“良い同盟関係”って感じで』
『それで、彼らの言動や感情が“バッドエンドの兆候”を見せ始めたら――
そのときに、マティルダからブレーキをかけたり、別の選択肢を見せてあげてほしい』
「つまり――監視と保護と、軌道修正ね」
『うん。マティルダには、“彼らの近くにいて、いざという時に止められる存在”になってほしいの』
「でも、聖女様と彼らが全く仲良くならなかったら、魔王に勝てないのでしょう?
そこは、放っておいていいの?」
『うぅ……そこはできるだけ自然な流れでいきたいけど、
場合によっては、ちょっとだけ手を貸してほしいかも』
しばらく黙っていた父が、「エリオ」という名前にだけ、反応を示した。
「エリオという名は、聞き覚えがない。どこの家の者だ?」
その問いに、リカはすぐ答える。
『エリオはハーウッド家の跡取り。
これから先、君の家――ヴァルデン家と、深く関わることになる商家だよ』
私はそのまま書きとり、続きを待つ。
『ハーウッド家は、この先、“武器と鉱石の流通”で頭角を現すはず。
時期的には、あと一~二年くらいかな』
『エリオ本人は、見た目は柔らかい茶髪に薄い青い瞳の、優しそうなお兄さんタイプ。
笑うとほんと穏やかそうなんだけど、目の奥は全然笑ってなかったりする』
『服装はいつもきちんとしていて清潔感があって、いかにも成金って感じじゃない。
でも商談の場だと、一気に“やり手の経営者の顔”になるから、
最初に油断すると普通に足元見られるタイプだね』
『性格は、基本的には温厚。こっちが筋を通せば、ちゃんと応えてくれる。
ただ、“家と商会の利益”を最優先にするから、そのためなら情より合理を選ぶこともある』
私は必要なところだけを簡潔に抜き出して書き、少し横目で父を見る。
父の視線は、「武器」「鉱石」という言葉の上で止まり、鋭さを増していた。
その横顔を見て、私は父の頭の中で、すでに数年先の計算が始まっていることを察する。
(……この話が本当でも嘘でも、“どちらに転んでも損をしない手”を探しているのね)
リカの解説は続く。
『エリオとは、表向きは“商談相手”として距離を縮めていくのが自然かな。
取引と情報交換を通じて、ゆっくり信頼を積み上げる感じで』
『くれぐれも、“恋愛一直線”にはいかないように気をつけてね。
エリオルートの恋愛フラグが立つと、別のところで特大の地雷発生するから……』
その言葉にはツッコミたいことが山ほどあったが、ひとまず飲み込んだ。
リカの説明が一段落したところで、父が短くまとめる。
「この中で、真偽を確かめるのに最も現実的なのは、エリオ=ハーウッドだな」
その声に、私は自然と背筋を正す。
「いくら格下の商家とはいえ、ヴァルデン家の名を軽く扱うわけにはいかぬ。
接触は、公的な場と名目を用意したうえで、慎重に行う」
「まずは面会の約束を取りつける。次に、“リカ”の知る情報を引き出し、
それが真かどうかを、現実の取引を通して検証する」
ハンネスが一歩前へ出て、穏やかに口を添えた。
「お嬢様の“正式な商談”という形が、よろしいかと存じます」
「宝石や鉱石の品質査定と価格交渉を名目に、ハーウッド家との接触を図りましょう。
まずは家長殿と面会し、その後に跡取りであるエリオ様との会談の場を設けるのがよろしいでしょう」
父はその提案を受け入れ、軽く頷いた。
その間も、リカはエリオについて、やけに楽しそうに語り続ける。
『外見はさっき言った通りなんだけどね、
“仕事モード”に入った時のギャップが本当にかっこよくてさ――』
私はそのあたりはざっくり略してメモしながら、意識の半分を別の方向へ向けていた。
――“炎の才を持つ、冷徹な男”。
リカがレオを評した言葉が、頭から離れない。
机の上の紙を見つめながら、私はレオの幼い頃の姿を思い出す。
私の後ろを短い足で一生懸命追いかけてきて、
いつも裾をつまんで離さなかった、小さな弟。
書類に目を通す私の横にぴったりくっついて、
真似をしようとしては、よくペンを落としていた小さな手。
成長するにつれて、その瞳は少しずつ鋭くなっていった。
力を得るたび、その目はよく研がれた刃物みたいに冷たくなっていった。
今のレオは、家族の前でもあまり多くを語らない。
聞かれれば丁寧に答えるけれど、それ以上は決して踏み込ませない。
(いつから、あの子はあんな顔をするようになったんだろう)
そう考えながら文字を書いていたせいか、
いつのまにかペンを握る手に力が入り、紙を少し強くひっかいてしまう。
(……本音を言えば、レオは“巻き込みたくない”)
それが、偽らざる気持ちだ。
魔王だの戦争だのという話に、
まだ十代の弟を真正面から関わらせる――そんな未来を、心から望めるはずがない。
けれど。
(もし、リカの話が本当なら。
私たちはもう、とっくに“渦中”にいる)
“魔王戦争ルートの重要人物”。
聖女にとっても、世界にとっても、分岐点になる駒。
(だったら――レオにとって、一番“マシな未来”を選ぶしかない)
レオの訓練の時間。
好きそうな差し入れ。
こちらからそっと差し出せる、細い“糸”の手触りを、一つずつ思い浮かべる。
リカの長い説明が一段落したところで、父の視線がこちらへ向いた。
私は深く息を吸い、静かに告げる。
「ハーウッド家との接触、承知しました。
“正式な商談”という形で、お話の場を設けます」
父はさらに表情を引き締めた。
「それと、まだ“リカ”が安全だと決まったわけではない」
低く、はっきりとした声。
「数日後、王都から高位の魔導士を招く。
そやつに指輪とお前の状態を再度鑑定させ、その判断を仰ぐ」
「それまでの間、お前はこの部屋で“謹慎”だ。
屋敷の外はもちろん、執務室や訓練場への立ち入りも、一時的に禁ずる」
「……畏まりました、父様」
こうして話し合いはひとまず終わり、皆はそれぞれの役目へ散っていった。
使用人たちも配置替えされ、私との接触は最小限に抑えられる。
重い扉が閉まり、内側には見張りの気配だけが遠く残った。
広い部屋の中に――
急ごしらえのベッドと机、本棚。
夕焼け色の光を通す窓。
床の上で静かに光る指輪。
そして、頭の中に居座り続ける、“リカ”という存在。
『……ふう、なんか刑事ドラマの取り調べみたいで緊張した。怖かったぁ』
『でも、とりあえず状況整理はできたし……ここから、マティルダ、いろいろよろしくね』
呑気な声が、静まり返った部屋の中で、私の意識にだけ響いていた。




